僕が「サメが好きです!」と周りの人に言うと、よくキャビアの話題を振られたり「サメがいたよ!」とチョウザメの写真を送ってもらうことがよくあります。
もちろん僕に合わせて会話を広げてくれたり趣味を覚えてくれること自体はとても嬉しいのですが、その度に複雑な気持ちになります。
何故なら、チョウザメはサメではないからです。
これは多くのサメ好きの方が知っていると思いますが、「じゃあサメとは何が違うの?」と聞かれると説明に困ってしまう人も多いと思います。
そこで今回は、チョウザメがサメだと思っていた方も「サメと何が違うのか?」が曖昧なサメ好き方も学びを得られるよう、チョウザメという魚について解説していきます。
解説動画:チョウザメはサメじゃない?キャビアを産む古代魚の生態やサメとの違いを徹底解説!【チョウザメ】【高級食材】【世界三大珍味】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2020年4月19日です。
チョウザメはどんな魚?
チョウザメがサメではないなら、何故こんな紛らしいネーミングになったのでしょうか?
その理由の一つに、彼らの表面的な見た目がサメに似ていることが挙げられると思います。
確かにサメに見えなくもないシルエットですね。より具体的に紹介すると、以下のような共通点があります。
- 三角形かそれに近い形の背鰭をもつ
- 先が細くなったり尖り気味の吻先をしている
- 胸鰭を収納したりせず広げて泳ぐ
- 尾鰭の上下が違う長さになっている
こうしてサメに見た目が似ていることと、体の側面にに並ぶ鱗の形が蝶に似ていることから「チョウザメ」と名付けられました。ただ、体の構造も分類も全く異なる動物です。
例えるなら、USJとディズニーくらい別物です(詳細は後で紹介します)。
そんなチョウザメの仲間は、大きくはチョウザメ科とヘラチョウザメ科の2グループに分かれます。
もちろん種によって前後しますが、チョウザメの仲間はどれも成長すると2~3m、あるいはそれ以上の大きさになる大型魚で、寿命は数十年~百年以上生きるほど長生きです。
また、チョウザメには海に住むものと川に住むもの両方がいますが、共通して河川で卵を産みます。
そして、この卵が世界三大珍味のキャビアです。
チョウザメとサメの違い:見た目編
では、サメに似ているチョウザメはサメと何が違うのでしょうか?初心者でも分かりやすい見分けポイントは以下の通りです。
- エラの見た目
- 歯の有無
- 卵の形状・大きさ・数
エラの見た目
サメもチョウザメも体の側面に鰓孔がありますが、サメは5~7本の切れ込みを入れたような見た目をしています。
もし、あなたが何かの無茶ぶりで「サメの絵を書いて」と言われたら、どんなに絵が下手でも横に5本線をとりあえず描いておけばサメっぽくなります。
一方のチョウザメは、タイやマグロなどと同じようにエラが鰓蓋に覆われています。このような見た目のサメは存在しません。
チョウザメ以外にも「サメっぽい」と思う魚がいたら、エラの部分を確認すればほぼ確実かつ簡単に見分けられます。
歯の有無
サメは食べるものに合わせて何かしらの歯を持っています。食事の際に歯を使わないジンベエザメやウバザメにも小さい歯があります。
ところが、チョウザメの仲間は歯が一切ありません。
種によって多少異なるものの、チョウザメの多くが水底に潜む甲殻類や貝類、淡水なら水棲昆虫などを食べています。獲物を見つけたチョウザメは、口を飛び出させて掃除機みたいに吸い込んでしまいます。
「カニとか貝なんて硬いものを噛まずに食べて大丈夫なの?」と思いますが、チョウザメは胃の末端に砂肝のような筋肉を持っていて、これで食べ物を潰して吸収しやすくしています。
余談ですが、歯がないチョウザメに噛まれても痛くないため標津サーモン科学館という施設ではチョウザメに噛まれる体験を売りにしています。
卵の形状・大きさ・数
チョウザメの卵と言えばキャビアです。スプーンに何十個も乗るような大きさで、見た目は黒いイクラのようです。「魚の卵」と言われて違和感ないですよね。
一方のサメは、キャビアと比べるとサイズが非常に大きく、一見卵に思えないものばかりです。
また、ドリルのようにねじれていたり、受話器コードのような糸が伸びていたり形状も種によって様々です。さらに、卵の殻はケラチン質で魚卵に比べると硬くて丈夫です。
また、チョウザメは一度に噴き出すような勢いで膨大な数の卵を産みますが、卵生のサメが産み落とす卵の数は一度に2個ほどです。
チョウザメとサメの違い:分類学編
チョウザメとサメは分類学的に大きく異なる動物です。
