今年の1月に、真っ白いホホジロザメの幼魚の映像が公開され、「ホホジロザメの新生児を撮影した世界初の超貴重映像ではないか?」と話題になりました。
この時に撮影されたホホジロザメから白い膜のようなものが剥がれ落ちていたので、
これは子宮内の栄養物質ではないか?
いや皮膚の異常ではないか?
など様々な議論があったのですが、我が国日本が誇る沖縄美ら島財団が、その正体を解明しました。
なんとホホジロザメは子宮にいる間は膜に覆われており、出産後に「一皮むける」というのです。
今回は「一皮むけるホホジロザメの赤ちゃん」というテーマでこの研究を深堀解説していきます!
解説動画:ホホジロザメは生まれると”一皮むける”?新生児と思われた白いホホジロザメの正体を美ら海が解明!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年6月14日です。
ホホジロザメの繁殖様式と白い幼魚について
本題に入る前に、ホホジロザメの繁殖様式や以前に撮影された新生児と思しきホホジロザメの映像についておさらいします。
ホホジロザメの繁殖は三段階
まず基礎知識として、ホホジロザメは胎生のサメで、お腹の中で育った赤ちゃんを出産します。
550種ほどいるサメのうち約6割がこの胎生であり、胎生の中でも「お腹の中で赤ちゃんがどのように栄養をもらうか」という点でいくつかのタイプに分かれます。
ホホジロザメの場合は、
- まずお腹についている卵黄から栄養を吸収
- 次に母胎内の子宮内壁から分泌されたミルクで成長し
- その後は排卵されてくる卵を食べることで大きく成長する
という三段階があるということが、これまでの研究で分かっています。
米国で撮影された新生児と思しきホホジロザメ
2023年7月9日、米国カリフォルニア州カーピンテリアにて、白い膜のように包まれたホホジロザメの幼魚が撮影されました。
実際の映像はコチラ↓
撮影した研究者はこの映像についての論文をまとめ、このホホジロザメが産まれたての新生児であるという仮説を提示しました。
しかし、直接出産の映像を撮影したわけではないこともあり、
- そもそも本当に新生児だったのか?
- それとも皮膚に異常のある個体だったのか?
- 一体この白い膜の正体は何なのか?
など、ハッキリしない部分が多い状況でした。
このホホジロザメの謎について、沖縄美ら島財団の研究者の方々が解き明かしたというのが今回のメインテーマです。
白い膜が子宮内ミルクだという仮説の問題点
白いホホジロザメの映像について論文を著した研究者は、「この白い膜の正体は子宮内の栄養物質ではないか?」という仮説を提示していました。
しかし、冨田武照先生を代表研究者とする今回論文を発表した美ら海の研究者方々は、この仮説に二つの問題点を提示しています。
出産直前に子宮ミルクは分泌されない
先程ご紹介したホホジロザメ胎仔の成長過程を思い出してください。
ホホジロザメの胎仔は
- 卵黄の栄養
- 子宮内ミルク
- 卵食
という三段階の栄養提供を受けます。
妊娠中期にミルクを分泌していたホホジロザメの子宮内壁は、胎仔が卵食を始める頃には、より酸素の供給に適したエラに似た構造に変化します。
つまり、ホホジロザメの子宮ミルクの分泌は妊娠中期に止まるため、産まれたての新生児の体に子宮内ミルクが付着している可能性は低いと考えられます。
仮に子宮内ミルクだとしてもすぐに流れてしまうはず
ホホジロザメの子宮からミルクが分泌されていることを観察した研究者の方によれば、胎仔に付着していた子宮内ミルクは水槽にいれただけで簡単にはがれてしまったそうです。
したがって、仮に妊娠後期にもミルクが分泌されていたとしても、出産後も長時間赤ちゃんの肌を覆っていることは考えづらいです。
白いホホジロザメ幼魚の映像を見てみると、サメは白い膜に包まれた状態のまま一定時間泳いでいますし、勢いよく尾鰭を振っても膜は少ししか剥がれていません。
やはり白い膜が子宮内ミルクであるという説には問題点がありますね。
ネズミザメの胎仔に膜
上記の謎を解くカギとなったのがネズミザメというサメです。
ネズミザメはネズミザメ目ネズミザメ科ネズミザメ目に分類されるサメで、ホホジロザメの近縁種です。
ホホジロザメと見た目は似ていますが、歯が小さくて細長いこと、尾柄部にある隆起線が一本ではなく二本あるなどの違いがあります。
ネズミザメはホホジロザメと同じく胎生で、母胎内で卵を食べて赤ちゃんが育つという点が共通しています。
ネズミザメの胎仔に白い膜が・・
美ら海の研究者の方が妊娠後期のネズミザメの胎仔を調べた結果、楯鱗と呼ばれる体表面のウロコをさらに覆うようにもう一枚、表皮が貼りついているのを発見しました。
この発見をもとに美ら海の研究者の方々は、
- ネズミザメの楯鱗はこの白い膜につつまれた状態で発達する。
- 出産後しばらくするとこの上皮組織は剥がれる。
- カリフォルニアで観察されたホホジロザメの白い膜の正体もこの上皮組織である。
という説を提唱しました。
つまり、ホホジロザメやネズミザメは出産後に「一皮剥ける」わけです。
皮膚の異常である可能性について
例の白いホホジロザメ幼魚について、皮膚に何らかの異常がある個体だった可能性も指摘されていました。
しかし、今回発表された美ら海の論文では、
- 今回観察したネズミザメには病的な異変が見られなかった。
- 3尾の別々の妊娠個体から取り出された合計4尾の胎仔でこの白い膜が確認されている。
という事実をもとに、白い膜は病気などではなく、胎仔の正常な皮膚構造だとしています。
この研究により、白い膜の正体が子宮内ミルクという仮説は否定できそうですが、以前に撮影された白いホホジロザメが新生児であるという説については、むしろ説得力を増したと言えそうです。
実際にネズミザメの胎仔を観察してみた
このニュースを聞いて、
あれ、そういえばうちの冷凍庫にもネズミザメの胎仔がいたな
と思い出し、「もしかして」と期待に胸を膨らませて解凍してみました。
残念ながら、膜のようなものは確認できませんでした。
標本の保存状態の問題で膜が剥がれただけかもしれませんし、もっと成長した胎仔ではないと膜が出現しないのかもしれません。
ご自宅の冷凍庫にネズミザメの胎仔、または他種のサメの胎仔が眠っているという方は、ぜひ確かめてみてください。
白い膜は胎仔を守るため?
