突然ですが、もしあなたが「野生のサメに会いたい!」と思ったらどこに行きますか?
恐らくですが、まず海に行こうとするはずです。
しかし、世界には海ではない場所に住むサメやエイもいます。
今回は、川や湖に住むサメやエイの仲間たちを、「そもそも何故そうした魚が珍しいか?」という疑問に答えつつ紹介していきます!
解説動画:川や湖にサメ?淡水に生息する軟骨魚類たちを解説!【浸透圧】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2020年9月26日です。
なぜ海と川を行き来するのは難しい?
ご存知の通り、ほとんどのサメは海に住んでいます。
これからその例外を紹介していきますが、そもそも何故同じ水中という環境なのに、海にしかいない魚と川にしかいない魚がいるのでしょうか?
多くの魚が海水と淡水を行き来できない理由には、浸透圧というものが関係しています。
浸透圧をすごく簡単に説明すると「どれくらい塩辛いか」です。
そして、塩辛い方が水を引き寄せる力があります。
これだけと分かりづらいと思うので、イラストを使って説明します。
何か物質が溶けた水のことを水溶液と言います。
この水溶液に溶けている物質の濃度が濃いほど水を引っ張る力があります。
水だけが行き来できるような膜で濃度の違う水溶液を分けた場合、濃度の濃い方に水が引き寄せられるような現象が起きます。
この現象を浸透、引き寄せる力を浸透圧と呼びます。
【補足:用語の説明】
- ある物質を溶かすもの・・・溶媒
- 溶媒に溶かす物質・・・溶質
- 水だけが行き来できるような膜・・・半透膜
理科の授業のようで縁遠く感じるかもしれませんが、浸透圧は非常に身近な現象です。
以下のような現象には全て浸透圧が関係しています。
- ナメクジに塩をかけると縮む(体外の浸透圧が急激に上がり水分を奪われる)
- 野菜を漬物液に置いておくと”しんなり”する(漬物液の方が濃度が濃いので野菜から水分が出ていく)
- 海水を飲み続けると喉が渇き命にかかわる(細胞外の浸透圧が急激に上がり、細胞から水分が奪われて脱水症状を起こす)
魚たちの浸透圧調節
では、水中で暮らす魚たちに浸透圧はどう関係しているのでしょうか?
海水魚の浸透圧調節
海水で暮らす場合、自分の体内よりも周りの海水の方が浸透圧が高いため、体から水を持ってかれて脱水していきます。
そのため、海水魚は海水を飲むことで水分をできるだけ確保しつつ、取り過ぎてしまう塩類を鰓や尿で排出します。
これにより、塩をかけられたナメクジのように水分を失わず、塩辛い海水の中で生きていくことができます。
淡水魚の浸透圧調節
淡水魚の場合は体内の方が浸透圧が高いので、むしろ外からどんどん水が入ってきてしまいます。
これはこれで問題なので、淡水魚は水を飲まず、自然に入ってくる水は大量の尿で排出しています。さらに、塩類を鰓から取り入れ、体の浸透圧を保っています。
つまり、淡水に住む魚は、海水魚と逆のことを行う必要があるんです。
このように、海水と淡水では体内環境を維持するために必要なプロセスが異なるため、調節機能を切り替えられる限られた魚しか行き来することができません。
サメやエイの浸透圧調節
ここまでご紹介したのは硬骨魚の浸透圧調節ですが、サメやエイなどの軟骨魚類は、全く異なる方法で浸透圧調節を行っています。
サメやエイの体も、本来の塩類濃度は他の動物とそこまで変わりません。
しかし、彼らは体液中に尿素をたくさん含むことで塩辛さを上乗せし、浸透圧を高めています。
これにより脱水を防ぐだけでなく、水を適度に体内に流入させることができます。
つまり、海水に棲む硬骨魚が鰓や腎臓で周りの塩辛さに負けないよう調整しているのに対し、サメたちは周りの海水よりも自分が塩辛くなることで適応をしているわけです。
ただし、サメたちも急に体の生理機能を変えられないので、ほとんどの海水魚と同じように淡水で生きていくことはできません。
淡水と海水を行き来する魚たち
ここまでの話を簡単にまとめます。
- 海水と淡水だと浸透圧(塩辛さ)が異なる。
- 海水では周りが塩辛いので水の確保・塩類の排出が重要になるが、淡水では逆になる。
- サメやエイなどの軟骨魚類は、体内の浸透圧を尿素で高めることにより海水に適応している。
海水と淡水ではそれぞれ必要な生理機能が異なるため、多くの魚は簡単に行き来することができません。
しかし、ごく一部の魚は独自の浸透圧調節を行うことで、海と川を行き来することができます。サケやニホンウナギなどが代表例です。
このように、どちらの環境にも住める性質を広塩性と呼びます。
そして、サメやエイにも淡水、あるいは淡水に近い環境に生息する仲間がいます。
しかし、それぞれ適応能力に差があったり、生態が分かっていない種も多いです。
ここからは、興味深いけど謎も多い”甘い水に住む軟骨魚類”たちを紹介していきます!
