2024年4月14日午後、宮崎県にある大淀川河口付近で釣りをしていた男性が、危険なサメとして有名なオオメジロザメを釣り上げたというニュースが報じられました。
釣り上げられたオオメジロザメは体長126cm・体重18.5Kgほどで、恐らく未成熟の個体だったと思われます。
このオオメジロザメは海だけでなく淡水域にも現れることで有名ですが、主に熱帯や亜熱帯地域に分布するサメで、日本国内では沖縄県にしか生息していないとされてきました。
しかし、近年になって宮崎県でもオオメジロザメが見られるようになり、生息域が拡大している可能性があります。
- 宮崎県のオオメジロザメはどのように確認されたのか?
- なぜ宮崎県に現れたのか?
- 何か気を付けるべきことはあるのか?
今回は「宮崎県の川に現れたオオメジロザメ」というテーマで解説をしていきます。
解説動画:宮崎県の川にオオメジロザメ出没!人喰いザメ北上の原因とは?【危険生物】【大淀川】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年5月17日です。
大淀川で初めて記録されたオオメジロザメ
実は今回ニュースになる8年前の時点で、すでにオオメジロザメが大淀川で見つかっており、学術的に記録されていました。
その記録のきっかけになったのは、一人の釣り人がSNSに投稿した写真でした。
噛み千切られたコイと釣り上げられたサメ
2015年10月6日、押川さんという釣り人が自身のFacebookに、メートル級の巨大なコイが噛み千切られた状態で打ち上がっているのを発見したと写真付きで投稿しました。
この時はサメそのものが目撃されたわけではありませんでしたが、押川さんは同投稿内で、
こんなことをするのはウミガメかフカしか思い浮かばない。9月に背中を何かに噛まれたことがあるが、その場所にはウミガメはいないし、そこで知り合いがサメを釣ったことがある。
という趣旨のコメントをされました。
ちなみに、フカとはフカヒレのフカであり、サメを指します。
翌年の2016年5月27日、先の投稿をした押川さんが「宮崎リバージョーズ」と称して、1mほどのサメを釣り上げたとFacebookに写真付きで投稿しました。
実際のオオメジロザメとコイの写真。この投稿は押川氏ではなく緒方氏(後述)によるもの。
写真の特徴からオオメジロザメと同定
押川さんは「名前が分かりません」としてサメの種には言及していなかったのですが、この投稿の重要性に気付いた宮崎大学大学院・農学工学総合研究科博士後期課程の緒方悠輝也さんらが本件について論文をまとめ、オオメジロザメ(Carcharhinus leucas)と同定しました。
論文に則して見分けのポイントを一部だけ紹介すると以下の通りです。
- 吻が丸みを帯びていて短く、吻の長さより横幅の方が長い。
- 鼻孔同士の距離が口幅より短い。
- 眼が小さい。
- 第一背鰭が幅広で、第二背鰭の三倍ほどの高さである。
- 背鰭間に隆起線がない。
これ以外にも論文ではいくつか特徴が挙げられており、非常によく似た見た目であるタイワンヤジブカ(Carcharhinus amboinensis)というサメと異なることも明記されています。
「川で釣り上げられたサメだからオオメジロザメ」という短絡的な話ではなく、写真という情報をもとに学術的な分析を行ってオオメジロザメと同定されたわけです。
オオメジロザメは157cm~230cmほどで成熟する(性別などで変わる)とされており、今回釣り上げられたサメはまだ未成熟の子供だったと思われます。
西太平洋で最北端の記録
冒頭でも触れた通り、オオメジロザメの分布域は熱帯や亜熱帯に集中しており、日本では沖縄より北には生息していないとされてきました。
また、西太平洋では中国の上海で記録された一個体以外、信頼できる温帯域での記録がありませんでした。
したがって今回記録されたオオメジロザメは、西太平洋の温帯域における数少ない記録であり、同海域内における最北端での記録ということになります。
温暖化によってオオメジロザメが北上?
では、何故オオメジロザメが宮崎県の大淀川に現れたのでしょうか?
