本記事は以下の記事の後編になります。
前回の記事でアカエイの特徴や面白い繁殖様式について解説しましたが、ここからはアカエイの危険性という、やや重い問題を取り扱っていきます。
「危険生物」や「厄介者」とされる動物とどう向き合っていくべきなのか考えるうえでお役に立てれば幸いです。
解説動画:【猛毒】アカエイの毒針に刺されたら・・?釣ったエイの針は折るべき?サメより怖い危険生物との向き合い方について【アカエイ後編】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2023年11月8日です。
アカエイの危険な毒針
同じ軟骨魚類のサメに比べると、エイに対して怖いイメージを持っている人は少ないと思います。
しかし、アカエイはサメよりも恐ろしい強力な武器を持っています。
それが尾部にあるトゲです。専門的には尾棘とよばれます。
この尾棘は先が非常に鋭く、長靴やウェットスーツ、サンダルの底などを簡単に貫通します。しかも返しのようなギザギザがついているため、刺さると簡単には抜けません。
さらに、このトゲは表面に毒液が粘りついており、刺されると体内に毒が送り込まれます。
アカエイは砂や泥の中に隠れてじっとしていることが多いので、気付かず踏みつけてしまうことがあります。
それで攻撃されたと感じたアカエイが尾を振り回すことで、毒のある尾棘が体に突き刺さったり体を切り裂かれてしまうのです。
また、アカエイの尾には尾棘とは別に尖った部分があるので、これらによって怪我を負う恐れもあります。
アカエイに刺された場合の症状
アカエイの棘が体に刺さるだけでも十分痛いですが、棘を引き抜く際に返しのせいで肉が余計に傷つき出血がひどくなります。
さらに、先述の通り毒を持っているため、刺されると毒によっても苦しむことになります。
アカエイの毒はカサゴなどに近いタンパク毒で、激痛をもたらすのに加え、血圧低下、呼吸障害、発熱、嘔吐などの症状をもたらします。
生物ライターの平坂寛さんが「実際にアカエイに刺されてみた」というとんでもない動画を投稿していたのですが、
- カサゴなどに似ているが撃たれて響くような痛み
- 擬音で表すなら「ギィン!」という感じ
- 骨にダイレクトに響くような痛み
という感想を述べていました。
※平坂さんの動画は以下で見られますが、危ないので良い子の皆さんは絶対に真似しないでください(フリではなく本当にやめて下さい)。
アカエイに刺された時の対処法は?
アカエイの毒針が刺さってしまった場合の対処法として、温水で温めることが有効とされています。
エイの毒はタンパク毒なので、患部を火傷しない程度の温水で温めることで、毒として作用しているタンパク質を失活させることができます。
ただし、返しのついたアカエイのトゲによる傷は簡単に塞がらず、恐らく酷い出血もひどくなっているはずですし、そこから細菌などに感染している恐れもあります。
もしアカエイに刺されてしまった場合は、自己判断の応急処置で済ませず、速やかに病院に行くようにして下さい。
また、そもそも刺されない対策として、砂地をすり足で歩いて砂を巻き上げることで、アカエイの方から逃げていくように仕向けて踏みつけるリスクを抑えることができます。
また、ウェーディング(海や砂に膝や腰まで浸かって行う釣り)をする人向けにエイガードという商品が販売されているので、興味のある方は是非チェックしてみてください。
アカエイ類による死亡事故はあるのか?
アカエイの毒そのもので亡くなることは稀ですが、実はこのアカエイの仲間による死亡事故も発生しています。
有名な例がスティーブ・アーウィン氏の事例です。
アーウィン氏は通称「クロコダイル・ハンター」として知られる環境活動家で、動物園経営者、反捕鯨活動家など様々な顔を持ち、テレビタレントとしても活躍していました。
2006年9月4日オーストラリアのグレートバリアリーフで危険生物を紹介するドキュメンタリーを撮影していたアーウィン氏は、アカエイ類の毒針が胸のあたりに刺さってしまい帰らぬ人になりました。
より最近の事例では、2016年10月5日にシンガポールの水族館でも事故が起きています。
アンダーウォーター・ワールド・シンガポールで勤務していた当時62歳のフィリップ・チェン氏は、飼育しているアカエイ類を別の水槽に移す準備中に胸のあたりを刺され、搬送先の病院で亡くなりました。
このように、数は少ないもののアカエイ類による死亡事故は発生しています。
ただし補足をすると、アカエイの尾棘はあくまで捕食者から身を守る防御の武器であり、積極的に人間の命を奪おうと襲ってくることはありません。
また、これらの事故は日本語のインターネット記事だと「アカエイ」と断定的に書かれていますが、グレートバリアリーフにはアカエイ(Hemitrygon akajei)は生息していません。
シンガポールの事故についても、種名がはっきりわかる資料は見つかりませんでした(英語ではStingrayとだけ記載されているか、文献により種名が異なっています)。
そのため、これら有名な二つの事例については、「アカエイ科の仲間による事故」と言った方が適切だと思います。
釣り上げたアカエイの毒針を折るべきか?
