今回は、今年の夏話題になった(というより現在進行形で問題になっている)、ある危険生物を解説していきます。
その生物というのがイルカです。
水族館で芸をするイルカのイメージが強い人は「イルカが危険」と聞いて驚いたかもしれませんが、今年の7月後半から8月にかけて、福井県の海水浴場に一頭のイルカが海水浴客やダイバーに噛みつく事故が相次いでいます。
県内にある越前松島水族館によれば、このイルカはミナミバンドウイルカのオスであり、身体的特徴などから判断して、一連の襲撃事故は同じ一個体によるものだと思われます。
現場ではイルカが嫌がる超音波発信器の設置、県警による注意喚起や警備艇の巡回が行われていますが、福井県警によれば、8月14日時点で確認された事故は少なくとも19件に上るとのことです。
今回はこのニュースに絡め、イルカの意外な危険性や、福井のイルカが人間を襲う理由についての仮説を僕なりに解説いたします。
解説動画:福井県の海水浴場でイルカが次々に人を襲っている件について。イルカの危険性や相次ぐ攻撃の理由について解説します。
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年8月29日です。
ミナミバンドウイルカについて
まず、今回話題になっているイルカの種類について簡単に紹介します。
先ほども触れた通り、今回話題になっているのはミナミバンドウイルカ(Tursiops aduncus)というイルカです。
水族館で良く飼育されているバンドウイルカ(ハンドウイルカとも呼ばれる)に近い仲間で、見た目もかなり似ているのですが、成長するとお腹側に細かい斑点模様が目立つようになるなどの違いがあります。
初めて名前を聞いた人もいるかもしれませんが、実は伊豆諸島や小笠原諸島のドルフィンスイムではハンドウイルカよりもこのミナミバンドウイルカに出くわすことの方が多いです。
その一方で、水族館では飼育実績が非常に少なく、現在は沖縄美ら海水族館でのみ飼育されています。
イルカは大型の捕食動物
イルカは全体的に「優しい動物」「大人しい動物」というイメージがあり、中には「知能が高い人間の友達」のように考えている人もいるようです。
しかし、ここでハッキリさせたいのは、イルカは鋭い歯を持つ大型の野生動物であり、人間の友達でも何でもないということです。
水族館でイルカを観たことある人はその時の記憶をよく思い出してほしいのですが、まずイルカは身体がデカいです。種や個体にもよりますが、大きいものでは体長3m以上、体重400㎏以上になります。
今回話題になったミナミバンドウイルカはバンドウイルカに比べて小型とされていますが、それでもオスは2.6m, 体重230㎏に達することがあります。
そして、泳ぐスピードは諸説ありますが、時速30~40㎞で泳ぐことができるとされています。
また、口には円錐形の歯がずらっと並んでおり、この歯で小魚や甲殻類、頭足類などを捕まえています。
基本的にイルカは獲物を丸吞みするので肉を切り裂くような形状ではありませんが、それでも獲物を突き刺して逃がさないよう先が尖っており、噛まれれば大怪我のリスクもあります。
こうした特徴や能力を考えると、イルカは世間で怖がられている大型サメ類と同等、あるいはそれ以上の危険性を潜在的に持っていると言えそうです。
“イルカは優しい”という幻想
ここまで聞いても「イルカは知能が高い心優しい生き物」という幻想を捨てきれない人もいるかもしれません.
しかし、イルカは時に人間基準で残虐と言える行為に及ぶことがあります。
例えばスコットランドやカリフォルニアでは、バンドウイルカがネズミイルカという別種のイルカを殺害する事例が複数確認されています。
発見されたネズミイルカの体には生きている間に受けた激しい打撃の痕跡があり、肝臓や肺の破裂、脊椎骨折などの損傷が見られました。
また、リアルタイムで目撃された事例では、以下のような行動が見られました。
- 複数個体による体当たり
- 放り投げて水面に打ち付ける
- 抑え込んで溺れさせる
なお、これらの攻撃を受けたネズミイルカには噛み跡が残っていましたが肉をちぎられた痕跡はなく、あくまで痛めつけること、殺すことが目的の行動だったと思われます。
同じ海域ではバンドウイルカのオスが同種の子供を殺すことが確認されているので、このネズミイルカへの攻撃は、メスを発情させて交尾するための子殺し行動が、他のイルカをなぶり殺すという”遊び”に変化したものと推測できます。
ここまでの強い攻撃性を人間に向けたという事例は聞いたことがないものの、野生、飼育下ともにイルカによる事故は複数起きており、可能性がないとは言い切れません。
仮にイルカたちに殺意がなくても、彼らの大きさや身体能力を考えれば命にかかわる大事故につながる恐れは十分にあります。
過度に怖がったりイルカを嫌ったりする必要はありませんが、イルカは驚異的な身体能力を持つ大型の野生動物であり、人間の友達でもおもちゃでもないということは肝に銘じておきましょう。
なぜ福井のイルカは人間を攻撃するのか?
では、何故今話題になっている福井のイルカが人間を攻撃するのでしょうか?
