先月、愛知県蒲郡市の竹島水族館にて、世間的な知名度は低いものの、「超貴重!ウルトラレア!」と言っても過言ではないサメの展示を見てきました。
なんと、カグラザメの幼魚が2尾も、生きた状態で展示されたんです!
「何そのサメ?」という人もいるかもしれませんが、実はレアな深海ザメとして有名なラブカやミツクリザメよりも遥かに貴重な展示かもしれません。
今回は、実際に現地で撮影した写真をお披露目しながら、深海の巨大ザメ、カグラザメの特徴や生態を分かりやすく解説していきます。
後半では、生きた実物を観察したからこそ気付いたこともあったので、ぜひ最後まで読んでいただき、可能ならご意見お聞かせいただけると嬉しいです。
本記事内の写真は10月16日に撮影しました。現在は生物の状態や展示状況が変わっている可能性があります。予めご了承ください。
解説動画:【巨大深海ザメ】ラブカより希少?生きたカグラザメの幼魚をお見せしながら生態や魅力を解説!【竹島水族館】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年10月31日です。
カグラザメの分類や特徴
カグラザメはカグラザメ目カグラザメ科カグラザメ属に分類される大型のサメです。
全長は3m~4m、最大で5m以上になるとされています。
すぐ分かる外見の特徴を挙げると以下の通りです。
- 丸みを帯びた大きな頭
- 6対あるエラ孔
- 一つしかなく体の後ろ側についた背ビレ
特に、エラ孔(正確には鰓列)が6つ以上ある、背ビレが一基しかないというのは、カグラザメ目全体に共通する重要な特徴です。
一応エラと背ビレについて補足しておくと、多くのサメは背ビレが二つ、エラ孔は5対です。また、カグラザメ目以外でもエラ孔が6対あったり背ビレが1基だけのサメはいます。
丸みを帯びた頭と6つのエラ孔を持つということから、英語ではBluntnose sixgillsharkと呼ばれます。
カグラザメという名前を初めて聞いた方もいるかもしれませんが、かの有名な深海ザメであるラブカも、カグラザメと同じカグラザメ目というグループに分類されています。
そのため、ラブカもカグラザメ同様にエラ孔の列が6つあり、背ビレが一基しかありません。
可愛い微笑みの深海ザメ
世間的にはラブカの方が知名度が高いと思いますが、世の人々にはカグラザメの顔の可愛さにもっと気付いて欲しいです。
カグラザメの口はどこかニヤっとしたような、独特の口角の上がり方をしており、この顔が最高に可愛い!
しかも今回竹島水族館に展示されていたのがほぼ赤ちゃんみたいなサイズだったので、その可愛さは一級品でした。
鋭く面白い形状の歯
こんな可愛い顔をしているカグラザメですが、なかなかに厳つい歯を持っています。
カグラザメの歯は非常に面白い形で、上顎歯はサメの背ビレを思わせる独特の鎌型で、下顎歯は横に長いノコギリ状になっています。
この噛まれたら絶対に痛そうな歯をニヤケ顔の中に隠しているというのがギャップ萌えですね。
サメマニアポイント:シロカグラとの見分け方
カグラザメの近縁種で見た目も似ているシロカグラというサメがいます。
カグラザメは下顎歯のうち大きな歯が左右6つずつ並んでいますが、シロカグラの場合は7つずつになります。
また、カグラザメよりも小型、吻先が尖っている、エラ孔が7対あるという特徴を持つエドアブラザメというサメがいます。
ラブカやミツクリザメより激レア?
そんなカグラザメはラブカと同じく深海性のサメです。
海域によって多少異なると思われますが、だいたい水深200~1000mほどの大陸棚や大陸斜面などに生息しています。
ただし、常に深みで暮らしているわけではなく、夜になるとエサを求めてもっと水深の浅い場所に上がってくることがあります。
分布域自体は非常に広く日本にも生息しているのですが、深海性のサメということもあり長期飼育はかなり難しく、生きた状態で搬入されたこと自体が非常に少ないです。
国内でカグラザメが展示された事例は、今回の竹島水族館を除くと以下の3例しかありません。
- 2013年1月10日~1月19日:沼津港深海水族館
- 2015年1月11日~1月12日:浅虫水族館
- 2015年1月13日~2月9日:アクアワールド茨城県大洗水族館
※展示されず飼育だけされた事例は他にもあったかもしれません。
飼育期間が短くなってしまうという点ではラブカやミツクリザメも同じなのですが、あの子たちは毎年か、長くても2年に1回くらいのスパンでどこかの水族館に入るので、待っていれば会うチャンスはあると思います。
しかし、カグラザメは本当にいつ見られるか分かりません。展示回数だけで考えれば以前に解説したバショウカジキよりも珍しいですね。
カグラザメは何を食べている?
