「野生のホホジロザメに会いたい!」「生きたホホジロザメを見たい!」という熱い想いを持つサメ好きには、残念なニュースが報じられました。
2023年2月にメキシコ政府が、ホホジロザメが多く生息するホットスポットの一つであるグアダルーペ島でのホホジロザメ関連の観光業を禁止すると発表したのです。
サメに詳しくない人がこのニュースだけ聞くと、「人が喰われるかもしれないからやめたのかな?」と思いそうですが、メキシコ政府はケージダイブをサメへの悪影響などを考慮して禁止するとしています。
では、果たしてケージダイブにはどんな問題があるのか?本当に禁止した方がよいのか?
今回は、「ケージダイブの是非」というテーマで、問題点や賛成反対の意見を紹介していきます。
解説動画:サメケージダイブが危険?ホホジロザメのケージダイブが禁止されている理由【ダイビング】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2023年4月7日です。
ケージダイブとは何か?
ケージダイブとは、檻の中に人間が入ってサメを観察するアクティビティのことです。
ほとんどのサメは好んで襲ったり食べたりしないのですが、映画『ジョーズ』のモデルであるホホジロザメのように、大型で命にかかわるようなサメもいます。
そうしたサメを安全な檻から観察するダイビングのことをケージダイブ(またはケージダイビング)と呼びます。
特に有名かつ人気なのがホホジロザメを観察するケージダイブで、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、メキシコ、アメリカ西海岸などでこれまで行われてきました。
ちなみに料金はピンキリで為替にもよりますが、ケージダイブ単体のツアーで約1万~3万円、3泊~7泊する長期ツアーの場合は30万~50万円ほどです。
また、ツアーの中でケージダイブ以外のダイビングも楽しめたり、アシカの観察など別のアクティビティが入っていることもあります。
ケージダイブの問題点
しかし、そんなケージダイブの悪影響を心配し、厳しい規制や禁止を訴える声も一定数あります。
すでに西オーストラリア、ニュージーランドではケージダイブが禁止され、先程触れた通り、先日メキシコでも禁止が決定されました。
では、ケージダイブに反対する人は何を問題視しているのでしょうか?
ここで主に問題にされているのが、餌付けや撒き餌です。
ケージダイブでは確実に、より近くでサメを観察できるよう、大型魚の肉をロープにつないで垂らしたり、「chumming」と呼ばれる、魚の血肉をぐちゃぐちゃに混ぜた液をまいたりして、サメをおびき寄せることが多いです。
ケージダイブに反対する人の多くは、檻に入ってサメを観察する行為そのものより、この餌付けや撒き餌が良くないと主張している場合がほとんどです。
では、餌付けによりどんな問題が起きるのでしょうか?
サメの襲撃が増えるリスク
一番に想像されるのが、サメがボートや人をエサと関連付けてしまうことです。
ケージダイビングの船に何度も遭遇するサメが「あの物体に近づけば肉が手に入る」と学習することで、ケージダイブ目的ではない船やダイバーにサメが積極的に近づいて、不幸な事故を引き起こしてしまう危険性を心配する人たちがいます。
サメが傷つくリスク
次に、サメ側が怪我を負ってしまうという恐れもあります。
ケージダイブ用の檻は、観察や撮影がしやすいよう、檻の一部が大きく空いていることが多いです。
そのため、エサに釣られてそのままダイバーに向かっていったサメが檻の隙間にまってしまう事故が何度か起きています。
これらの事故で人命が失われたことはないはずですが、抜け出そうともがく中でサメが怪我をしてしまうことがあります。
カリフォルニアの事故では、エラから出血したサメがそのまま死んでしまうという悲惨な結果になりました。
実際の動画はコチラ↓
サメの行動を変化させるリスク
三つ目がサメの行動パターンへの影響です。
頻繁かつ長期的に餌付けをしてしまった場合、サメの回遊パターンが変化してしまったり、本来いない場所にサメを集めてしまうのではないかという懸念があります。
実際、ネプチューンアイランドでホホジロザメを調べた研究では、ケージダイブが盛んになった前と後でサメの滞在期間に変化が起きていることが分かっています。
また、別の研究では、ケージダイブに遭遇したホホジロザメは通常時よりエネルギーを多く消耗してしまっているという結果が出ています。
美的な価値観の問題
特定のリスクがあるというわけではありませんが、エサでおびき寄せたサメとダイビングする行為について、
こんなものは見世物だ
これは”本物”じゃない
という、美的センスや好き嫌いの側面から、ケージダイブや餌付けをするダイビングが好きではないダイバーも一定数います。