淡水やそれに近い環境で暮らす軟骨魚類たち
オオメジロザメ
淡水にも現れるサメの代表選手がオオメジロザメです。
ホホジロザメ、イタチザメと並ぶ危険ザメとしても有名なオオメジロザメは、アマゾン川やミシシッピ川、ザンベジ川などを遡上することがあります。
以前にニュージャージーサメ襲撃事件を解説しましたが、犠牲者の一部は川で襲われたため「犯人はオオメジロザメだったのではないか?」と推測されています。
日本では沖縄周辺にもオオメジロザメが生息していて、僕も本島の川で幼魚を観察したことがあります。
市街地でも簡単に見ることができるので「川にジョーズ出没!」と大げさにメディアが騒ぎ立てることもありますが、沖縄の川に上ってくるのは大きくても1mほどの若い個体です。
恐らく小さいうちに餌が豊富で天敵がいない淡水域で過ごし、大きくなってから外洋に出ていくものと思われます。ただし、日本以外の川ではワニに食べられることもあるようですが・・・。
そんなオオメジロザメも、他のサメのように尿素を体内に蓄積して浸透圧調整を行いますが、彼らは淡水環境でも体内に尿素を保持しています。
塩辛い体のままだと体内に大量の水が流入しそうですが、どうやらオオメジロザメは腎臓で尿素をできるだけ回収し、かなり薄めた尿を多く排出することで淡水域に適応しているようです。
この詳しいメカニズムはまだ解明されていないことも多いですが、東京大学と沖縄美ら海水族館によって行われて実験では、オオメジロザメを淡水域に移動させるとイオン輸送にかかわる遺伝子が腎臓で発現することが確認されました。
同じ実験をドチザメで行っても同じような現象が見られなかったことから、この遺伝子の発現が淡水への適応のカギになっていると思われます。
ノコギリエイの仲間
ノコギリエイの仲間も、オオメジロザメと同じく広塩性の軟骨魚類です。
ノコギリエイは熱帯から亜熱帯という温かい海域の一部に分布していて、世界には5種知られています。
そして、その全種が浅い海や河口近くで暮らしており、淡水域にも現れます。
生息域がオオメジロザメと被ることもあり、ニカラグア湖ではノコギリエイ類とオオメジロザメの両方が確認されています(沖縄にも記録がありますが、非常に稀な事例のようです)。
ノコギリエイはオオメジロザメ以上に生態について不明な点が多いですが、ノコギリエイも幼魚の頃に淡水域で暮らし、成長すると海に下るとされています。
そんなノコギリエイは、実は漁業活動や生息環境の悪化で数を減らしつつある絶滅危惧種でもあります。
ノコギリエイの長い吻は網に絡まりやすいため、頻繁に混獲されてしまいます。さらに、開発や汚染などによる生育環境の悪化も懸念されています。
日本の水族館にはノコギリエイの仲間が複数展示されていますが、野生に住む彼らの仲間も守っていきたですね。
水族館でノコギリエイを「ノコギリザメ」と誤認している人をよく見かけますが、ノコギリザメは大きさ、生息域、適正水温など様々な点がノコギリエイと異なり、広塩性でもありません。
淡水エイの仲間
オオメジロザメやノコギリエイが海と川を行き来するのに対し、淡水での生活に適応して海で生きられなくなった板鰓類がいます。
それが淡水エイの仲間たちです。
淡水エイの仲間はアマゾン川やメコン川などで複数種が確認されており、ポルカドットスティングレイなどが有名です(バンドではありません)。
日本にも淡水エイがペットとして輸入され、一部は品種改良までされています。
野生の淡水エイの生態は分かっていないことが多いですが、もともと海にいた祖先が川に閉じ込められるなどして独自の進化を遂げ、今の姿になったとされています。
淡水エイと呼ばれるエイたちは、繁殖などの理由で一時的に淡水にいるのではなく、その川や湖で一生を過ごします。