要因として最初に思い浮かぶのが、気候変動による海水温の上昇です。
地球温暖化によって海水温が上がったことにより、オオメジロザメにとって棲みやすい場所が拡大および北上している可能性があります。
アラバマ州でオオメジロザメの数が5倍に
具体例として挙げられるが、2024年3月に学術誌『Scientific report』に掲載された論文です。
米国アラバマ州のモビール湾で調査を行っていた研究チームは、2003~2020年という長期間のデータを分析した結果、1時間当たりで捕獲されるオオメジロザメの数が海水温の上昇と共に5倍も増えていると発表しました。
研究チームは合計で440尾のオオメジロザメを捕獲し、水温だけでなく、水深、塩類濃度、河川の流量、酸素濃度などのデータをモデル化して解析し、以下のように報告しています。
- 川を訪れるオオメジロザメは33.5cm~106.8cmで幼魚だけだった。
- 沿岸部で都市化が進んだにもかかわらず、オオメジロザメの捕獲率は上昇している。
- 調べられた複数の指標の中で、水温上昇がオオメジロザメの増加に最も大きく寄与している可能性が高い。
海水温の上昇により、本来南の方で多く漁獲されていたトラフグなどの魚が北上していたり、今まで冬になると死んでしまっていた死滅回遊魚が越冬するなどの事例が確認されているので、オオメジロザメも温暖化の影響を受けているのかもしれません。
宮崎のオオメジロザメはどのグループに属するのか?
これに関連して少し気になるのが、「そもそも宮崎のオオメジロザメはどこから来たのか?」ということです。
オオメジロザメは海岸線に沿って長い距離を移動することがある一方、メスは自分が生まれ育った河口域周辺で出産するという、ある種の定住性があることが過去の研究で示されています。
さらに近年の研究で、オオメジロザメは大きな海や陸地などによって隔てられた遺伝子的に異なる複数のグループに分かれていることも分かっています。
世界19箇所で採集されたオオメジロザメ計922個体の遺伝子を分析した研究チームは、幅広く分布するオオメジロザメは
- 東部太平洋
- 西部大西洋
- 東部大西洋
- インド洋-西部太平洋
という、4つの遺伝子的に異なる集団に分かれていることを明らかにしました。
さらに同研究内で、日本のオオメジロザメが沖縄本島周辺のグループ1種類と西表島にいる2種類のグループ、合計3グループの独立した集団に分かれることも示唆されています。
宮崎県で捕まったオオメジロザメの遺伝子的な解析はされていないようなので現時点で詳細は不明ですが、今後の研究で、このサメたちがどこからやってきたグループなのか明らかになるかもしれません。
オオメジロザメへの対策は必要?
オオメジロザメはホホジロザメ、イタチザメに並び、危険なサメのトップ3に数えられるサメです。
厳密に言えば、世界で起こっているシャークアタックのほとんどがこの3種によるもので、ほとんどのサメは余程のことがない限り人を襲うことはありません。
いわゆる「人喰いザメ」として悪名高いオオメジロザメの分布域が拡大していると聞くと怖く感じるかもしれませんが、僕は過度に恐れる心配はないと思っています。
確かにオオメジロザメは人を襲うこともありますが、先程紹介した研究からも分かる通り、河川を遡上するのは基本的に幼魚です。
大きくても1m前後の小さなオオメジロザメが、人間ほど大きな動物を獲物として襲ったり、川の中に引きずり込んでしまうことはまずありません。
僕も沖縄県の川でオオメジロザメを何度か観察していますが、「獰猛」とか言われる割に警戒心が高く、積極的に人間に近づいてくるとは考えづらいです。
もしサメが人に噛みつくとしても、釣った魚の暴れる音や血の臭いに誘われ来た場合や、間違ってサメを釣ってしまった際に針を外す場合など、特殊な状況下だと思います。
小さいサメがサメが川を上ってくる様子は愛らしいので、むしろぜひ観て欲しいとすら感じます。
サメ研究における市民科学の役割
この大淀川のオオメジロザメに関連して最後にお伝えしたいのが、市民科学の役割についてです。
宮崎県の大淀川にオオメジロザメがいると学術的に記録されたのは、一人の釣り人のSNS投稿がきっかけでした。
このように、職業的な科学者ではない一般市民が情報提供などで科学研究に貢献することを市民科学(citizen science)と呼びます。
魚類について言えば、釣り人の他にも個人採集家やダイバー、漁業者、飼育者など、研究以外の領域で生き物に関わる人が様々な知識や経験を蓄積していることがよくあります。
市民科学は、そうした領域の知見も科学研究に活かしていこうという取り組みです。
特に情報ネットワークが発達した現代において、市民科学は今後その重要性をより高めていくと思われます。
論文の著者の一人である緒方さんも本文の中で以下のように仰っています。
Citizen science can also be expected to contribute to the accumulation of biological information on endangered sharks, such as the whale shark (Rhincodon typus; Araujo et al., 2020), as well as observations of human and marine wildlife interactions (Pirotta et al., 2022), being an information source not readily available to researchers or administrations (Miyazaki et al., 2014; Eitzel et al., 2017).
