2024年2月に「エイとサメが禁断の恋に落ちたのではないか?」という奇妙な噂が一部で囁かれました。
事の発端は2024年2月9日に米国ノースカロライナ州の水族館Aquarium & Shark LabがFacebookに投稿した「アカエイの仲間Round stingrayの妊娠した」という報告です。
妊娠が確認された「シャーロット」と名付けられたエイは、約8年間オスのいない環境で飼育されてきました。
この事実に加え、同居していたテンジクザメ類のものと思しき噛み跡がシャーロットの体にあったことから「一緒に飼われていたサメと禁断の恋に落ちて身籠ったのではないか?」と一部で話題になりました。
では、エイとサメが交わって子供をつくることはあり得るのでしょうか?
専門家の見地からすれば結論から言ってしまえば「あり得ない」で一蹴される問題かと思いますが、今回はもう少し丁寧にエイとサメの関係性や繁殖について解説していきます。
解説動画:サメとエイの禁断の恋?オスがいない水槽で妊娠したエイの真実とは?【交雑】【ハイブリッド動物】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年3月10日です。
サメとエイは近い仲間で繁殖方法も似ている
本題に入る前に、エイとサメの関係性について少し説明させてください。
エイとサメは同じ軟骨魚の仲間
エイとサメが分類学上近い仲間であることは事実です。
サメとエイは共に軟骨魚綱・板鰓亜綱というグループに分類されています。
- 骨格のほとんどが軟骨でできている。
- 板を並べたように複数のエラ穴を持つ。
などの特徴が共通しています。
脊椎動物のグループを系統学的に見てみると、サメとエイを含む軟骨魚類は、進化のかなり早い段階で分岐し、独自の進化を遂げてきたことが分かります。
エイの姿だけを見ると「むしろカレイやヒラメの方が近いのでは?」と思う人もいそうですが、そうした魚(硬骨魚や真骨類と呼ばれる)とエイやサメは、人間とカエル以上に離れた存在なんです。
繁殖方法も似ている
同じグループに分類される彼らは繁殖方法も似ています。
一般に「普通の魚」と呼ばれるマグロやタイ等の硬骨魚は、メスが水中に産み落とした卵にオスが精子をかけるという体外受精を行います。
一方のサメやエイは、メスの総排出孔という穴にオスが交尾器を挿入し、直接体内に精子を送り込みます。このような方法を体内受精と呼びます。
そして、サメ類は交尾する際にオスがメスの胸びれに噛みついたり体に巻き付いたりすることが知られています。
これらの情報を知ってか知らずか、「オスのいない水槽で妊娠したエイにサメの噛み跡があった。つまりエイとサメが交尾したのでは?」と推測した人がいたようです。
交雑を阻む三つの壁
分類学上近い存在で繁殖方法も似ているなら、エイとサメが交雑することはあり得るのでしょうか?
結論から言えば、99.99%無理だと思います。
エイとサメが近いグループと言っても綱や亜綱というレベルの話です。分かりやすく言えば人間とゴリラという組み合わせ以上に離れた存在です。
したがってサメとエイのハイブリッド誕生は、人間とゴリラのハイブリッド以上にあり得ないと言っていいでしょう。
この件についてジョージア水族館の研究者であるケイディ・リオンズさんも「体のサイズやDNAが違い過ぎて交雑は不可能。サメとエイの禁断の恋など起こっていないとはっきりさせるべき」と述べています。
とはいえ、この説明だけではスッキリしない方もいると思うので、ここからは僕なりにサメとエイの交雑が難しいと言える根拠を3つのステージに分けて解説します。
交雑の壁1:お互いを生殖対象と見なすか?
自分に置き換えて考えていただければ分かりやすいと思いますが、皆さんゴリラやチンパンジーを見て発情したことありませんよね。
少なくとも僕は動物園で「ウッホ、あのメスゴリラお持ち帰りして~」などとと言っている男性を見たことありません。
もちろん、一部そのような”癖”を持つ方は存在するようですが、かなり少数派のはずです。
形態の似ている近縁種ならまだしも、サメとエイは姿形が違い過ぎるので、同類と見なして交尾行動をとるとは考えづらいです。
交雑の壁2:物理的に交尾できるか?
