邦題 | セーヌ川の水面の下に |
原題 | Sous la Seine / Under Paris |
公開年 | 2024年 |
監督 | サヴィエ・ジャン |
出演 | ベレニス・ベジョ / ナシム・リエス / レア・レヴィアン |
制作国 | フランス |
ランク | A級(普通に映画として楽しめる。自信をもって勧められる。) |
ストーリー | ★★★★★ |
演出や絵作り | ★★★★★ |
サメの造形 | ★★★★★ |
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あらすじ
サメのタグ付け調査を行っていた海洋生物学者のソフィアは、急激に巨大化した調査対象のアオザメ”リリス”により、夫を含めたチームメンバーを殺されてしまう。
3年後、フィールドから離れパリの水族館で働いていたソフィアは、環境保護団体Saviors Of Seasの一員ミキから「リリスがセーヌ川を遡上している」と知らされる。
ソフィアは水上警察のアディル達と共に調査を開始するが、ミキ達はサメを救って海に帰すため独自に動き出す。
さらに、セーヌ川では大規模なトライアスロン大会が開かれようとしていて・・・。
これ以降の記載は映画の重要部分についてのネタバレを含みます。鑑賞前にネタバレを知ってしまったことに対する責任は一切負いかねますので、予めご了承ください。
見どころ・ツッコミどころ
パリ市街を舞台にした超本格サメ映画
『シャーク・ド・フランス』でサメ映画デビューを果たしたフランス発のサメ映画です。
賛否がよく分かれるNetflixオリジナル作品ですが、個人的には大当たりでした。劇場公開作品に十分匹敵する良作サメ映画だと保証します。
表面的な設定は『ジョーズ』から続く古典的なパターンで、主人公がサメについて警告するが「川にサメが出るわけないし、トライアスロン大会が控えているのよ!」と聞き入れられず、自分たちが命がけでサメに対処する羽目になるという流れで進行します。
しかし、単なる『ジョーズ』の真似事とは一味も二味も違う捻りの効いた映画です。
まず本作は冒頭で「3ヵ月前は2mほどしかなかったサメが7mになっている」という異常事態が描かれます。
B級・Z級のサメ映画に長年毒されていると「巨大ザメが川で暴れるという一発ネタのためにそれっぽい要素入れただけでしょ」と穿った見方をしそうですが、実はその「異常なサメである」という設定が後半の怒涛の展開に繋がっていきます。
そもそも、ゴミだらけの海の中から圧倒的な迫力で登場するリリスの優雅な動きとその後の捕食シーンを見れば、表面上の設定に近いものを感じる『シャーク・イン・ベニス』や『トリプルヘッド・ジョーズ』などと一線を画す作品だというのは伝わるはずです。
さらにトライアスロン大会の前段階で、漁船の妨害なども辞さない過激な環境保護団体が独断行動を始め、そこで驚愕の事実が明らかになるかと思えば惨劇が・・・という展開も用意されています。
一見オーソドックスなサメ映画の流れに従いつつも、海洋学者、水上警察、保護団体、パリ市長、異常なサメという詰め込み過ぎに思えたキャラクター要素が綺麗に噛み合ってどんどん盛り上がっていき、冒頭の伏線が回収されていく流れは見事でした。
ストーリーの流れについても「最初にサメの力を見せつけるような捕食シーン」→「その後は背鰭や影しか見えない『ジョーズ』的な演出」→「大勢を相手にサメが殺戮を繰り広げる大パニック」という風に緩急がついており、観る者を最後まで引き付ける上手な構成になっています。
また、ヨーロッパらしい町並みの中を自転車で駆け抜けながら発信機の反応を追ったり、水没した地下納骨堂の中でサメと対峙するなど、サメ映画としては斬新な絵が多いのも魅力の一つと言えるでしょう。
生物学的にツッコミたい要素は豊富なものの、圧倒的な映像クオリティと洗練されたストーリー、そして鳥肌もののエンディングが総合的な評価を爆上げしており、胸を張っておススメできる数少ない超良作サメ映画です。
最後でまさかパリがサメに・・?