(意訳)市民科学は、海洋生物と人間の関わりを観察したり、研究者や行政ではすぐにアクセスできないような情報を提供することで、絶滅の危機にあるサメ類の生物学的情報の蓄積に貢献できる可能性がある。
原文は『Photographic evidence from a recreational angler of the northernmost record of the bull shark Carcharhinus leucas (Elasmobranchii: Carcharhinidae) in the western Pacific Ocean』より引用。僕なりに意訳しています。
非専門家の姿勢が問われる市民科学
もちろん、バズることしか頭にない軽率なYouTuberみたいな人々が押し寄せて、大した意味もなくサメの命を奪うことには反対です。
オオメジロザメは成熟まで15~20年ほどかかり、一度に出産で1~14尾ほどしか子供を産まないため、数を減らしてしまうと回復にかなり時間がかかります。
しかも先述の通り、同種内で遺伝子的に独立したグループに分かれているので、遺伝子多様性の保全という観点からも、彼らの捕獲や利用には慎重であるべきです。
しかし、サメを釣った人がネット上に残した記録によってオオメジロザメの生態がまた一つ明らかになったことも確かです。「サメを釣るのは悪者」という単純な図式では片づけられない微妙な問題がここには存在します。
市民科学への協力という形で生物多様性保全に貢献できるのか?それとも公開された情報をもとに環境を破壊する馬鹿者になるのか?
釣り人だけでなく、生き物に関わる非専門家全員の姿勢が問われてくると思います。
参考文献
- Floriaan Devloo-Delva, Christopher P. Burridge, Peter M. Kyne, Juerg M. Brunnschweiler, Demian D. Chapman, Patricia Charvet, Xiao Chen, Geremy Cliff, Ryan Daly, J. Marcus Drymon, Mario Espinoza, Daniel Fernando, Laura Garcia Barcia, Kerstin Glaus, Blanca I. González-Garza, Michael I. Grant, Rasanthi M. Gunasekera, Sebastian Hernandez, Susumu Hyodo, Rima W. Jabado, Sébastien Jaquemet, Grant Johnson, James T. Ketchum, Hélène Magalon, James R. Marthick, Frederik H. Mollen, Stefano Mona, Gavin J. P. Naylor, John E. G. Nevill, Nicole M. Phillips, Richard D. Pillans, Bautisse D. Postaire, Amy F. Smoothey, Katsunori Tachihara, Bree J. Tillet, Jorge A. Valerio-Vargas, Pierre Feutry『From rivers to ocean basins: The role of ocean barriers and philopatry in the genetic structuring of a cosmopolitan coastal predator』2023年
- Lindsay Mullins, John Cartwright, Steven L. Dykstra, Kristine Evans, John Mareska, Philip Matich, Jeffrey D. Plumlee, Eric Sparks & J. Marcus Drymon『Warming waters lead to increased habitat suitability for juvenile bull sharks (Carcharhinus leucas)』2024年
- NHK『熱帯域に生息 凶暴なオオメジロザメが釣り上げられる 宮崎』2024年
- Yukiya Ogata, Atsunobu Murase『Photographic evidence from a recreational angler of the northernmost record of the bull shark Carcharhinus leucas (Elasmobranchii: Carcharhinidae) in the western Pacific Ocean』2023年
- 朝日新聞『伊豆で3年連続で死滅回遊魚越冬・黄金崎の南方種』2021年
- 東京大学 大気海洋研究所『地球規模でのオオメジロザメ集団遺伝学的構造に関する国際共同研究:西表島浦内川に遡上するサメは地域固有集団だった』2023年
- 読売新聞『フグ漁獲量全国1位は北海道に、海水温上昇で日本の漁場が大変化…マイワシも北上』2023年
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