絶滅危惧種ニシネズミザメの妊娠個体が食べられる! 犯人の正体とは?

「海のギャング」や「トッププレデター」と称されるサメの仲間でも、特に他の動物の餌食になることがあります。

2024年9月3日 生物学誌『 Frontiers in Marine Science』に、絶滅危惧種でもあるニシネズミザメの妊娠個体が何者かに捕食されたとする論文が掲載されました。

襲われたと言っても、このニシネズミザメは襲われる瞬間を目撃されたわけでも、変わり果てた姿が見つかったわけでもありません。

論文を発表した研究チームが調査のためにサメにタグをつけており、そのタグに記録されたデータから、何者かに襲われて食べられたことが明らかになったんです。

サメが他の動物に食べられること自体はそこまで珍しくありませんが(詳細はコチラ参照)、ニシネズミザメが捕食されたという科学的な記録は本件が初だそうです。

  • なぜ誰も見ていないのに捕食されたと言えるのか?
  • サメを襲った犯人は何者なのか?

今回は論文の内容をもとに、ニシネズミザメの捕食事例について解説いたします。

目次

解説動画:

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2024年9月21日です。

ニシネズミザメはどんなサメ?

ニシネズミザメ(Lamna nasus)はネズミザメ目ネズミザメ科ネズミザメ属に分類されるサメです。

有名な近縁種を挙げると、危険ザメとして有名なホホジロザメや、最速のサメとして紹介されることの多いアオザメが、同じネズミザメ科の仲間です。

全長は140~245cmほどで、大きいものは3mを超えます。

北大西洋や地中海、南半球の冷たい海に分布し、日本近海には生息していません。

ただし、近縁種で見た目も似ているネズミザメ(Lamna ditropis)であれば日本でも見ることができます(ニシネズミザメの「ニシ」は大西洋のニシを指します)。

ニシネズミザメ

ニシネズミザメは温かい

今回の論文にも関わる面白い特徴として、ニシネズミザメは体温を周りの水温より高く保つことが挙げられます。

サメを含めたほとんどの魚はエラ呼吸をする都合上、酸素を取り入れるために血管が集中している場所が外部の水と直に接しています。

そして、熱は温度の差が激しいほど冷たい方に行きやすいという性質を持っています。

そのため、体内で熱を得た温かい血液がエラに向かうと外水温で熱を大きく奪われ、エラで取り込んだ酸素を体内に届ける際に体を冷やしてしまいます。

しかし、ニシネズミザメをはじめとする一部の魚類では、エラから体内に向かう冷たい血液が流れる血管と、体内からエラに向かう温かい血液が流れる血管が接しています。

これにより、エラよりも体の内側で熱の交換が行われるので、エラ付近の血液と水温との温度差が縮まり、体内の熱が逃げにくくなります。

熱交換が体の内側で行われれば、エラ付近の血液と海水温の温度差が縮まり、熱を奪われにくい。

こうした血管構造を奇網と呼び、このように体内で生み出される代謝熱を使って周りの環境より体温を高める性質を内温性(endothermy)と言います。

このような体内構造により、ニシネズミザメは周囲の水温より7~10℃ほど高い体温を維持することができます。

ニシネズミザメの高い体温は冷たい海でも活発に泳ぎ回ることを可能にし、彼らはサバやニシン、イカ類など様々な動物を襲う捕食者として君臨しているんです。

ニシネズミザメ捕食発覚の経緯

そんな捕食者であるはずのニシネズミザメが今回何者かに食べられてしまったという論文が発表されました。

ここからは論文や報道記事の内容をもとに、何が起こったのかを紹介していきます。

記録計と発信機を付けられた妊娠個体

2020年10月28日、米国マサチューセッツ州のコッド岬の沖にて、論文の筆頭著者ブルック・アンダーソン氏を含む研究チームは、全長223cmのニシネズミザメを捕獲しました。

超音波検査によってこのメス個体が妊娠していると確認した後、研究チームはサメの第一背鰭に発信機と記録計を取り付けました。

この記録計はPop-off satellite archival tags (PSATs) といい、水深や水温などの様々なデータを記録した後に自動で切り離され、電波を発信する仕様になっています(Pop-up satellite archival tagsという呼び方の方が一般的かもしれません)。

このように、動物にデータ記録装置を直接取り付けて生態を研究する手法をバイオロギングと呼び、大型海洋動物の回遊パターンや生理現象などの研究に役立っています。

アンダーソン氏らはこの記録計を使い、ニシネズミザメの1年間のデータを入手し、絶滅危惧種である彼らの保護に役立てようとしていました。

記録計と発信機を付けられたニシネズミザメは海に帰され、捕獲のストレスで弱ってしまうこともなく、そのまま泳ぎ去っていきました。

予期せぬタグ浮上と温度変化

しかし、調査開始から約5か月しか経っていない2021年4月3日、バミューダ海域の南西から記録計のデータが発信されました。

つまり、本来であれば1年経過してからサメから離れるはずのタグが、予定より早く海面に浮上してきたんです。

記録計のデータによれば、放たれた妊娠個体は2020年12月26日までの期間は水面から水深100mほどの深さまでを泳いでいました。

それ以降の動きとしては、日中は水深600~800m、夜は100~200mを泳ぎ、大陸棚から離れていったことが推測されます。また、この時期の周囲の水温は6.4~23.52℃の間でした。