ここからは本作最重要のネタバレを含むので、ご視聴後に読むことを強く強くお勧めします。
この映画で最も注目すべきは、「そこまでぶっ飛んだことになるの!?」というラストの大惨事と、サメ映画史上恐らく初である衝撃のエンディングです。記録を残す意味も込めて、ここからはどんな描写だったのか記述していきます。
サメ映画史上最もクソかもしれない市長の強固な意志によってトライアスロン大会が開催される中、水面下でサメ殲滅作戦を実行していたソフィアたち。
イワシの大群の如く泳ぎ回る子ザメ達の巣窟へ侵入し、犠牲を出しながらも任務を完了します。
しかし、完全に新種のモンスターと化したリリスは瓦礫を吹き飛ばして復活し、トライアスロン大会を阿鼻叫喚の地獄絵図に変えていきます。
警備のために配置された軍隊がサメを駆除しようと一斉射撃を開始しますが、無数の銃弾と逃げ回るリリスが起こす水流により川に沈んだ不発弾が爆発。爆発が爆発を呼ぶ連鎖反応によってパリの街は破壊され、押し寄せる水によって全てが飲み込まれます。
そして奇跡的に生き延びたソフィアの目に映ったのは、文明崩壊後の世界のように水に沈んだパリの街と、その中を泳ぎ回る無数のサメたちだった・・・という結末を迎えエンディングになります。
そのエンディング映像もただのスタッフロールではなく、まるでリリスの子孫たちがヨーロッパ、さらには世界を蹂躙していく様子を表すように世界地図に線が広がっていきます。
映画全体の歴史で見れば、上記のようなバッドエンドの前例はありますが、サメ映画において「実はまだ生き残っているかも」というお約束展開ではなく、正真正銘サメが勝利する展開が今まであったでしょうか。あったとして、ここまでクオリティの高いものだったでしょうか。
アディルたち警察メンバー登場のきっかけでしかないと思われた冒頭の不発弾が伏線回収される流れ自体が秀逸ですが、さらにそれを使って斜め上をいく予想外のエンディングにつなげ、街全体をセーヌ川に沈めることでタイトル『Sous la Seine(セーヌ川の水面の下に)』の意味を回収していくという流れはあまりにも美しいです。
また、以前に製作された仏製サメ映画『シャーク・ド・フランス』はどこか環境活動を皮肉るような描写が多かったのに対し、本作は「人間の影響で変異したかもしれない怪物が、人間の失敗で破壊された町を支配する」という幕引きを迎えることで、「人間による愚行の報いは、環境を憂う者にも軽視する者にも降りかかる」という暗示にも思え、メッセージ性の面でも個人的に好印象でした。
間違いなくサメ映画の歴史の中で語り継がれるべき名作と言えるでしょう。
著作権問題で消される?ナマズVSサメの権利問題
作品そのものの内容から逸れますが、この素晴らしい作品について「公開から数日で消されるかもしれない」という不穏な噂が流れました。
日本サメ映画学会の会長サメ映画ルーキー氏がシェアしてくださったニュース記事によれば、本作の「セーヌ川で怪魚が暴れ回る」という設定がフランスの著作権保護機関SACDに登録されていたことで、権利問題で裁判沙汰になっているようです。
原告は2011年の時点で『ジョーズ』からインスピレーションを得た「巨大な肉食ナマズがセーヌ川を恐怖に陥れる」という設定の作品『Silure』の製作に取り組んでおり、今回の映画が原告のアイディアを元にしていると主張。
これに対し本作の製作陣は「そんな作品は知らないし、『セーヌ川の水面の下に』はオリジナルである」と真っ向から反論しています。
フランス国内の著作権の取り扱いに無知なのでどちらが正しいのか現時点(2024年6月6日)では判断を保留しますが、「巨大な肉食ナマズがセーヌ川を恐怖に陥れる」という設定で本作『セーヌ川の水面の下に』のクオリティを超えられるのか?僕は大いに疑問です。
その他見どころや豆知識
- 冒頭で「生き残ることができるのは(中略)変化できる者である」というダーウィンの言葉が引用されていますが、これはダーウィンの言葉ではありません。自民党や意識高い系の経営者がやりがちな誤りです。詳細は後述します。
- 警察に連行されるミカを置いて助手の女性が逃げるシーン、ランドセルのようなものを背負っていますが、欧州では大人用のバッグとしてランドセルを使う人もいるので、日本女児のコスプレをしているわけではないと思います。
- 黄色い浮きを大量に引っ張りながらサメが泳ぎ去っていくジョーズパロディ。
サメに関する解説
サメの造形
本作に登場したのは『ディープ・ブルー』や『MAKO 海底の死神』でお馴染みのアオザメでした。
VFXのクオリティは一級品で、かなりリアルで迫力のあるサメだったと思います。
