『ジョーズ』のせいでサメは乱獲されたのか?スピルバーグ監督の後悔を深堀解説!

今回はサメ映画の原点にして頂点『ジョーズ』に関連したお話です。

2022年12月18日、イギリスのBBCラジオにてインタビューに答えたハリウッド映画の巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が、自身がかつて監督した映画『ジョーズ』について、サメの乱獲が進み個体数が減少したことを悔やむコメントをされました。

インタビューの中で『ジョーズ』の話題になった時「この島の周りにもサメが沢山いるかもしれないけど、どう思います?」と質問をされたスピルバーグ氏は、「サメに食われる恐怖というより、サメが怒っていないか怖い。映画公開以降に乱獲が進んでしまった。今は後悔している」という趣旨の発言をしています。

ジョーズが公開されたのが今から40年以上前の1975年ですが、この映画の影響で「サメは凶暴な人食いモンスターである」というイメージが定着し、スポーツフィッシングでサメを狙われ、サメたちの個体数に深刻な影響をもたらしたとして、後悔の念を語ったというわけです。

では、果たして本当に『ジョーズ』のせいでサメは減ったのでしょうか?

今回は「映画と実際のサメの違い」や「ジョーズによる負の影響や絶滅の危機について」について解説し、今回のニュースをを深堀りしていこうと思います。

目次

解説動画:『ジョーズ』のせいでサメは乱獲されたのか?スピルバーグ監督の発言をもとに深堀り解説!

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2022年12月29日です。

『ジョーズ』による歪んだサメのイメージ

今回のニュースを考えるうえでまず知っておきたい前提は、『ジョーズ』はサメの危険性を過剰なまでに誇張したある種のファンタジーだということです。

ご存知の方も多いと思いますが、『ジョーズ』はアメリカ東海岸の離島アミティに現れた巨大なホホジロザメが人々を襲う恐怖、そしてそのサメに立ち向かう三人の男たちの活躍を描いた小説原作のハリウッド映画です。

今の日本人の感覚だと『ジョーズ』は「唯一まともだけど古臭いサメ映画」程度の評価かもしれませんが、当時その演出や音楽など様々な部分が評価され、アカデミー賞3部門の受賞、公開当時だけで約2億6000万ドルの興行収入を叩き出すという快挙を成し遂げています。

僕も幼稚園児の頃に『ジョーズ』を観て、100回以上観た今でも見返すことがあるくらい大好きな名作ではありますが、作中で描かれているサメのリアリティについては否定的にならざるを得ません。

この映画の中でサメは海水浴客や漁師を次々に噛み殺し、船まで沈めてしまう怪物のように描かれていますが、実際のホホジロザメはまずこんなことはしません。

確かにサメによって人が襲われた事例はあるものの、噛まれただけで死者が出ていない事故がほとんどで、その犠牲者数も年間一桁か10人前後。虫が媒介する伝染病や寄生虫、狂犬病に感染した野犬などに比べれば圧倒的に少ないです。

襲撃が少ない主な理由としては、サメと人間の生活圏が水中と陸上という根本的に隔てられた環境なので、そもそも遭遇率が低いというのも挙げられます。

また、近年ドローンで撮影された映像などから判断するに、ホホジロザメは人間が気付いていないだけで、人間の近くを頻繁に泳いでいると思われます。

そうした現場で毎回シャークアタックが起きていないということは、彼らは出会ったら必ず襲ってくる殺人マシーンではないということです。

そもそもホホジロザメが人を襲うのは、本来の獲物と間違えているか、敵または競合する捕食者だと思って追い払おうとしているためだと考えられます。彼らにとって人間は本来のエサではありません。

ホホジロザメは人間ばかり襲う怪物ではありません。

一応『ジョーズ』の物語は「ニュージャージー州サメ襲撃事件」と呼ばれる、実際に連続して起きたシャークアタックをモデルにしていますが、この事件については「同一のサメが全ての人を襲ったのか?」や「犯人は本当にホホジロザメだったのか?」など、様々な部分が明らかになっていません。

それぞれの襲撃場所が20kmから60kmほど離れていますし、一部は川で起こっているので、複数のサメによる襲撃が偶然近い場所で連続してしまったか、何らかの原因で人間を襲うようになったオオメジロザメによるものとするのが妥当です。

いずれにしても非常に稀、例外的な事故と言っていいでしょう。

※ニュージャージー州サメ襲撃事件の詳細はコチラ

さらに言えば、ホホジロザメのように人間ほど大きな獲物を襲う大型で力強いサメは、サメ全体ではかなり少数派です。

ほとんどのサメは人間より小さいか、大きくても同じくらいで、海底の方でじっとしていることが多かったり、深海に生息していて人間と出会う機会すらなかったりします。

以上のことから、ジョーズで描かれたサメは実際のホホジロザメとはかけ離れていますし、それをサメ全体に当てはめるのは極めて乱暴で愚かな考えです。

人間ばかり襲う凶暴な人食いザメという設定は、「竜巻でサメが飛んでくる」と同じくらい荒唐無稽であると、この機会に覚えておいてください。

サメ類の個体数は激減している

インタビューの中でスピルバーグ監督は「decimation of the shark population」という表現を使って、サメの個体数減少を嘆いていました(decimationは「大量殺戮」や「間引き」を意味します)。

では、実際にサメの個体数は減っているのか?