このアカエイの毒針を巡って、X(旧Twitter)にて議論が起きました。
2023年9月15日、とある釣り人と思しきアカウントがXにて以下のような投稿を行い、批判が殺到しました。
エイを釣ったら安全にハリを剥がせるときに剥がしてリリースです。
(中略)
ハリを剥がせば再び生えてくる事はほぼないので今後もそのエイがハリを使い人を傷つける事は無いからです。
これを読んでいるあなたには何が問題か分かりますでしょうか?
まず、この人の前提が間違っていて、アカエイ類の尾棘は折っても再生します。
尾そのものを切られたら無理ですが棘だけなら生えてくるので、別に次に出会う人の安全には関係ありません。
これだけなら「釣り人のくせに魚に関して無知だな」で終わりなのですが、この人は「折ったら再生しない」という前提で毒針を折り、それを良いことのように発信しています。
言い換えれば、大して調べもしていないであろう薄っぺらい知識をもとに、野生動物の大切な防衛手段を二度と使えないように破壊する行為(厳密に言えば、破壊できると本人が思い込んでいる行為)を、勝手な正義感で実施している・・・。これほど胸糞悪いことも珍しいです。
当人に言わせれば、「エイを陸に放置していくよりマシ」という理屈らしいですが、エイやフグなどの魚(いわゆる外道)を陸に放置していく釣り人は人間として最下層のレベルなので、そんな人たちを比較に出す時点で色々と認識がズレています。
案の定この投稿に批判が多く寄せられたんですが、さらにそこに釣り人と思しき人が湧いてきて、
漁師だってアカエイを駆除してるし針を折ってる
生き物ヲタクは安全対策を軽視している
「エイちゃん可哀相」とかいう感情論しかない
など、的外れな反論を垂れ流す事態になりました。
僕自身が受けた反論・誹謗中傷などを見ている限りですが、この議論でアカエイの毒針を折るべきと主張している自称釣り人の多くは
- 論点のすり替えや別分野の話に逸らそうとする
- 「俺たちはお前より現場を分かっている」的な謎の自尊心が強い
- 生態系保全や動物倫理を軽視しがち
- 自分たちの単なる趣味が崇高でもっと配慮されるべきだと信じ込んでいる
などの点がブラックバス容認論者に通じるものがあり、その傲慢さと理解力の低さは不快極まりなかったです。
エイの毒針を折らずにリリースすることは可能
では、アカエイの毒針を折らずにリリースすることは現実的に可能なのでしょうか?
色々調べた結果、多くの釣り人は折ることを推奨していましたが、折らずにリリースできるという主張や、折る方がむしろ危ないという主張もありました。
毒針を折らずにリリースする方法
折らずにリリースする方法をまとめると以下のようになります。
背中側を上にすると尾を振り回されて危険なので、まずはお腹が上になるようにします。
固い板、厚いビニール、足などを使ってエイの尾部を封じて、毒針に刺されないようにします。薄くて軽い物をただ置くだけだと尾棘で簡単に切り裂かれるので注意です。
動きを封じた状態で口から釣り針を外します。意外に噛む力が強いので、素手ではなくペンチなどを使う方が安全です。
何か長い棒を使って落とすという方法もありますが、予めブルーシートなどをエイの下に敷いておき、それを引きずって落とす方法もあります。炎天下でコンクリに魚を直接置くのは魚への負担が大きいですから、魚へのダメージを少なくする意味でもシートを敷くのは有効でしょう。
毒針を折る方がむしろ危ない?