実際、彼らの生理機能は淡水に適応しています。
先述の通り、海に住むサメやエイは体に尿素を蓄積させることで海水の浸透圧に適応していますが、淡水エイは体に尿素を蓄積させることができず、海水では生きられません。
海に住むエイと見た目はそこまで変わりませんが、完全に淡水魚になっているわけです。
日本の沿岸域でもよく見かけ、水族館でお馴染みのアカエイは、実は河口域にも現れることああります。淡水エイというわけではないですが、他の板鰓類に比べると塩類濃度が低い環境にも強いようです。
マングローブ林のサメたち
完全な淡水域というわけではないですが、水と淡水が交じり合う汽水域にもサメがいます。
レモンザメやニシレモンザメなどの一部のサメは、河口近くのマングローブ林などで幼少期を過ごします。
彼らもオオメジロザメと同じように暖かい海に暮らすサメで、普段は沿岸や沖合に生息していますが、出産のために河口近くに現れることがあります。
レモンザメもオオメジロザメ同様に胎生のサメで、生まれた時から自分で泳げるハンターです。しかし、体が小さいうちは他のサメや大きな魚に食べられてしまうことがあります。
子供の頃は浅い場所ですくすく育ち、成長してから沖に出ていくという生き残り戦略をとっているようです。
グリフィスの仲間
オオメジロザメに比べると世間での知名度は低いですが、淡水に生息するサメとして忘れてはいけないのがグリフィス(Glyphis)の仲間たちです。
グリフィス(Glyphis)とは、「ガンジスメジロザメ属」というグループを指す言葉です。ギャリックガンジスメジロザメ(Glyphis garricki)やスピアトゥースシャーク(Glyphis glyphis)などが知られています。
様々なサメが分類されるメジロザメ目のうち、ガンジスメジロザメ属に分類されるサメたちは河川に現れることが確認されており、英語では”River shark”と呼ばれることもあります。
“River shark”と聞くと、淡水エイのように川にだけ住むサメをイメージしそうですが、彼らは淡水の河川だけでなく汽水域や沿岸にも生息しています。
オオメジロザメと同じく若い個体が淡水域、成長した個体が海水域にいることが多いため、恐らく川の行き来は繁殖に関係していると思われます。
グリフィスの仲間もノコギリエイ同様に不明なことが多いですが、生息域の開発や汚染、乱獲などによる個体数の減少が危惧されています。
まとめ
以上が、海水と淡水を行き来するのが難しい理由と、淡水域に生息するサメ・エイ類の紹介でした!
後半になるにつれ「分からないことが多い」や「解明されていない」が多くなって申し訳なかったのですが、本当にそうなんだから仕方ありません・・・。
ただし、今回紹介したような面白い生物たちを、よく分からないまま絶滅させてしまうという事態は絶対に避けたいなと強く感じます。
特に、ガンジスメジロザメの仲間たちはまだ会ったことがないので、いつか生きている姿を間近で見てみたいものです。
参考文献
- IUCN Redlist『Ganges Shark Glyphis gangeticus』(2022年4月17日閲覧)
- KAKEN『オオメジロザメはなぜ河川を利用できるのか:その仕組みと目的の研究』(2022年4月17日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック『絶滅危惧種ノコギリエイの生態』(2022年4月17日閲覧)
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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