ケージダイブに賛成・擁護する意見
ここまで、ケージダイブの問題点を取り上げてきましたが、ケージダイブを擁護する声や「こういう側面もあるよ」という話もしていきます。
経済的利益
先程触れた通りケージダイブの金額は決して安くはないのですが、それでもかなり人気なので、観光産業としての価値が非常に大きいです。
今回のグアダルーペ島のニュースを取り上げたSmithsonian Magazineの記事によれば、2019年には約2800人がケージダイブに訪れており、とある現地ガイドの5日間のツアーの料金が一人あたり$2,000~$5,000ドルでした。
単純に一人当たりの料金が平均$3500だとした場合、$3500×2800人=$9,800,000。
現在の日本円換算($1=約130円)で、1年間に約12億7千万円もの売上があることになります。
ニュージーランドの調査機関がケージダイブについてまとめた資料にも、「地域によって1億6000万円~23億円の経済効果がある」と記載があり、この数字は決して大げさなものではありません。
保全にも役立つ
ここまで聞いて「経済効果があるなら悪影響を無視していいのか」と怒る方もいると思います。
しかし、経済効果や観光産業があることで、サメの保護・保全につながるという意見もあります。
サメの生態や保全に詳しくなると忘れがちですが、世間的にはサメはただの人喰いモンスターで、漁師さんからしたら良くて商品、悪くて害獣です。
「生態系保全のためにサメの個体を捕り過ぎないようにしましょう」とだけ言っても、
何でサメなんか守るんだ!?
漁師さんの生活はどうするの!?
などという反発を生むかもしれません。
そこで、生きているサメによって観光産業が大きな利益を上げることで、「サメを殺すより生かしておく方がこれだけ経済効果や税収もある。サメを保護した方が得である」という状態にし、地域経済に貢献しつつ、漁獲規制や保護区の設定を実現しやすくするというわけです。
実際にはもっと複雑な問題が地域ごとにあったりするのですが、環境保全をするうえで経済の問題は避けて通れないので「守った方が儲かるよ」というアプローチができるのは非常に有利だと思います。
サメのイメージアップ
さらに言われているのが、ケージダイブでの体験やその映像を広めることで、「凶暴で血も涙もない殺人マシーン」というサメのイメージを払しょくすることができるのではないかというものです。
血の臭いで刺激されていたとしても、人間を食べようとケージを執拗に攻撃するわけではありません。
ホホジロザメが悠然と泳ぐ姿の美しさ、雄大さを間近で見ることで、参加者はサメにプラスのイメージを持ち、保護や保全に理解を示してくれる可能性があります。
これについては人によりますが、ケージダイブで撮影されたホホジロザメのドキュメンタリー番組などを見ているうちにサメにハマっていき、サメが好きになったり研究を志した人は一定数存在します(僕もその一人です)。
生きたホホジロに出会ったことはありませんが、僕自身もダイビングで野生のサメにあった時の感動・興奮は重々分かっているので、このイメージアップや啓発に役立つという側面を無下にはできません。
被害との因果関係が不明
ケージダイブで撒き餌・餌付けをすることで、サメが一ヶ所に留まるようになったり、船や人を襲いやすくなるという意見を先程紹介しましたが、これに対する反対意見もあります。
まず、ホホジロザメのケージダイビングが行われている場所は、元からホホジロザメが多く生息する海域なので、遠くから無理やりサメを誘き寄せているわけではありません。
したがって、彼らの行動に全く影響がないとは言いませんが、ブラックバスやウシガエルを日本に放つような致命的なものではないという見方もできます。
また、ケージダイブによって他のボートと距離が近くなるというのも確定的ではありません。
南アフリカで実際にケージダイブによるホホジロザメの影響を調べた研究者は、ホホジロザメがケージダイブによってボートと獲物を関連付ける(条件付け)反応は見られなかったと報告をしています。
さらに、これは科学的根拠がないようですが、撒き餌をした際は血の匂いが強すぎて、人間の匂いを獲物として覚えるのは無理ではないかという人もいます。
そして、肝心の襲撃件数ですが、ケージダイブが盛んになったからシャークアタックが増えたという確たる証拠はありません。
確かにケージダイブが行われている地域でホホジロザメによる人的被害は出ていますが、先にも言った通り元々ホホジロザメが多く生息する海域なので、ケージダイブに関係なく一定のリスクはあります。
したがって、サメに襲われる人がいるのはケージダイブが原因だと、簡単に言い切ることは難しいのです。
ケージダイブは禁止すべきなのか?