流線形の美しい体、長く先が尖った吻、大きな目、三日月形の尾鰭など、アオザメだと分かる特徴が十分に抑えられていました。
口からのぞく細長く尖った歯もアオザメらしかったです。
また、ミキが水中で抱き寄せたり研究室で解剖されていたアオザメもよく作られていました。
細かい点を指摘すると、本作のアオザメは第一背鰭はどれも先の尖った形状でしたが、実際のアオザメの第一背鰭はやや丸みを帯びています。
また、これは故意にそう描いた可能性もありますが、本作のリリスはアオザメ特有の真っ黒な目ではなく、どこか視線や表情が伝わってくるような独特の目つきをしていたと思います。
サメの行動
何をどう指摘しても「新種のサメだから」で正当化されそうですが、それでもやはりツッコミを入れるべき点がいくつかあります。
アオザメの淡水適応について
本作でアオザメが淡水に現れる理由については「気候変動や汚染の影響で変化したのかもしれない」という仮説が提示されていました。
汚染物質の影響で遺伝子が変化し淡水への適応能力を得たとしても、そもそもアオザメは外洋性のサメなので、淡水環境に遡上する機会自体がないように思えます(同じく外洋性のヨシキリザメが港近くに現れたり川を上った事例はありますが、アオザメでは聞いたことがありません)。
仮に遡上できたとしても、水深が浅く泳ぎ回れるスペースも限られた河川でアオザメが正常に呼吸できるのか疑問です。
また、仔ザメを解剖するシーンでソフィアは鼻孔近くを指差し「水の塩分に適応するためのセンサーがある」と言いますが、そんなものは聞いたことがありません。
ニホンウナギのような硬骨魚もオオメジロザメのような軟骨魚も、淡水と海水を行き来するための浸透圧調整はエラ・腎臓・腸など体内で起こります。
実際に僕が川でオオメジロザメの幼魚を観察した際、広塩性の魚にしかないような外見的特徴(そんなものがあればですが)は確認できませんでした。
アオザメの出産数と子育てについて
リリスは大量の子供を産み、その群れはまるでイワシのごとく地下墓地の中を泳ぎ回っていました。
しかし、アオザメが一度に出産する数は4~25尾ほどとされているので、明らかに産み過ぎです。
「突然変異だから」で多産を正当化するにしても、あそこまで膨大な数の赤ちゃんを育てるための栄養はどこで確保したのでしょうか。
アオザメは排卵された卵を子宮内の胎仔が食べることで大きく成長する種であり、かなりの栄養を必要とするはずです。事故を起こしたドライバーやホームレスの男性だけでは到底足りないでしょう。
また世間的にはあまり知られていないものの、アオザメもシロワニと同様に子宮内で共喰いした事例があるので、あそこまで大量の赤ちゃんがいるなら子宮内で共喰いして数を減らしそうです。
ついでに言えば、サメは子育ても巣作りもしません。
単為生殖するにしても成熟している必要がある
仔ザメの腹から未発達の胎仔が大量に出てくるシーンについて、確かにサメは単為生殖をすることがあります。
ほとんどの確認事例は水族館内ですが、野生のノコギリエイでも見つかったことがあり、自然界でアオザメが単為生殖する可能性も十分にあると思います。
ただし、単為生殖は排卵されてきた卵が減数分裂する過程でできる極体というものが精子の代わりのようにはたらいて起こる現象なので、そもそもある程度発達した卵が排卵されてこないであろう未成熟個体が単為生殖するとは考えづらいです。
ちなみに、作中ではソフィアが仔ザメの腹を切り開いてすぐに胎仔が飛び出してきましたが、サメの子供は子宮の中に入っているため、体の側面に浅くメスを入れただけでいきなり胎仔が出てくることはありません。
変化するものが生き残るのか?ダーウィンの引用について
サメの解説から少し話が逸れますが、重要なことなので言及しておきます。
本作の冒頭で「生き残るのは強いものでも賢いものでもなく、変化できるものである」という言葉が、チャールズ・ダーウィンのものとして引用されています。
本作に登場するアオザメ”リリス”の驚異的な変化の伏線として提示されたのだと思いますが、実はこの言葉はダーウィンの言葉ではありません。ダーウィンはこんなことを言っていないのです。
この言葉は米国の経営学者レオン・C・メギンソンがダーウィンの『種の起源』を独自に解釈して書き記した言葉です(記載の経緯については諸説ありますが、メギンソンの言葉であることは間違いありません)。
過去に炎上した自民党の4コマ漫画が良い例ですが、何かしらの変化を促したい人にとって都合のいい言葉なので、誤用であるにもかかわらずダーウィンの言葉として広まってしまったのでしょう。
1億歩譲ってこれがダーウィンの言葉だったとしても、進化を表す表現としては不適切です。