なぜネズミザメやホホジロザメの胎仔は白い膜で覆われているのでしょうか?
これについて美ら海の研究チームは「他の胎仔や子宮内壁を傷付けないために膜で覆っているのかもしれない」という仮説を述べています。
サメもウロコで覆われている
ホホジロザメを含むサメたちは楯鱗や皮歯と呼ばれる小さくて硬いウロコで体が覆われています。
種によって形は様々ですが、中には先が尖った楯鱗もあり、水の抵抗軽減や防御の役割があるとされています。
胎仔の楯鱗で宮内壁や他の赤ちゃんを傷付けてしまうことのないよう、産まれてから剝がれるような膜で覆うという仕組みを進化させたのかもしれません。
子宮を守る様々なメカニズム
白い膜の役割はまだ不明ですが、サメたちが赤ちゃんが子宮を傷つけることのないよう、様々な仕組みを進化させてきたことは事実です。
例えば、ホホジロザメは子宮内にいる間は自分の歯を飲み込むことが知られています。
ホホジロザメは子宮にいるころから鋭くて大きな歯を持っているため、抜け落ちた歯が子宮を傷付けないようにしていると思われます。
また、アブラツノザメなどのツノザメ類は背鰭に棘という鋭いトゲが生えているのですが、子宮内にいる時はこのトゲにカバーのようなものが付いています。
さらに、長い吻に沢山の棘が生えているノコギリザメの場合、母ザメが出産するまでこの棘が折りたたまれていて、産まれてしばらくすると棘が立ち上がっていきます。
子宮内の汚染を防ぐ仕組みも
子宮内を物理的に傷付けないようにする仕組みの他に、子宮内の羊水を汚染しないようなメカニズムを持っていることもあります。
その代表例がアカエイです。
アカエイは子宮内で栄養液を吸収することでできる糞便を腸の中に溜め込んでいることが分かっています。こうすることで、羊水が排泄物で汚染されないようにしているのです。
ホホジロザメと同じネズミザメ目に属するハチワレの胎仔でも溜め糞のような状態を観察したことがあるので、ホホジロザメもこうした汚染防止策を持っているかもしれません。
まとめ
今回の記事をまとめると以下の通りです。
- 米国で撮影されたホホジロザメの白い膜の正体は子宮内ミルクではないと思われる。
- 近縁種のネズミザメを調べた研究により、白い膜の正体は胎仔を覆う上皮組織である可能性が高い。
- 膜の役割はまだ不明だが、胎仔や子宮を守る役割があるかもしれない。
次々とホホジロザメの謎を解き明かしていく沖縄美ら島財団には驚かされますが、まだまだ分かっていないことが多いようですので、今後の研究からも目が離せませんね。
参考文献&関連書籍紹介
- Carlos Gauna, Phillip C. Sternes『Novel aerial observations of a possible newborn white shark (Carcharodon carcharias) in Southern California』2024年
- Keiichi Sato, Masaru Nakamura, Taketeru Tomita, Minoru Toda, Kei Miyamoto, Ryo Nozu『How great white sharks nourish their embryos to a large size: evidence of lipid histotrophy in lamnoid shark reproduction』2016年
- Taketeru Tomita, Kei Miyamoto, Masaru Nakamura, Kiyomi Murakumo, Minoru Toda, Keiichi Sato『Whitish film covering a newborn white shark was not intrauterine material but embryonic epithelium』2024年
- Taketeru Tomita, Masaru Nakamura, Yasuhisa Kobayashi, Atsushi Yoshinaka & Kiyomi Murakumo『Viviparous stingrays avoid contamination of the embryonic environment through faecal accumulation mechanisms』2020年
- 沖縄美ら島財団『謎解明!ホホジロザメの赤ちゃんは生まれたあとに「一皮剥ける」』2024年
- 仲谷一宏 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
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