「サメの体内から麻薬が見つかる」
B級サメ映画のストーリーにありそうなことが、南米ブラジルで実際に起きてしまいました。
2024年7月、ブラジルのリオデジャネイロ沖に生息するブラジルヒラガシラ(Rhizoprionodon lalandii)13尾の筋肉や肝臓から、コカインおよびその代謝物を発見したという研究が発表されました。
この薬物汚染によるサメへの影響は分かっていないものの、何らかの生理学的な悪影響を及ぼす恐れがあり、現地でサメを消費する人々の健康リスクも懸念されています。
- 具体的にどのように明らかになったのか?
- 何故サメが麻薬で汚染されてしまったのか?
- どのような影響が考えられるのか?
今回は、「コカイン汚染されたサメ」というテーマで解説をしていきます。
解説動画:ブラジルのサメから違法薬物を検出!B級サメ映画の設定が現実に?
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年8月3日です。
サメの組織からコカイン検出
今回調べられたのは、ブラジルヒラガシラというサメです。
ほとんどの方には聞き馴染みのない名前だと思いますが、日本近海にもヒラガシラ(Rhizoprionodon acutus)という名前の近縁種が生息しています。
ヒラガシラの仲間はどれも体が小さく、ブラジルヒラガシラも全長は60~65cmほどです。メジロザメ科の仲間で典型的なサメ型ではありますが、小型のサメと言っていいでしょう。
研究チームは今回の研究対象にブラジルヒラガシラを選んだ主な理由として、以下の二つを挙げています。
- サイズの小さい沿岸性の種であることから、陸からの汚染の影響を受けやすい。
- 沿岸環境で生活史を完結させ、定住性がありつつも一定範囲内での回遊も行うため、研究対象エリアの環境を正確に反映しやすい。
サンプルになったのは2021年9月~2023年8月の間にリオデジャネイロ沖で混獲されたブラジルヒラガシラ計13尾です。
性別の内訳はオス3尾・メス10尾で、10尾のメスのうち5尾が妊娠していました。
これらのサメを解剖して筋肉と肝臓を調べたところ、13尾全てでコカインが陽性、12尾でベンゾイルエクゴニン(コカインが代謝されることでできる化合物)が陽性という結果が得られました。
この研究以前から海洋生物から麻薬成分が発見されていましたが、今回調べられたブラジルヒラガシラ体内で見つかった薬物の濃度は、他の海洋動物で以前に見つかったものよりも最大で100も倍高いことが分かっています。
この論文は、サメが違法薬物の影響を受けていることを科学的に示す最初の研究結果となりました。
何故サメからコカインが見つかったのか?
今回サメからコカインが見つかった原因については、ブラジルでのコカイン使用料の多さと、不十分な下水処理が考えられます。
ここ数十年で世界的にコカインの使用量が増加しており、2023年に国連まとめた統計によれば、2200万人ほどと推定されるコカイン使用者のうち480万人ほど(約22%)が南米に在住しています。
「南米」や「麻薬」という単語と聞くと、どちらかと言えばコロンビアの方が思い浮かびますが、ブラジルもかなり大きなマーケットになってしまっているようです。
この話は決して他人事ではなく、ブラジルから日本にコカインを密輸しようとした事例が近年も発生しています。
2023年12月には、埼玉県の当時19歳だった少年二人が、上着に隠したコカインをブラジルから日本へ郵便で送ろうとし、麻薬取締法違反などの容疑で逮捕されています。
今年2024年の3月には、ブラジル国籍の男2名が液体に溶かしたコカインを点字冊子に染み込ませて密輸しようとしたとして、東京地裁に告発されました。
このようにコカインが蔓延する中、コカイン使用者の排泄物やコカイン精製所からの排水などが、不十分な下水処理しかされないまま海に流れ出てしまっています。
正確な経路はまだ不明ですが、こうして流れ出たコカインをサメが口やエラを通じて取り込んだり、コカインを取り込んだ魚や甲殻類などを食べることで、サメがコカインを摂取してしまった可能性があります。
懸念されるサメや人体への影響
今回の研究結果からどのような影響が懸念されるのでしょうか?