エイもサメもクラスパーという交尾器をメスの体内に挿入して交尾を行います。
しかし、そのクラスパーの形状は種によって異なります。
太くご立派に思えるものもあれば、細長くてフニャフニャに見えるものもあります。「体に対して長い短いか?」や「先に棘があるかどうか?」など、かなり多様です。
「エイの総排泄孔にサメのクラスパーを入れる」などという実験をした人はいないと思いますが(そしてしなくていいと思いますが)、恐らく交尾器の形が合わずに上手く挿入できないなどの問題が起こるでしょう。
交雑の壁3:卵が適切に受精して発生できるかどうか
卵の表面には受容体と呼ばれる、精子と結合する物資があります。
分かりやすい例えで言えば受容体は鍵穴、精子は鍵です。適切な鍵でなければ鍵穴に受け入れてもらえない(つまり受精できない)ようになっています。
軟骨魚類において卵が精子をどう識別しているのか詳細は不明ですが、この受容体による精子の識別は生物とって根本的な部分であり、幅広い生物群で確認されているため、エイやサメも似たような仕組みを持っているはずです。
したがって、どうにかサメの精子をエイの体内に流し込んだとしても、上手く受精することはあり得ないでしょう。
付け加えると、水槽内で一緒に展示されていたテンジクザメ類は卵生のサメで、妊娠したRound stingrayは胎生のエイです。
そのため、何かの奇跡で受精が行われたとしても、栄養提供が上手くいかないなど様々な問題が生じ、赤ちゃんはまず間違いなく死んでしまうと思われます。
むしろ、ほとんどの異種交雑では「受精卵が適切に発生しない」や「産まれた子供に生殖能力がない」などの問題が生じてしまうため、ここまで紹介したような交雑を防ぐメカニズムが進化で獲得されてきたといえるかもしれません。
エイの処女懐胎は単為生殖?
エイとサメが交雑したのでなければ、今回話題になったシャーロットの身に一体何が起きたのでしょうか。
精子の貯蔵にしては期間が長すぎる
まず考えるべきは、シャーロットがオスの精子を貯蔵していた可能性です。
サメやエイの仲間は胎内にかなり長い期間精子を保存できるので、野生で生きていた時や別の水槽にいた時にオスと交尾していて、その時の精子で受精させるというケースがたまにあります。
ただし、報道されている情報によればシャーロットは8年間オスとの接触がなかったそうなので、さすがにその期間精子をずっと蓄えていたとは考えづらいです。
メスだけで子供を産む単為生殖
残る可能性はシャーロットの単為生殖です。
実は交雑するまでもなく、サメやエイはメスだけで子供を作ることができます。
通常のサメ・エイ類の生殖では、オスがメスの胎内の送り込んだ精子が卵殻腺という場所に保存され、卵巣から排卵された卵と受精して発生が始まります。
しかし、卵が細胞分裂してできる「極体」という小さな細胞が精子のように機能して、卵の発生が始まることがあります。これが単為生殖です。
単為生殖では減数分裂する過程で遺伝子の組み合わせが変わっているので「クローン」ではありませんが、母親由来の遺伝子だけを持つ赤ちゃんが生まれてきます。
軟骨魚類の単為生殖は最初にウチワシュモクザメで記録され、その後も様々なサメで確認されています。エイでの単為生殖は記録が少ないものの、マダラトビエイやノコギリエイの仲間などで報告があります。
サメとエイの繁殖方法がかなり似通っていることを考えても、エイが単為生殖することは何も不思議ではありません。
遺伝子を調べてみないとハッキリと言えませんが、今回のシャーロット騒動も「単為生殖したエイに偶然サメの噛み跡があっただけ」ということだと思います。
噛み跡が単為生殖を引き起こした可能性はあるのか?
強いて気になる点を挙げるとすれば、「サメの噛み跡が単為生殖を誘発したのではないか?」という仮説です。
単為生殖は「周りにオスがいない時の最終手段」のように思われがちですが、同じ水槽内にオスがいたにも関わらず単為生殖したトラフザメの事例もあり、何が要因で起こるのかまだ謎が多い現象です。
噛み跡が単為生殖を引き起こしたという確かな根拠はないものの、もしそうだとしたら新発見だと思うので、今後の研究に注目ですね。
サメとのハイブリッドに見えるエイ
ここまで読んで「サメとエイのハイブリッドが産まれるのを期待していたのに・・・」と残念がる人もいるかもしれません。
そんな方々に朗報です。実はサメとエイのハイブリッドに見える可愛くてカッコいいエイが存在します。
それがシノノメサカタザメです。
名前に「サメ」と入っていますが、分類上はエイの仲間です。その証拠に、シノノメサカタザメのエラ孔はお腹側にあります。
その風貌はサメと名付けた人の気持ちも分かるほどサメに似ています。大きな背ビレと三日月形の尾鰭は、サメと聞いて多くの方がイメージするホホジロザメにも通じるものがあります。
シノノメサカタザメはマクセルアクアパーク品川、名古屋港水族館、沖縄美ら海水族館などに展示されています。
エイとサメのハイブリッドという話にロマンを感じた人は、これを機にシノノメサカタザメというエイの仲間に注目してみてください。
参考文献
- CBS News(Li Cohen)『A single pregnant stingray hasn’t been around a male ray in 8 years. Now many wonder if a shark is the father』2024年
- Independents(Julia Reinstein)『Mystery of pregnant ‘virgin’ stingray solved as aquarium prepares for miracle birth』2024年
- Sealife Sydney『Who needs a man hey?』2018年
- アクアワールド茨城県大洗水族館『国内初!単為生殖が判明した「トラフザメの赤ちゃん」 展示』2023年
- 今村央『魚類分類学のすすめ―あなたも新種を見つけてみませんか?』2019年
- ナショナルジオグラフィック『絶滅危惧ノコギリエイの単為生殖を初確認』2015年
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