ここから僕なりの仮説を提示していきます。
結論から述べると、僕はこのイルカが餌付けされた個体ではないか?と疑っています。
はじめこのニュースを知ったときに僕は「野生動物との距離感を間違えたアンポンタンが噛まれたのか」と思いました。
先ほどイルカの身体的特徴や危険な側面について紹介しましたが、多くの人にとってのイルカは水族館で芸をしている可愛い動物であり、「サメから人を守ってくれる海の友達」というお花畑のような思考を持った人もいます。
そのため、「偶然海水浴場に迷い込んだイルカを見つけた人が安易に触ろうとして、驚いたor脅威を感じたイルカが噛みついてきた」という事故だと勝手に思っていました。
しかし、その後も同じ地域で事故が連発して、しかもそれが同じ個体によるものだという話を聞いて、餌付けされたイルカではないかという考えが浮上しました。
普通の野生動物は人間に近づかない
イルカに限らずサメも含めた多くの動物に言えますが、そもそも野生個体は滅多に人間に近づきません。
僕も小笠原で何度もドルフィンスイムをしましたが、イルカは基本的に目の前を悠然と泳ぐだけで、何とか近くで見ようと人間が全力で泳ぐ感じでした。
しかし、今回ニュースになったミナミバンドウイルカは同じ地域の三つの海水浴場に頻繁に出没し、何もしていないダイバーを追い回す、噛みつくなど、人間を怖がらず積極的にかかわろうとしています。
そのため、何らかの要因(例えば餌付けなど)で、人間に慣れてしまったイルカである可能性があります。
すずちゃんの襲撃?
さらに、一部の報道やネット記事によれば、この個体は2020年ごろから能登半島の海岸に姿を現して、住民から「すずちゃん」という愛称をつけられたイルカの可能性があるそうです。
「住民から愛称をつけられる」と聞くと響きがいいですが、野生動物に勝手な親しみを抱いた無知な人間がやりがちな迷惑行為が餌付けです。
野生動物への餌付けがいかに迷惑・危険・愚かな行為かは別の記事をご参照いただきたいのですが、餌付けされた動物は人間を怖がらなくなり、「あれに近づけばエサが楽に手に入る」と学習してしまいます。
確固たる証拠がないので憶測でしかありませんが、「海水浴場という数多くの人間が頻繁に表れる場所に居座る」、「こちらから刺激していない人間にも近づいて攻撃を加える」という行動を考えると、餌付けによって人との距離感を歪められたイルカという可能性は十分にあると思います。
サメとの扱いの違い
最後に、これは解説というより問題提起ですが、なぜ遊泳禁止にしないのが疑問です。
前回の動画で紹介した通り、シュモクザメが出没した海岸は遊泳禁止になったのに、何でイルカの場合はそうしないのか・・・。
以前の記事で解説した通り、シュモクザメはまず人を襲わないんですが、ただ目撃されただけで遊泳禁止になっています。
一方、今回のイルカは既に人を何度も襲っているのに注意喚起するばかりで遊泳禁止にならず駆除もされていません。しかも、そんな場所に一般人も平然と遊びに行っています。
難癖に思われるかもしれませんが、どうも行政も一般市民もリスクマネジメントが生物の生態や実情ではなく、イメージや感情論に基づいている気がしてなりません。
もし僕の仮説通り餌付けによって行動を歪められて人間に攻撃性を発揮しているのであれば、この個体は早く駆除した方がいいと思います。
一時的に去ったとしても、恐らくまたどこかで人間との距離感を間違えて問題を起こしますし、その時に死亡事故になれば取り返しがつきません。
捕獲して水族館で飼うというのも選択肢ではありますが、ここまで人間に攻撃性を発揮した状態から調教や訓練ができるのか疑問です。
まとめ
以上が、イルカの意外な危険性と、福井県に現れたイルカが人間を襲う理由についての仮説でした。
今回覚えていただきたい内容をまとめると以下の通りです。
- イルカは大きな体と優れた身体能力持つ大型捕食者である。
- イルカは時に残虐と呼ぶにふさわしい攻撃を他の動物に加えることがある。
- 福井のイルカは餌付けによって行動を歪められた可能性がある。
- 安易に野生動物へ餌付けしてはいけない。
イルカは愛着を持つ人が多く、過激な保護団体やスピリチュアル界隈からも人気があるので取り扱いが面倒ですが、サメやクマなどと同じように警戒・対処すべき動物だと僕は思います。
また生き物系のニュースで興味深いものがあれが解説しようと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします!
参考文献
- NHK『イルカにかまれる被害 29日も2件 福井市内の海水浴場』2022年(2022年8月31日閲覧 現在はリンク切れ)
- ジャスティン・グレッグ『「イルカは特別な動物である」はどこまで本当か 動物の知能という難題』2018年(2022年8月31日閲覧)
- 東京新聞『イルカに海水浴客かまれる被害相次ぐ 福井の海水浴場で7~8月 超音波発信装置設置も』2022年(2022年8月31日閲覧)
- 村山司, 森恭一, 中原史生『イルカ・クジラ学―イルカとクジラの謎に挑む』2002年
- 読売新聞『海水浴場に人を襲うイルカ、鋭利な歯でかまれ救急搬送も…「かわいくても危険」』2022年(2022年8月31日閲覧 現在はリンク切れ)
- 読売新聞『海水浴場、野生イルカに要注意…女性かみつかれ足に軽傷・ダイビング中の男性も』2022年(2022年8月31日閲覧)
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