現時点では不明な部分が多いですが、推測を交えつつ紹介していきます。
サメへの悪影響はあるのか?
今回の研究ではサメにどのような健康被害があるのかまでは調べられていませんが、他の水棲生物で薬物の影響が証明されています。
例えば硬骨魚であるゼブラフィッシュやブラウントラウトを対象にした実験で、魚類もオピオイドやメタンフェタミンへの依存症状を起こすことが分かっています(詳細はコチラもチェック)。
さらに、2018年6月『Science of the Total Environment』に掲載された論文によれば、ヨーロッパウナギを自然の川で検出されたのと同程度のコカインに晒して50日間観察したところ、筋肉に腫れや損傷が見られ、ホルモンも変化してしまうことが確認されました。
今回のニュースを受け、河川に含まれるステロイドについて研究する米ネブラスカ大学のダニエル・D・スノー教授は、サメのホルモンに影響してしまう可能性を指摘しています。
It’s possible sharks do not metabolize cocaine as quickly as do humans, and a longer-lasting presence of the drug could disturb their endocrine system and thus hormone regulation,
(サメはコカインを人ほど早く代謝できないため、コカインが長く体内に存在することで、内分泌系が乱れ、ホルモンの調節に支障を来す可能性もある)
『Sharks found with cocaine in their systems. How did that happen?』より引用
さらに、サイエンス誌のレポーターであるエリック・ストクスタッド氏は、本件を報じる自社の記事の中でサメの繁殖能力に関する懸念を示しています。
One concern is that toxicants in the sharks’ livers can hinder production of vitellogenin, which becomes the yolk needed for egg cells.
(一つ懸念されるのは、サメの肝臓に毒が作用することで、卵の発育に必要な卵黄を作るためのヴィテロジェニン生成が阻害される可能性があることだ)
サメを食べた場合の健康被害
次に気になるのが、コカイン汚染されたサメを食べてしまった場合の影響です。
「サメを食べる」と聞いて多くの方は中国人がフカヒレを食べている姿を想像するかもしれませんが、実はサメ肉も世界的にはかなり消費されています。
WWFがまとめたデータによれば、サメ肉を最も多く取引している国はスペインやポルトガルであり、ブラジルも輸入国として上位にランクインしています。
国内で漁獲したサメの消費量については良いデータが見つかりませんでしたが、欧米メディアや環境系NGOの記事を見る限り、現地で捕れたサメを消費する文化もあると思われます。
コカインで汚染されたサメを食べた場合の健康被害についてもまだ明らかになっていないものの、
- どのような健康リスクがあるのか?
- どの程度の量で悪影響が出るのか?