サメもチョウザメも恐竜よりも遥か前に地球上に現れた生物ですが、それぞれ非常に異なる進化の道筋をたどっています。
魚にあまり詳しくない人の認識だと、サメもチョウザメもマグロもシーラカンスも、全部「魚」という一括りのグループにまとめられがちです。ですが、実際にはこのようになっています。
サメとチョウザメに絞って端的にお伝えすると、サメやエイは骨格のほとんどが軟骨でできている軟骨魚類というグループですが、チョウザメはタイやマグロなどが分類される硬骨魚類の仲間です。
一般にはどちらも「魚」という認識ですが「マグロはサメと人間どちらに近い仲間か?」と聞かれれば、答えは人間になります。それくらい軟骨魚と硬骨魚が根本的な部分が異なる、太古の昔に枝分かれしたグループなんです。
先ほどの例をもう一度出せば、硬骨魚と軟骨魚はUSJとディズニーくらい違います。大規模テーマパークで人気という点は共通していますが、中身も起源も全く異なる存在です。
ただし、チョウザメはタイやマグロ、その他多くの”普通の魚”が属する真骨類ではなく、軟質魚類というグループにいます。硬骨魚類ではありますが、脊柱が軟骨でできているなどの変わった特徴を持っています。
キャビアだけでなく肉も美味しい
チョウザメは世界三大珍味である高級食材キャビアを産むので、多くの人が養殖に取り組んでいます。日本でも愛知、広島、長野、香川、茨城など、各地に養殖場があります。
また、キャビアだけでなく魚肉も有効活用されます。調べてみると、刺身、カツ丼、しゃぶしゃぶ、パンケーキ、マリネなど、様々なチョウザメ料理が見つかります。
養殖用の交配も盛んで、例えば大きく育つオオチョウザメと肉が美味しいコチョウザメを掛け合わせたベステルなどの品種が育てられています。他にも業者ごとに独自の交配種を育てるなどしてブランド化や品質向上に取り組んでいるようです。
また、2019年に近畿大学が産まれてくるシベリアチョウザメをすべて雌化することに成功しました。
これはキャビア生産において重要な意味を持ちます。
チョウザメはそうはいかないので、実際に腹を開いてから縫合したり、超音波器で調べたり、雄雌を調べるのに結構手間がかかるんですね。もし全部雌ならキャビアを沢山つくれますし、最初から雌だと分
サメであればクラスパーという交尾器の有無でオスかメスか容易に分かりますが、チョウザメはそれができず、実際に腹を開いてから縫合したり超音波器で調べたりと、雄雌を調べるのだけ手間がかかります。
近畿大学の研究が実用化されれば、今よりも安くキャビアが食べられるかもしれません。
絶滅危惧チョウザメ
チョウザメは「古代魚」や「高級食材」として紹介されることが多いため珍しい魚というイメージがありますが、かつては世界中に分布していました。日本でも北海道や東北にチョウザメの記録があります。
しかし、残念ながらチョウザメ類はキャビアと魚肉を目的にした乱獲やダム開発などで数を減らし、世界各地で激減、または絶滅してしまいました。
日本のチョウザメも絶滅したとされ、今ではヨーロッパやアメリカなどのごく一部の生息域を除き、野生でほとんど見ることができません(養殖場から脱走したと思しきチョウザメが日本で釣り上がることはあります)。
最近の事例では、2019年12月に「中国の長江に生息する固有種のハシナガチョウザメ(Psephurus gladius)が絶滅した」と結論付ける論文が発表されました。
現在、約30種ほどのチョウザメの仲間は全てワシントン条約に記載され取引が制限されています。養殖が盛んなチョウザメですが、保護された野生個体の密漁や闇ルートでの売買が横行しているんです。
これはニホンウナギなどにも同じことが言えますが、チョウザメは高級食材である前に野生動物です。
この地球から神秘的な古代魚が完全に消えてしまわないように、まだ間に合うチョウザメたちを守っていきたいですね。
参考文献
- 今村央 『魚類分類学のすすめ―あなたも新種を見つけてみませんか? 』2019年
- ナショナルジオグラフィック 『【解説】最大級の淡水魚ハシナガチョウザメが絶滅』2020年(2022年3月24日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック 『キャビア目当ての密漁で米国のチョウザメ危機』2016年(2022年3月24日閲覧)
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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