僕の結論は「種によるし、諸説あるが、全体的に減少している可能性は高い」です。

カナダにあるサイモンフレーザー大学のネイサン・パコーロー博士らがまとめた研究は、1970年から2018年にかけて、漁獲圧の大幅な増加により、外洋性のサメやエイの個体数が70%以上も減少していると結論付けています。

『ジョーズ』のモデルになったホホジロザメも、IUCN RedlistではVU(危急)という評価を受け、個体数が減少傾向にあるとされています。

その他の有名な大型サメ類、例えばアオザメ、アカシュモクザメ、ジンベエザメ、ヨゴレなどはもっと深刻で、ENまたはCRという評価を受けています。

ヨゴレ(Carcharhinus longimanus)。外洋性のサメの中で特に減少が心配されています。

一応補足しておくと、どれくらい減っているのか、全ての個体群が減っているのかは諸説あります。

サメの個体数は漁獲量や発信機を付けた研究などの部分的なデータから推測するしかできませんし、生態がよく分かっていない種類も多いのが現状です。

そのため、「減っているだろうけど、どれくらいかは分からない」や「減っていると結論付けるにはデータ不足ではないか」という意見が出ることもあります。

また、ホホジロザメに関しては、カリフォルニア州沖では増加傾向にあるという研究が2014年に発表されており、個体数の増減は海域や個体群によっても異なると思われます。

ただし、今挙げたようなサメたちは高次捕食者であり、個体数がもともと多くありません。

さらに、他の魚に比べると子供を産む数が少なく、成熟するまでにも何年・何十年という歳月が必要です。

つまり、人間活動によって数を減らしてしまった場合、回復に非常に時間がかかり、手遅れになるリスクも高いんです。

以上のことを考慮すると、多少不確実な部分があったとしても、サメの個体数が大きく減少している前提で考え、保全活動・規制強化に取り組むべきだとは思います。

『ジョーズ』の影響でサメは減ったのか?

サメの現実・現状が分かったところで今回の本題ですが、果たしてサメは「ジョーズ」のせいで減ったのでしょうか?

これについては、影響はあったはずですが、ジョーズだけに責任を負わせるのは微妙というのが僕の見解です。

確かに、『ジョーズ』の公開後に娯楽目的でサメを釣る人や、サメ釣りで競い合う大会が増えました。そうした大会では「いかに多くのサメを殺したか」「どれだけ重いサメを釣ったか」で賞が与えられたそうです。

一つ事例を挙げると、フロリダ州における娯楽目的の釣りによって漁獲されたサメの数が、1979年に450000尾だったのが1986には733000尾になり、わずか7年間で63%も増加したと推定されています。

また、シドニー大学のクリストファー・ネフ教授は「Jaws Effect」という単語を作り出し、『ジョーズ』によって

  • サメは意図的に人を襲う
  • サメの攻撃はいつも致命的である
  • サメの襲撃を防ぐためにはサメを殺すしかない

という歪んだ考えが拡散・定着してしまい、オーストラリアのサメ対策にも影響してしまったと主張しています(なお、この三つはどれも完全な誤りです)。

以上のことを考えると、『ジョーズ』によるサメへの影響は間違いなくあったと思いますが、今から述べる2つの理由により、僕はジョーズだけに責任を負わせるべきではないと思います。

商業的な漁業活動の方が影響が大きいのでは?

まず、「先程挙げた釣りなどのアクティビティが、商業目的の漁業活動よりも大きな悪影響をサメに与えたのか?」と言われると微妙です。

2014年に国連のFAOが調査したところによると、娯楽目的の釣りにより捕まった魚の量は約90万トンほどと推定されていますが、これは全世界の漁獲量の1%にも満たないそうです。

先程紹介したネイサン・パコーロー博士らの研究でも、外洋性のサメを減らした主要な要因は漁業における乱獲・混獲だとしています。

こうしたことを考慮すると、『ジョーズ』の影響で奪われたサメの命も確かに多くあったと思いますが、『ジョーズ』に関係なく殺されているサメの方が圧倒的に多い(すなわち、相対的に考えると『ジョーズ』によるサメの個体数への悪影響はそこまで大きくなかった)と言えそうです。

フィクション作品にどこまで責任を負わせるのか?

もう一つの理由ですが、「そもそもこうした影響の責任をフィクション作品にどこまで負わせるのか?」という問題があります。

漫画や映画に影響されたと思しき凶悪事件が起こるたびに、PTA過激派のような人々から作品が非難されたり、放送や上映が規制されたりしますが、そもそもこうした事件の根本はその作品ではないはずです。

仕事や人間関係が上手くいかない、将来が不安、その他経済的な理由や幼少期のトラウマなどが歪んだ考えや自暴自棄、犯罪行為に繋がっているのであって、作品は単なるきっかけか言い訳の一つでしかありません。

2021年に京王線無差別刺傷事件を起こした犯人がジョーカーのコスプレをしていたことが話題になりましたが、「ジョーカーに憧れて殺ってやった」というメンタリティの人間は、『ジョーカー』に関係なく危険です。

そういう人は、仮にその作品がなかったとしても、別のものをトリガーに結局事件を起こしていたはずです。

逆に、現実の世界にちゃんと居場所があり、人間関係に恵まれ、教養や分別のある人であれば、『ハンニバル』『ホステル』『グリーン・インフェルノ』などを沢山視聴しても「人肉食べてみたいから殺っちゃおうかな」とはなりません。

話を『ジョーズ』に戻しますが、仮に『ジョーズ』を観て「サメはモンスターだからぶっ殺していいよね」のような考えに陥る釣り人がいたとしたら、その人は根本的に頭が悪いので、『ジョーズ』がなかったとしても、他の魚を乱獲したり、ブラックバス容認論者のような迷惑で気持ち悪い釣り人になっていたと思います。

『ジョーズ』は、その完成度が非常に高かったこともあり、多大な影響をもたらした映画でしたが、『ジョーズ』が諸悪の根源だという考えにハマってしまうと、もっと大きくて根深い問題を見逃しかねません。

サメを好きだと思うなら、『ジョーズ』の否定を超えて、その先を見据える必要があると思います。

参考文献&関連書籍

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