ところが、それから年が明けてしばらく経過した2021年3月24日、タグが記録していた周囲の水温が急に上昇しました。

上昇の一週間ほど前に記録された水深・水温の記録を見てみると、水深100~300mでは19.1℃、水深500~700mでは16.1℃と、周りの水温は20℃下回っており、水深が深くなると水温が低下していました。

しかし、3月24日以降、周囲の水温は平均22.2℃にまで上がり、水深が深くなっても水温は下がりませんでした。

消化期間を通ったため温かった?

では、何故タグが記録する水温が急に上がったのか?

勘のいい方はお気付きかもしれませんが、「タグが何者かに飲み込まれたから」というのが研究チームが出した答えでした。

つまり、タグ付けされたニシネズミザメが何者かに襲われた際にタグも一緒に飲み込まれ、消化器官の中という温かい場所を通過していたことが、温かい水温の原因というわけです。

途中まで記録されたデータに異常がなかったことや、予定よりも速く急に水面に浮かんできたことから、捕獲時のストレスでサメが死んでしまったわけでも、サメが急に温かい場所に移動したわけでもないことが推測されました。

また、もしサメが生きていた場合、サメの第一背鰭が水面から出た際に発信器(記録計とは別に付けられていた)が信号を送るはずですが、放流してすぐの2020年11月12日を除き、データが送信されることはありませんでした。

以上の事実から、このニシネズミザメが何者かに襲われたのは間違いないと思われます。

何ががサメを襲ったのか?

では、タグ付けされたニシネズミザメは一体何に襲われたのでしょうか?

2mを超えるサメを襲う動物として真っ先に多く人が思い浮かべるのはシャチだと思います。

シャチの一部のグループはサメ類を捕食しており、ホホジロザメやエビスザメなどの大型種も仕留めることがあります。

詳しくは以下の記事を参照↓

他に候補を挙げるとすれば大型のサメ類です。

サメが自分より小さな他のサメを襲うことは珍しくないので、ホホジロザメなどの大型種に襲われた可能性も考慮する必要があります。

ホホジロザメ。海棲哺乳類や他のサメなどの大型動物を襲います。

今回の犯人を推理する上でカギになるのは、上昇した温度の幅です。

タグが飲み込まれていたと思しき期間の周辺水温は16.4~24.72°Cで、本来その水深で記録されるべきであろう水温より平均で5℃ほど高いという結果でした。

ここで問題なのは、もしサメを襲ってタグを飲み込んだのがシャチの場合、この温度変化は小さすぎるということです。

アンダーソン氏らは過去の研究を参照し、以下のように述べています。

Large marine mammals, such as odontocete whales (e.g., Orcas Orcinus orca) maintain much higher internal temperatures (close to 40°C; Whittow et al., 1974; Strøm et al., 2019) and so were not considered as a potential predator in this instance.

(大型の海生哺乳類、例えばシャチのようなハクジラ類はもっと高い体内温度(40℃近く)を維持している。そのため、これらの動物は今回サメを襲った捕食者ではないと考えられる)

『First evidence of predation on an adult porbeagle equipped with a pop-off satellite archival tag in the Northwest Atlantic』より引用。

ここで先程説明した内温性の話が再び関係してきます。

ニシネズミザメは体内で熱が循環するような血管構造のために体温を高く保つことができると説明しましたが、近縁種であるホホジロザメやアオザメも同じシステムを持っており、シャチなどに比べると低いものの、周りの水温より高い体温を維持しています。

平均して周囲の水温より5℃高いという数値は、これら内温性のサメ類にタグが飲み込まれたと仮定すれば説明ができます。

そして、過去の研究で得られたホホジロザメとアオザメの遊泳パターンと、今回記録されたデータを比較したところ、ホホジロザメの大型メス個体の方が潜水パターンが似通っていました。

したがって、このニシネズミザメを襲ったのは、ホホジロザメの可能性が高いとしています。

まとめ

今回は「捕食されたニシネズミザメ」というテーマで、内温性サメ類や捕食されたとする根拠について解説いたしました。

ニシネズミザメのように乱獲で数が減ってしまった動物の個体数を回復させる場合、やみくもに規制をすればいいわけではありません。

  • 何をどれくらい食べているのか?
  • どこを移動しているのか?
  • どれくらいの数の子供を産むのか?

など、その種の生態に関する様々なデータが必要です。

その中には、自然界で何にどれくらい食べられているかという情報も含まれます。

絶滅危惧種の妊娠個体が食べられたことはある種残念ではありますが、今回の研究がニシネズミザメを保全する上で役立てられるといいですね。

参考文献

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