「深海は謎に満ちている」や「深海には変な生物が沢山いる」などイメージが人々の好奇心や創作意欲を掻き立て、近年は”深海ブーム”と言っても過言ではないほど人気なテーマになりつつあります。
しかし、「実際はどんな場所なのか?」や「何故様々な変な生きもがいるのか?」という疑問を深堀して考えたことはあるでしょうか?
この記事を読むことで深海についての理解を深め、学びや気づきを得ていただけると嬉しいです。
解説動画:深海生物は何故見た目がキモい生物が多いのか?謎多き深海世界の謎と現状について解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2021年11月26日です。
どこからが深海なのか?
深海のことを話すうえで欠かせないのが、どこからが深海かという定義の問題です。
一般的には水深200mより深い場所を深海と呼びます。
水深200mと聞くと縁遠い場所に感じるかもしれませんが、地球の海の平均水深は3800m、深海底の広さは地球面積の3分の2を占めています。
しかも、陸上に住む僕たち人間の生息域は面積、つまりほぼ平面の世界なのに対し、海の中では体積の世界になります。そして、この海の体積の約95%は深海です。
「地球は陸地よりも海が広い」という話は聞いたことあると思いますが、海が3次元的であることを考えると、広いどころの話ではありません。
そう考えると、「地球」というこの星の名前は、かなり人間都合な呼び方に思えてきます。
ところが、実は深海の明確な定義は決まっていません。
一般に深海とされる水深200m以深は光が届かない世界とされています。
しかし、当然光がどれくらい届くかどうかはその海の状態にもよりますし、後述する通り水深200mより深い場所で太陽光を感じている生物は存在します。
深海にも区分けみたいなものがあり、水深200~1000mの中深層と呼ばれる場所は、わずかですが太陽光が届いています。水深1000mを超える漸深層(ぜんしんそう)からは、光が完全に届かない暗黒世界です。
これに関連して、よく言われている「深海ザメ」という言葉の定義も曖昧です。
例えば、駿河湾などで漁獲されることがある大型種カグラザメは、一般に深海ザメとされていますが、夜間は表層に現れることが知られています。
また、一般に深海ザメのイメージがないホホジロザメなどのサメも、水深200mより深い場所(時には1000m以上!)に潜っていることが確認されています。
逆に、世間で深海ザメのイメージがあるメガマウスザメは、これまで得られているデータに基づけば水深200mより浅い場所を泳いでいるため「深海に住むサメ」とするのは微妙です。
この記事では、
- 深海・・・水深200mより深い場所
- 深海生物・・・深海生物図鑑に載っていたり、水族館の深海魚コーナーに展示されている生物
という定義で話を進めますが、必ずしも決まりきったものではないというのは頭の片隅に入れておいてください。
深海はどんな世界か
海域や深さに寄って多少異なりますが、深海の特徴を無理やりまとめると「暗黒・高水圧・低水温」の世界と言えます。
暗黒の深海
先述の通り、深海は光が届かない領域です。
人間に確認できないだけで水深1000m程度までは一応太陽光が届いていますが、非常に暗い世界であることに変わりありません。
暗闇ということは、植物プランクトンやサンゴに住む褐虫藻など太陽光で光合成をする生物がいないということです。
生態系の基本を習った方であれば「一次生産者」という言葉で伝わると思いますが、多くの動物は植物などが太陽という巨大なエネルギー体から得た力を、僕たちに利用できる資源に代えてくれるから繁栄できています。
一次生産者がいない深海は、暗いだけでなく資源が非常に限られた世界と言えます。
高水圧の世界
海の中では10m深くなるごとに1気圧ずつ水圧が増えていきます。
ダイビングで潜るような30m程度であれば耳抜きしながら人間も潜れますが、深海ともなればその水圧はとてつもないものになります。
水深6500m付近では、指先ほどの面積に軽自動車が乗せられるほどの力が加わります。
低水温の世界
水温については塩類濃度などの影響も強く受けますし、深海には熱水噴出孔(通称ブラックスモーカー)と呼ばれる、時に300℃を超える熱水が噴き出る場所もあるので一概には言えません。
ただ、全体的な傾向としては僕たちが普段泳ぐ海よりは間違いなく寒いです
水深1000m付近だと水温は2~4℃程度になります。
深海は安定した環境?
ここまで聞くと、「深海はヤバい場所」というイメージがついてしまうと思いますが、実は深海には非常に安定しているという側面があります。
水深1000mまでの中深層は多少変動もあるようですが、それより深くなると水温・塩類濃度・酸素濃度などがかなり安定していきます。
そのため、その環境にさえ適応できれば、地表や表層でちょっとした天変地異が起きても、深海生物は大した影響を受けずに生存できる可能性が十分にあります。
白亜紀に絶滅したと思われていたシーラカンスも、もともと浅瀬に住む仲間が多かったのですが、深海域に生息する生き残りが発見されました(実際には浅い海にも来ることがあるようですが)。
近年ではヨコヅナイワシと名付けられた巨大な魚が駿河湾で新たに発見されており、深海にはまだまだ未知の生物が潜んでいるかもしれません。
なぜ深海にはキモイ生物が多いのか?