カグラザメは、魚から海生哺乳類まで幅広い動物を捕食しているハンターです。
アフリカ南部で漁獲されたカグラザメ137尾の胃の内容物を調べた研究によれば、イカ類や小型の硬骨魚が多く見つかる中、サメやエイの仲間、カジキ類、オットセイやクジラなども見つかりました。
成長するごとにより大きく活発な獲物を襲うようになり、2m以上を超える個体だとオットセイやイルカなどの割合が増えるようです。
また、ホホジロザメ、イタチザメ、オオメジロザメ、アオザメなどのサメを食べたという記録もあります(恐らく小さい個体だと思いますが・・)。
日本でも、カグラザメに噛み千切られたと思しきオンデンザメが駿河湾で見つかっています。
よく一般向けの図鑑などでは「カグラザメは比較的ゆっくりと泳ぐ」、「深海に生息するサメでクジラの死体を食べることもある」という風に紹介されますが、胃の中から発見される獲物の種類からして、かなり広範囲を泳ぎ回り、表層性の生物や動きの速い動物も食べているようです。
カグラザメは危険なのか?
ここまで聞いて、カグラザメに怖い印象をもったかたもいるかもしれませんが、人間がカグラザメに襲われたという事例はほとんどありません。
International Shark Attack Fileの中で1件だけ、provoked attack、つまり人間が刺激や攻撃をして襲われた事例はありますが、その程度で「人喰いザメだ!」とするのは不適切でしょう。
基本的には人間と出会う機会がほとんどないサメなので、カグラザメに襲われる確率は3億円ジャンボの一等当選より低いと思います。
ただし、カグラザメに近い仲間であるエビスザメというサメは、カグラザメ目の中では珍しく浅い水深によく現れます。
南アフリカでのダイビングなどで遭遇する可能性があり、オーストアリアでは少女が噛まれる事故が発生しています。
普通に生きていればカグラザメやエビスザメと泳ぐ機会はないので過度に怖がる必要はありませんが、万が一野生下で遭遇した時は、もしかしたら脅威になるかもしれません・・・。
カグラザメの繁殖と幼魚の特徴
カグラザメは胎生のサメです。つまり、卵を産み落とすのではなく、小さなカグラザメを出産します。
カグラザメの妊娠個体が見つかった事例は非常に少ないのですが、少なくとも22尾、最も多い事例で108尾の胎仔が確認されています。これはサメの中でもかなり多い方です。
出生サイズも諸説ありますが、だいたい60~75㎝前後で産まれてきます。
今回展示された個体もだいたいそれくらいの大きさで、しかも3尾一緒に搬入されたそうなので、もしかしたら出産された直後の兄弟姉妹だったのかもしれません。
そんなカグラザメの幼魚たちを観察していて、いくつか気になった点があったので、簡単に紹介していこうと思います。
幼魚の色と模様について
サメ図鑑や博物館の公式HPでは、カグラザメは「灰色、茶色、黒っぽい、またはオリーブ色。側線に沿うように明るい色の線が入る、体の側面に黒い斑点を持つこともある」とよく紹介されています。
しかし、今回展示された個体を見てみると、体が白っぽく、だいぶ淡い色合いです。
照明の影響もあるので言い切ることはできませんが、少なくとも黒や茶色には見えません。
さらに、展示されたカグラザメのヒレに注目してみると、尾鰭の上葉と下葉それぞれの端が黒くなっています。
成魚にはこの模様はなかったので、もしかすると幼魚にだけ見られる特徴なのかもしれません。
幼魚の遊泳と呼吸
今回展示されていたカグラザメは泳いでいることもあったのですが、かなり長い時間全く泳がずに水槽の底の方で過ごしていました。
確かにサメの中には泳ぎ続けなくても呼吸ができる種類が多いのですが、これまで分かっている記録から言えば、カグラザメは泳ぎ続けるサメとされています(というより、底の方でじっとしている姿が記録されたことがないはずです)。
狭い水槽という特殊な環境に入れられて弱ってしまったから泳げないのかと思ったのですが、しばらくすると普通に泳ぎ始めました。
本当に泳げずに呼吸できないならすぐに死んでしまったと思いますが、この記事を書いている時点で2週間ほど生存しています。
さらに言えば、泳ぎ続けなくていいサメは口をパクパクさせることでエラに海水を送り込むのですが、カグラザメを見ていると、ネムリブカなどと比べて口の動きが少ないように思えました。
これに関連して思い出したのが、沖縄美ら海水族館で観察されたイタチザメの事例です。
イタチザメは泳ぎ続けることで呼吸(ラム換水)するサメとされています。
しかし、沖縄美ら海水族館の冨田武照さんによれば、水槽内で産まれた仔ザメたちはプールの底の方で休むようにじっとし、ネムリブカやドチザメのように口をパクパクして呼吸していたそうです。
- カグラザメが底の方で休む行動は幼魚特有なのか?
- 成魚も同じように泳ぎを止めることがあるのか?
- それとも水槽という環境で観られた特殊な行動なのか?
まだ答えは出ていませんが、図鑑やネットですぐ解決しない疑問を持ち帰ることができたので、今後進展があればまた動画やサイトで紹介していこうと思います。
参考文献&関連書籍
- D. A. Ebert『Diet of the sixgill shark Hexanchus griseus off southern Africa』1994年
- Jose I. Castro 『The Sharks of North America』 2011年
- 沼口麻子『ほぼ命がけサメ図鑑』2018年
- 佐藤圭一, 冨田武照, 松本瑠偉『沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか?』2022年
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