では、結局ケージダイブは禁止すべきなのでしょうか。
アンケート結果
TwitterとYouTubeのコミュニティ機能で「ケージダイブを禁止すべきかどうか?」というアンケートを実施したところ、以下のような結果になりました。
多少差はありますが、全体的にケージダイブを認める人が多く、反対するとしても正直やってみたいという方が多いようです。
僕のフォロワーさんやチャンネル登録者の方々はサメの保全や環境問題に理解のある方が多いはずなので、そうした中でこの結果が出たのは興味深いですね。
規制は必要でも禁止はやり過ぎ?
こうした結果を見ても分かる通り簡単に結論を下すのは難しいですが、僕は「条件付きで存続した方が良いのではないか?」と思っています。
基本的に野生動物への餌付けには反対の立場でなのですが、ケージダイブについては、陸上動物への餌付けで行われるいくつかの問題(人獣共通感染症など)が当てはまらないか、立証されていません。
また、ケージダイブはルールに縛られた特定の業者が、ほぼ決まった場所で、一定の頻度や量で行なっている水棲動物への餌付けになるため、一般人が無秩序に行う野良猫や水鳥のエサやりとは分けて考える必要があると思います。
さらに、「撒き餌はOKだが実際にサメに肉を食べさせるのはNG」など、現在ケージダイブには様々な制限が課せられています。
地域によって内容は異なりますが、恐らく一番厳しいのがアメリカ西海岸で、いかなる餌付けも許されていません。
現地のツアーガイドはアシカに似せた囮を使って誘き寄せたり、野生の獲物を捕食しているところを探してダイビングします。遭遇率はどうしても下がってしまいますが、観光として成り立っているようです。
こうしたことを考えると、業者の数、檻の網目、餌の使用可否などの内容の規制を強化する必要はあっても、ケージダイブ自体を禁止するのは行き過ぎではないかと思えてきます。
影響があるものは全て禁止すべきなのか
もちろん、「サメへの悪影響があるのであれば、とにかく禁止すべき!」という人もいると思います。
確かにサメたちに影響を与えないのがベストですが、極論言えば、ダイビングそのものやボートのエンジン音だって生態系への影響はあります。
しかし、だからと言ってダイビングもボートも禁止してしまえば、生活が立ち行かない人が出てきたり、そうした活動で得られるメリットが全て失われてしまいます。
ここで必要なのは、「悪影響があるものはとにかく禁止!」という極論ではなく、今ケージダイブは許容範囲とされるところを超えているのか、その根拠は何か、超えているならどうすれば許容範囲にできるか、という議論ではないでしょうか。
今後のケージダイブ、そして他のサメと泳ぐアクティビティがどうなっていくのか分かりませんが、サメと人間が適度な距離感で共存できる、持続可能な関わりを維持できればなと思います。
参考文献&関連書籍
- Barry Bruce『A review of cage diving impacts on white shark behaviour and recommendations for research and the industry’s management in New Zealand.』2015年(2023年4月11日閲覧)
- Barry D. Bruce, Russell W. Bradford『The effects of shark cage-diving operations on the behaviour and movements of white sharks, Carcharodon carcharias, at the Neptune Islands, South Australia』2012年(2023年4月11日閲覧)
- Independent『Cage diving tourists putting vulnerable great white sharks at risk, scientists say』2018年(2023年4月11日閲覧)
- National Geographic『Why I Won’t Go Shark Cage Diving』2013年(2023年4月11日閲覧)
- Ryan Johnson, Alison Kock『South Africa’s White Shark cage-diving industry -is their cause for concern?』2006年(2023年4月11日閲覧)
- Smithsonian Magazine『Mexico Bans Great White Shark-Related Tourism on Guadalupe Island』2023年(2023年4月11日閲覧)
- XPLORE OUR PLANET『Ethical Cage Diving With Sharks: Is It Possible?』2020年(2023年4月11日閲覧)
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