深海と言えば「キモイ生物が多い」というイメージもあると思います。
僕自身は「キモイ」と思ったことは一度もないのですが、世間的には「キモイ」「ヘンテコ」「キモカワ」と呼ばれそうな生き物が多く、そうした生物に魅了される人も最近増えてきました。
深海生物も系統樹を辿れば僕たちが見慣れている魚やサメなどの仲間なので基本的なデザインは同じですが、眼や口が異様に大きかったり、何かが飛び出していたり、光ったりするという違いがあります。
あくまで僕の推測ですが、こうした「見慣れたものに近いけど少し違っていることに対する違和感」が深海生物人気の秘密かもしれません。
では、何故このように違和感のある生物が多いのか?
一つ理由をあげるとすれば、深海という環境が極端だからと言えます。
深海における目や発光の進化
例えば、光がほんのわずかしか届かない暗黒環境なので、「少しでも光を感じられるように目が大きくなる」や「そうした光を感じる生物をおびき寄せたり惑わせたりするために発光器を獲得する」という風に、環境に合わせた進化が起こっていったと推測できます。
ヘンテコ深海魚の代表であるデメニギスの大きな目も、小さくて薄い影を見逃さないためとされています。
また、ハダカイワシやムネエソの仲間はお腹側に発光器がついていて、彼らはここから出される光を調整することで、自分の影を消すことができます。
深海における口や歯の進化
一次生産者不在で資源が少ない環境は、一度見つけたエサを絶対に流さない口や歯の発達を促します。
ミツクリザメが良い例でしょう。
長い吻にある感覚器官で獲物の電気を感じ取り、細長い歯が並んだ顎は他のどのサメよりも飛び出します。
他にも、オニキンメやホウライエソなど歯が異様に見えるほど発達した深海魚は数多く存在します。
深海における水圧への適応
深海魚には体にたくさん水分や油を含んでいる仲間も多いです。
深海で体にガスをためておくと水圧の影響をもろに受けますが、水分や油であればその心配はないので、ウキブクロよりも浮力調整にも向いています。
例えば、世界一醜い魚と評されたニュウドウカジカは、水中だとニュウドウの名に相応しい厳つさと可愛らしさを兼ね備えた見た目をしています。
陸上だと重力でつぶれて形が崩れ、さらに水揚げされたときに皮膚が剥がれるので、人の目につく頃にはとてつもない見た目になってしまうんです。
こうした深海という極限環境への適応が、浅瀬や表層を泳ぐ生物よりも一部に特化した発達を促し、いわゆる「深海生物っぽい」独特の見た目が出来上がっていきました。
「キモカワ」や「ヘンテコ」という入り口から興味を持ってもらえるのも嬉しいのですが、何故このような姿に進化したのか?どんな意味があるのか?などに関心を向けてもらえると、より学びが深まるのではないかと思います。
汚染される深海
ここまで、深海がどんな世界なのかを紹介してきましたが、この深海が人間の手によって汚染されているという悲しい現状があります。
昨今海洋プラスチック問題が話題になっていますが、僕たちの生活から漏れ出たプラスチックは、巡り巡って深海に沈んでいきます。
実際にJAMSTECが深海で撮影した写真や映像には、ペットボトルやビニール片などのゴミが映っています。水深1000m以上の深みにも、ビニール袋が浮かんでいるのが確認できます。
また、深海でも特に深い海溝部に生息するヨコエビの仲間を調べた研究では、80%の消化管からプラスチックの繊維や粒子が見つかっています。
さらに、プラスチックが岩の代わりになることで、砂地に定着できない刺胞動物の仲間がプラスチックにくっついている事例も確認されています。これは一見良いことに思えますが、特定の生物が増えやすい環境を作った場合、その生物に捕食されたり競合する生物の個体数や生活スタイルに悪影響が出るリスクがあります。
海洋プラスチック問題については大多数の人ががレジ袋有料化に文句を言うだけで、海洋汚染という根本のことを真剣に考えている人も企業もほとんどいないように感じます。
しかし、どれだけ言い訳を並べて論点をずらしても、僕たちの生活からあふれ出たプラスチックが、すでに深海にまで行きついているのは事実です。
「海のプラゴミは漁具が多いから俺達には関係ない」とか「日本は世界全体で見ればマシな方」とか、もうそういう次元ではないんです。
先述の通り、海の大部分は深海で、そこには非常に多種多様な生き物が暮らしています。
そして、エサなどを目的に深海に潜る生物は一般の方が想像するよりも多く、深海は浅瀬や表層を泳ぐ生物にとっても重要な環境です。
つまり、このまま事態を放っておけば、深海に押し付けた大量のゴミによる汚染が、僕たちに直接関係のある生物、あるいは僕たち自身に及ぶかもしれません。
それとは別に、まだ謎に包まれている未知の世界を、知らぬ間に汚してしまっているのは、人類の夢やロマンに対する破壊行為ではないでしょうか?
深海は月や火星よりも分かっていないことが多いとされ、「地球最後のフロンティア」なんて呼ばれたりします。
いつか深海にもっと気軽に行けるようになったときに、「深海はもうゴミ塗れで、図鑑で見たきた深海生物もみんな汚染されてました」では、深海生物好きな子供たちに顔向けできません。
神秘的な世界である深海を守るために、僕たちに何ができるのか?
小さなことでもいいので、一緒に考えて、実践していきたいなと思っています。
参考文献&関連書籍
- 佐藤孝子『深海生物大事典』2015年
- 中嶋亮太『海洋プラスチック汚染: 「プラなし」博士,ごみを語る』2019年
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