「生き残るのは(中略)変化できるものである」という言葉には、
- 生物が意図や目的をもって自ら変化していく。
- 変化することは生存にとって常にプラスである。
という意味が込められているように感じます。
しかし、これらはダーウィンの進化論とも、そこから発展した現代の進化生物学とも相容れない考えです。
端的に言えば、生物の進化に単なる結果に過ぎず、変化は有利にはたらくことも不利にはたらくこともあります。
例えばキリンの首が長いのは、「木の上の方の葉を食べたい」という目的のためにキリンが頑張ったからではありません。
キリンのご先祖である動物種の中で首が長い個体が”偶然”生まれ、その個体がいる環境が”偶然”「木の上の方の葉を食べられた方が有利」という状況だったから、首の長い個体が多く子孫を残し、今のキリンになっていったのです。
そして、環境が変わった場合(背の高い草木が滅ぶetc)、当初は有利だった「首が長い」という変化も不利にはたらきます。その結果、キリンという種が滅ぶかもしれませんし、キリンの中から首の短い新種が誕生して繁栄するかもしれません。
このように、進化に決まった方向性はありませんし、変わる方が常に有利ということもないのです。
そもそも「生き残るのは(中略)変化できるものである」が真理であれば、「生きた化石」などと呼ばれる生物はもちろん、単細胞生物など現代に存在しているはずがありません。彼らは長い間「変化」していないのですから(もちろん体の細部や遺伝子は変化していたりするけど)。
したがって、例の名言を言い換えるなら、「生き残るのは(中略)変化できるものである」ではなく、「生き残るのは、ある程度生存して自己複製できるくらい運が良かったもの」となります。
今回紹介した進化論の誤った解釈は、本作を製作したフランスを過去に苦しめたナチス・ドイツの優生思想のように最低最悪な結果をもたらすこともあります。
この間違いだけで本作の魅力が地に落ちることはないと思いますが、十分に気を付けたいものです。
その他サメの解説
- 川にサメがいると報告を受けた警察署長が「テムス川にもサメが出たことがある」とサラッと言うシーンについて、これは事実です。2021年11月にロンドンのテムス川で行われた調査にて、イコクエイラクブカやホシザメ、ツノザメ類などが発見されています。
- 地下墓地で惨劇が起きた後、銃弾で撃たれて死亡していた仔ザメを回収するシーンについて、サメには鰾がないため死んだら沈むはずです。
- セーヌ川の水深はそこまで深い設定ではないと思いますが、リリスはどうやってあんな高いジャンプをしたのでしょうか。
参考文献
- CNN『英ロンドンのテムズ川に毒ザメがいた、生態系の回復に期待 学会調査』2021年(2024年6月7日閲覧)
- David A. Ebert, Marc Dando, and Sarah Fowler 『Sharks of the World a Complete Guide』2021年
- Deadline(Melanie Goodfellow)『Netflix’s Seine-Set Shark Thriller ‘Under Paris’ Faces Take Down Threat Amid Original Story Lawsuit』2024年(2024年6月7日閲覧)
- Shoou-Jeng Joung, Hua-Hsun Hsu『Reproduction and Embryonic Development of the Shortfin Mako, Isurus oxyrinchus Rafinesque, 1810, in the Northwestern Pacific』2005年
- 幻冬舎Plus『ダーウィン進化論。生き残るのは「変化できる者」ではなく「運が良かった者」』2020年(2024年6月7日閲覧)
- 東京新聞『自民Twitter炎上で注目 「ダーウィンの進化論」とは』2020年(2024年6月7日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック 『オスがいても“単為生殖”する野生ヘビ』2012年(2024年6月7日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック 『絶滅危惧ノコギリエイの単為生殖を初確認』2015年(2024年6月7日閲覧)
- 溝口元, 松永俊男, 矢島道子, 斎藤成也『「進化論誤用・悪用・濫用」問題]』2021年
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