一部の釣り系メディアや僕がお世話になっている釣り人によれば、むしろ針を外そうとする方がかえって危険という見解でした。
無理に毒針を折ろうとすると刺されるリスクがあるので、リリースするなら針を残した状態で糸を切ってしまう方が安全とのことです。
この方法も釣り針をエイに残してしまうので好ましくありませんが、折ることを推奨している人たちの方法を調べていると「そこまでエイを固定できるなら毒針を折らずにリリースできるはずだし安全では?」と感じることは多々ありました。
以上のように、釣り人やメディアによっても意見が分かれているものの、アカエイの毒針を折らずにリリースすることは不可能ではないようです。
また、折ることを推奨している人の中には、
アカエイの毒針はちゃんと再生するから、彼らへの負担は少ないだろう
という、正しい知識をベースにしてアカエイのことを考えた上で毒針を折っている人もいました。
なので、毒針を折る釣り人=悪い人というわけではありません。その点は注意したいですね。
生き物に配慮するマインドを大事に
ここで重要なのはエイの毒針を折る行為そのものより、その行為に対するマインドだと思います。
確かにアカエイの毒針は非常に危険でなので、安全対策として折らなければならない状況も起こりえるでしょう。
しかし、そこで「安全対策なんだから針を折るのは当然で何の問題もない」とか「外道相手に毒針を折らないようになんて面倒くさいことなんてやってられるか」と思うのは傲慢すぎます。
こちらは自然で”遊ばせてもらっている身”ですし、自然は釣り人だけのものではありません。安全対策も大事ですが、環境やそこに暮らす生き物に負担がかからないように多少の手間やリスクをとってでも配慮すべきです。
安全対策か動物への配慮かという二者択一でどうするかではなく、毒針を折る行為が動物の防御手段を人間都合で奪う本来避けるべきと思っているのか?動物に負担をかける方法でしか安全を確保できないことを問題だと思えているか?という点が重要ではないでしょうか。
先の釣り人がXで物議を醸した際に、
批判するばかりで代替案がない
などと言ってきた自称釣り人がいたのですが、「釣り人であるお前ら自身が代替案を考えようともしないことが問題だ」と僕は思います。
釣り上げた魚をリリースする時に魚への負担をかけないようにするのは当然の配慮です。
そのうえで、アカエイの毒針を折ることでしか安全を確保できないのは自分の落ち度だと自覚していたり、毒針を折らずにリリースする方法を模索しているなら、勝手な正義感で折っている釣り人とは雲泥の差があると言えます。
外道にも敬意を払うべき理由
釣り人の中には自分たちに都合のいい魚(いい引きをしてくれる、美味しいなど)だけを重要視して、他の魚は「外道」などと呼んで嫌う文化があります(全員がそうだとは言いません)。
個人的な好き嫌いは別に否定しませんが、外道と呼ばれる魚にも敬意を払うべきです。
なぜなら、外道ではない魚たちは、釣り人を喜ばせるために高い運動能力や脂ののった体を手に入れたわけではなく、外道と呼ばれる魚も含めた様々な生き物との相互作用でそうなったからです。
釣り人を楽しませる魚たちも、サメやエイのような高次捕食者に狙われたり、他の大型魚に獲物を奪われたり、獲物に毒や棘で防御されてしまうなど、他のあらゆる生命と同様に様々な困難にさらされてきたはずです。
そうした厳しい自然界の中で、彼らは遠くからでもエサを見つける感覚器官や速く長く泳ぐための筋肉を身に着け、それを僕たちは釣りというアクティビティを通して楽しんでいるわけです。
釣り人に都合のいい魚は、釣り人にとって都合の悪い(あるいはどうでもいいと感じる)生物なしには存在しえなかったし、これからも存在できません。
そうした生物多様性の豊かさや進化の歴史のことを考えれば、もう少し「外道」と呼ばれる生物にも敬意を払い、その扱いに手間暇をかけるべきではないでしょうか。
それが出来ない人間に釣りという行為をする資格があるのか?よく考えた方が良いと思います。
参考文献
- 海釣りスタートガイド『アカエイ』2015年(2023年11月14日閲覧)
- 環境省『せうちネット:アカエイ』(2023年11月14日閲覧)
- クリスティー・ウィルコックス『毒々生物の奇妙な進化』2020年(2023年11月14日閲覧)
- 柏崎隆之『アカエイの釣り方!仕掛けや餌、タックルを解説!時期や対処法も!』2023年(2023年11月14日閲覧)
- 楢﨑人生『嫌われがちなアカエイを『狙って』釣る方法 釣り味&食味は本命級?』2020年(2023年11月14日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック『水族館員がエイに刺されて死亡、シンガポール』2016年(2023年11月14日閲覧)
- 山根央之『【アカエイ釣り】ファンが急増中(?)らしいので都内から日帰り釣行してみた』(2023年11月14日閲覧)
コメント