など、今後の研究で明らかにしていく必要がありそうです。
本件を受けての所感や注意喚起
今回のニュースに関連し、サメに関心を持つ人達にお伝えしたいことがあります。
目に見えない要因にも気を付ける
サメの保全に関係することとしては、今回紹介したコカイン汚染のように目に見えない、非直接的な影響のこともしっかりと考えなければならないということです。
「サメを絶滅から守る」という話をするときに、どうしても目に見えてわかりやすく、直接的にサメの命を奪っている漁業や釣りに目が行きがちです。
しかし、幼魚の成育場所となる沿岸環境の開発や汚染物質など、絵として分かりづらい・伝わりづらい要因も、彼らを絶滅に追い込む恐れがあります。
今回注目を集めたのはコカインという普通なら縁のない違法薬物でしたが、合法的な医薬品にも環境汚染のリスクがあります(詳細はコチラもチェック)。
最近話題に上がることが少なくなった海洋プラスチックも、依然として僕たちの生活から漏れ出て海を汚し続けています。
サメの乱獲や混獲を減らす取り組みも重要ですが、そうした分かりやすい部分だけ見ていると、頑張ったのに成果が上がらず、いつの間にか手遅れになっていた・・・なんてことになるかもしれません。
逆に言えば、漁師や研究者など直接サメと関わる立場ではなくても、「サメのために何ができるか?」や「サメへの悪影響を減らす方法はないか?」と試行錯誤することはできるはずなので、その点はプラスに捉えても良いと思います。
麻薬や違法薬物の撲滅を目指す
サメとは少し話が逸れますが、今回を機に「麻薬や脱法ドラッグなどの薬物に手を出すのは絶対にダメ」ということを強く伝えたいです。
たとえブラジル国内でコカインの消費や製造を促す要因があるのだとしても、やはり世界的に撲滅を目指すべきだと思います。
近頃は医療用大麻解禁のニュースを拡大解釈して「大麻くらいなら問題ない」などと戯言を抜かす人もいますが、絶対に手を出さないようにしてください。
また、「一回くらいは経験として~」などと勧めてくる輩は、絶対に一回で終わりにしてくれません。あなたの財産と心身を手遅れになるまで蝕んできます。
一部の海外かぶれの日本人が「俺、〇〇に行って合法的に試してみたけど~」などと自慢げに語り、実際に薬物を経験した方が説得力をもって話せるかのようにマウントを取ってくることがありますが、これも無視していいです。
治療目的で医師が適切に処方するなら問題ありませんが、個人が快楽目的で使うのは何もカッコよくありません。数多の医学的知見や被害者の症例が、ドラッグの危険性を十分に証明しているので、カッコつけて試す価値もないです。
断言しますが、海外生活も、人生そのものも、危ないお薬なしで十分に楽しめます。
これから様々な経験をしようというサメ好きのお子さんや学生さんたちが、もし反社会的勢力からの誘惑や陰謀論者の妄言のせいで薬物に手を出し、人生を滅茶苦茶にされてしまったら・・。想像するだけでも僕が胸が痛いですし、強い憤りを覚えます。
今これを読んでいる方には、豊かな海の恩恵を受けながら健全な人生を歩めるよう、賢い選択をしていける人になって欲しいです。
参考文献
- ABC News(Kaitlin Easton)『Brazilian sharpnose sharks test positive for cocaine, new study shows』2024年
- CNN『沖合に生息するサメからコカイン、野生の個体で初めて検出 ブラジル』2024年
- David A. Ebert, Marc Dando, and Sarah Fowler 『Sharks of the World a Complete Guide』2021年
- Gabriel de Farias Araujo, Luan Valdemiro Alves de Oliveira, Rodrigo Barcellos Hoff, Natascha Wosnick, Marcelo Vianna, Silvani Verruck, Rachel Ann Hauser-Davis, Enrico Mendes Saggioro『“Cocaine Shark”: First report on cocaine and benzoylecgonine detection in sharks』2024年
- National Geographic(Joshua Rapp Learn)『Sharks found with cocaine in their systems. How did that happen?』2024年
- Niedermüller Simona, Gillian B Ainsworth, Silvia de Juan, Raul Garcia, Andrés Ospina-Alvarez, Pablo Pita, Sebastian Villasante『The shark and ray meat network: a deep dive into a global affair』2021年
- Science(Erik Stokstad)『‘Cocaine sharks’ found in waters off Brazil』2024年
- 朝日新聞(御船紗子)『ブラジルからコカイン2キロを密輸しようとした疑い 元少年ら逮捕』2024年
- 時事通信『点字冊子にコカイン染み込ませ密輸 容疑でブラジル人ら2人告発―東京税関』2024年
- ナショナルジオグラフィック日本版『ウナギ、コカイン中毒の可能性、研究』2018年
- ナショナルジオグラフィック日本版『魚も覚せい剤中毒になる、実際の川の濃度で、チェコ』2021年
- ナショナルジオグラフィック日本版『魚も薬物依存症になると判明、治療法研究に期待』2017年
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