今年2022年7月に「鳥取の白兎海岸でシュモクザメが目撃される」というニュースが報じられました。
シュモクザメはサメ好きの中でもファンが多く、水族館でも注目を集める人気なサメですが、ホホジロザメやイタチザメなどと同様に「危険なサメ」として紹介されるサメでもあります。
実際に今回シュモクザメが目撃された白兎海岸は遊泳禁止になり、昨年の6月に同じくシュモクザメが出没した山口県の海岸でも海開きが延期されました。
しかし、これらの危険意識やリスク感覚が本当に正しいのか、疑問に思えることも多いです。
- シュモクザメは本当に危険なサメなのか?
- 人の命を奪うことはあるのか?
- 遊泳禁止の措置は適切なのか?
今回は、シュモクザメの危険性というテーマでこれらの疑問に回答していきます。
解説動画:シュモクザメは凶暴な人喰いザメなのか?危険とされるハンマーヘッドの真実について解説!【遊泳禁止】【天草女子中学生サメ襲撃事故】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年8月23日です。
日本近海にいるシュモクザメ
危険性を議論する前に、まずはシュモクザメはどんなサメなのか?日本にはどの種がいるのか?などをおさらいをしておきます。
シュモクザメはメジロザメ目シュモクザメ科に分類される、頭が左右に張り出した形をしているサメたちの総称になります。
一般には頭がT字型になっているサメが「シュモクザメ」や「ハンマーヘッド」と呼ばれますが、実はシュモクザメの仲間は世界に9種ほど知られ、中にはハンマーというより扇型に近い仲間もいます。
そしてこの9種のうち、日本近海には以下の3種が生息しているとされています。
- アカシュモクザメ(Sphyrna lewini)
- シロシュモクザメ(Sphyrna zygaena)
- ヒラシュモクザメ(Sphyrna mokarran)
これら3種はシュモクザメの中でも大型で、大きいものでは3m以上になります。
最大全長については諸説ありますが、アカシュモクザメは4m以上、ヒラシュモクザメで6m以上という説もあります。
シュモクザメは危険なサメなのか?
全長4m以上になるサメと聞くとそれだけで危険な気がしますが、今からお伝えする理由により、僕はシュモクザメが世間で騒がれているほど危険なサメではないと思っています。
そもそも人間に近づいてこない
これはシュモクザメ以外のサメ類全般にも言えますが、基本的に彼らは人間を見ても無関心か、遠くに逃げてしまいます。
日本には神子元島をはじめ、アカシュモクザメの大群(通称ハンマーリバー)が見られる貴重なダイビングポイントがありますが、シュモクザメが人間に近づいてくることはほとんどなく、まして襲ってくるなんて話は聞いたことがありません。
僕もパラオでダイビングした時、遠くに見えた2~3m程のシュモクザメをダメもとで追いかけてみたのですが、逃げられてしまいました。
もちろん、餌付けや釣りによって人間側がサメを刺激した場合は別ですが、そうではないのにシュモクザメが人間に近づいてくることは、まずないと言っていいでしょう。
体に対する顎と歯の大きさが小さい
日本近海に生息するシュモクザメたちは3mを超えることもある大型種ですが、よく見ると口や歯のサイズはそこまで大きくありません。
シュモクザメは頭が左右に張り出しているうえ、人間でいう首のあたりの筋肉が大きく発達しているので迫力あるものの、実は体に対する顎のサイズは小さいのです。
試しに、アカシュモクザメの頭骨標本を他のサメと比べてみましょう。
正確に計測していないですが、どちらも2m前後の個体です。
乾燥させた形が違うので少し雑な比較になってしまいますが、それでも口の広さや歯のサイズに大きな差があるのは伝わると思います。
もちろん鋭い歯を持っているので噛まれれば大怪我ですが、そもそも噛んでくること自体稀ですし、人間ほど大きな獲物を捕まえて噛みちぎるには不向きです。
よほど特殊な状況でない限り、シュモクザメが人間をエサと見なすことはないと思われます。
天草女子中学生サメ襲撃事故について
ここまで、シュモクザメの危険度が低いという話をしてきましたが、シュモクザメが危険な人食いザメだと言い張る人が根拠に使う、ある事故があります。
それが、天草女子中学生サメ襲撃事故です。
初めて聞いた方のために事故の概要をお伝えします。
【天草女子中学生サメ襲撃事故】
1982年8月29日午後1時40分頃、地元の会社員Aさんは家族と一緒に熊本県天草郡沖合でヨット遊びをしていた。
当時13歳だった長女Bさんと弟2人が泳ぎたいと言い出したので、Aさんは彼女たちに救命胴衣を着せ、船尾に結んだロープとつないでヨットで引っ張っていた。
そうして30分程たった頃、B子さんが「お父さん、引っ張って…」と声を上げた直後、突然Bさんは海の中に沈んでしまった。
AさんはすぐにBさんを引き上げたが、Bさんは胸の下半分から下腹部にかけて肉がちぎられ、ほとんど即死状態だったという。
傷口は鋭利な刃物で切り取られたようになっており、その跡がシュモクザメの歯型に似ていたことから「Bさんを死に追いやったのは大型のシュモクザメではないか?」とされた・・・。
以上が天草女子中学生サメ襲撃事故の概要です。
シュモクザメが人食いザメだと言い張る人々は、ほぼ必ずと言っていいほどこの事故に言及しています。
しかし、この事故はシュモクザメによるものではないと僕は思っています。
口の大きさが合わない
まず、シュモクザメの口で女子中学生の肉を一瞬で大きくえぐり取れるかが疑問です。
被害者は当時13歳だそうですが、仮に平均的な体型だったとすると、身長約155㎝、ウェストは43~49cm、肩幅は35cm前後と推定できます。
一方で、シュモクザメの口は先程述べた通り小さいです。
3m近い大型のシュモクザメの標本を見た事がありますが、僕の腕がギリギリ2本入るかどうかという広さでした。
こうした情報をもとに考えると、今回の事故がシュモクザメによるものだという説は非常に疑わしいです。
「大怪我を負わされてしまい病院に運ぶのが遅れて失血死した」ならまだ分かりますが、即死させるほど大きく下腹部を噛みちぎられたというのが事実であれば、シュモクザメを犯人とするにはかなり無理があります。
ヒラシュモクザメは日本近海にいない?
ここまで聞いて「全長6mを超えるヒラシュモクザメならあり得るのでは?」と思った人もいるかもしれません。
たしかにヒラシュモクザメは小型のサメ類を襲うこともあり、そう考えたくなる人の気持ちも分かります。
しかし、日本近海でのヒラシュモクザメ確認事例は非常に少なく、そもそもいるかどうかすら怪しいです。
1953年に鹿児島の魚市場に出荷されたシュモクザメ類約7000尾のうち2%がヒラシュモクザメだったという論文があるので、大体どの図鑑でも日本にいることになっています。
ただ、目撃したダイバーや漁獲したという漁師の話をほとんど聞かないので、回遊の途中にたまたま現れるだけか、個体数が激減してしまっていると思われます。
また、仮にヒラシュモクザメが日本にいるとしても、6mというのは記録された中で最大というだけです。
ヒラシュモクザメが多く生息する米国でサメの研究を行っているホセ・カストロ博士によれば、ヒラシュモクザメはほとんどが480㎝以下で、5mを超えることは非常に珍しいそうです。
日本近海にいないと断言することはできませんが、たまたまヒラシュモクザメの超大型個体に遭遇し、たまたま襲われる確率は、恐らく空からホホジロザメが降ってくる確率といい勝負だと思います。
事故の科学的な分析がされていない
そもそも今回の事故ですが、どうもサメの専門家による科学的な分析がされていないようです。
一般人の感覚では「サメがいる海で人が引き裂かれた!lこれは人食いザメの仕業だ!」で終わりだと思いますが、それはサメ映画だけの話です。実際にはもっと詳細に調べる必要があります。
例えば、ジョーズさながらの騒動となった松山の襲撃事故は、残された歯の欠片、傷の大きさ、当時の水温などの根拠をもとにホホジロザメに襲われたと結論付けられ、その内容も論文として公表されています。
しかし、天草の死亡事故については専門家による分析結果などが見つかりませんでした。
また、ネットに上がっている事故の記事も情報が錯綜しており、「噛み跡がシュモクザメに似ていたからシュモクザメが犯人とされた」という話や「近海でシュモクザメの目撃があったからシュモクザメ犯人説が浮上した」など曖昧なところも多いです。
そもそも、傷口がシュモクザメの歯型に似ていたとのことですが、アカ、シロ、ヒラ、それぞれ歯の形が違います。
果たしてどのシュモクザメに似ていたのか?なぜ歯型だけで他のメジロザメ類ではなくシュモクザメと断定できたのか?
僕が調べた限りですが、「シュモクザメが少女を襲った」とする根拠に非常にいい加減なものを感じます。
幼い命が失われたこと自体は悲しいですが、この天草女子中学生サメ襲撃事故については、シュモクザメ以外の大型海洋生物か、ボートのスクリューなど生物以外の要因を疑った方が賢明だと思います。
遊泳禁止措置は適切なのか?
ここまで来ると「それならシュモクザメで遊泳禁止措置は過剰反応なのか?」という疑問が出てきます。
これについては、行政側がそうした措置をとるのは仕方ないと思います。
シュモクザメは基本的には人間に近づきませんし、まず噛まれることはないのですが、絶対にあり得ないとは言えません。
人間側が刺激したり、何かの条件が重なって噛まれる可能性は一応あります。
では、万が一そうしたことが起きた場合、どうなるのか?
まず、海岸を管理している行政や法人が起きた事故に対する責任を負わされる恐れがあります。
さらに、世の中にはよく調べもしないでサメ全体が凶暴だと決めつけている人や、自分が被害を受けていないにも関わらず「どう責任をとるんだ!」と抗議電話をする残念な暇人が大勢いため、そういう面倒くさい人々の対応までする羽目になりかねません。
そして、仮に人間側にほぼ100%の非があったとしても「凶暴な人食いザメ!人を噛む!」という劣悪で低俗な見出しが週刊誌に躍り出て、またサメのイメージが悪くなります。
今挙げたようなことを考えると、シュモクザメで遊泳禁止というのは無用なトラブルを避けるための妥当な判断ということになりそうです。
シュモクザメは人間をエサと見なすことはないとしても、やはり大型の野生動物です。
人を食べない動物でも、野生のゾウやサイに馴れ馴れしく近づく人がいないのと同じで、適切な距離感を保って共存して行くのが最善だと僕は思います。
あとがきにかえて
以上が、シュモクザメに危険性に関する解説でした。
余談ですが、シュモクザメを見ることができるダイビングスポットは基本的に流れが速いため、サメに襲われるよりも流されて帰らぬ人になる危険の方が全然高いです。
僕もパラオで潜っているときにサメの美しさに見惚れすぎてガイドさんから離れてしまったことがあるので、サメ好きでダイビングに行かれる際はご注意ください・・・。
参考文献
- Jose I. Castro 『The Sharks of North America』 2011年
- Toru Taniuchi『Three Species of Hammerhead Sharks in the Southwestern Waters of Japan』1974年
- 仲谷一宏 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
- 未解決事件一覧 資料・データベース『天草遊泳中女子中学生サメ襲撃死亡事故』2011年(2022年8月29日閲覧)
コメント
コメント一覧 (1件)
私も賛成です。オーストラリアにすんでいて、ダイビングもやります。ハンマーヘッドの大群と遭遇することもありますが、うっとりとその大群が泳ぎさるところを見送ることはあっても、怖いとは感じません。オーストラリアでは毎年のようにサーファーが襲われ、死亡事故が起きますが、だいたいブルシャーク、タイガーシャークそしてグレートホワイトシャークのいずれかで、ハンマヘッドなんて言っても誰も信用しないでしょう。仮に噛まれることはあっても半分に引きちぎれれるほどの威力は、あの口にはありません。証拠もなくハンマーヘッドに濡れ衣を被せられたようで、残念に思います。もちろん被害に遭われた方には心が痛みます。