2022年11月25日、中米のパナマで開かれたワシントン条約の第19回締結国会議(CoP19)にて、メジロザメ科とシュモクザメ科のサメ全てを規制対象にするという決定がなされました。
こちらの効果が実際に生じるのは1年後ですが、今回の決定により、サメの保護活動が大きく前進したという声がある一方、フカヒレの取引に大きく影響を与える可能性があるとして、懸念を示す人もいるという現状です。
- では、ワシントン条約とはそもそも何か?
- 今回の決定における重要ポイントは何か?
- 今回の規制は妥当なものだったのか?
これを機に、以上の3点が分かるように解説させていただきます。
解説動画:ヨシキリザメも規制?ワシントン条約によるサメ類の規制について解説!【CITES】【CoP19】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2023年1月18日です。
ワシントン条約とは何か?
「ワシントン条約」を初めて聞いたという人のために、ざっくりと内容をおさらいしておきます。
ワシントン条約の正式名称は「Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora」、日本語にすると「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」と言います。
実際には、頭文字をとって「CITES(サイテス・サイティーズ)」と呼ぶことが多いです(もう一つの通称「ワシントン条約」は1973年にワシントンで採択されたことに由来)。
ちなみに日本は日本は1980年批准し、現在では184カ国(つまり大多数の国)が締結しています。
目的はその正式名称にある通り、国際取引における過度な利用によって、野生の動植物が絶滅しないように取引を規制する条約です。
規制が必要と考えられる生物を三つの附属書(appendix)に分けてリストアップしており、附属書によって規制内容が異なっています。
このうち、附属書ⅠとⅡの内容が、2~3年ごとに開かれる締結国会議で見直され、審議の結果、改正されることもあります。
今回のメジロザメ科など附属書Ⅱへの掲載がまさにそれに当たりますが、投票に参加した締結国3分の2の賛成票によって、新たな附属書への掲載、掲載する附属書の変更、または削除が決定されます。
ワシントン条約の豆知識3選
今回のサメ規制にも関係する点なので、ワシントン条約の豆知識を紹介します。
取引を禁止する条約ではない
ワシントン条約はあくまで保全のために規制する条約なので、取引を全て禁止するものではありません。
附属書Ⅱであれば然るべき手続きを踏んで商業取引することは可能ですし、附属書Ⅰ掲載種でも、商業目的以外(学術研究など)で取引国双方の許可証があれば輸出入できます。
また、国際取引を規制する条約なので、日本国内での取引も規制の対象外です(ただし、附属書Ⅰに掲載された種は、種の保存法という日本国内の法律で規制されます)。
標本や生物の一部も規制対象になる
野生生物の過度な利用を規制するという特性上、ワシントン条約はその生物の一部や、それを原料とした商品も対象になります。
サメで言えばフカヒレ、肉、歯、アゴ、サメ革を使った財布、サメ肝油を使ったサプリメントなどです。
附属書に掲載されている種を使った製品であれば、これらを許可なく輸出入することはできません。
絶滅危惧種のリストではない
ワシントン条約は「国際取引での過度な利用を防ぐ」が目的なので、そうした取引の悪影響を受けないであろう生物は、絶滅危惧種だとしても掲載されません。
例えば、日本に棲むタガメやゲンゴロウなどは絶滅が心配されている生物ですが、国際取引での利用が原因ではない(そして恐らく今後もその可能性が低い)ため、ワシントン条約の附属書には掲載されていません。
逆に、「その種自体は絶滅の恐れはないが、掲載したい絶滅危惧種に見た目が似ていて、密輸に利用される恐れがあるので一緒に掲載する」というパターンもあります。
2019年に「マンモスをワシントン条約の附属書に掲載しよう」という声がイスラエルからあがったのですが、これは「マンモスの牙」と偽った象牙の闇取引を防ぐ目的で提案されました。
この提案自体は認められませんでしたが、発想としては面白いですね。
CoP19におけるサメの新規制
今回の締結国会議で新たに附属書に掲載された板鰓類(サメ・エイ)の仲間は以下の通りです。
メジロザメ科全種:附属書Ⅱに掲載
クロトガリザメとヨゴレがすでに掲載されていましたが、彼らが分類されるメジロザメ科全体が掲載され、合計54種が追加されることになりました。
シュモクザメ科全種:附属書Ⅱに掲載
こちらもアカシュモクザメ、シロシュモクザメ、ヒラシュモクザメという大型3種がすでに掲載されていましたが、シュモクザメ科全種掲載により、6種の追加となります。
サカタザメ科全種:附属書Ⅱに掲載
こちらは和名で「サメ」とついていますがエイの仲間です。
これらのエイは「サメ」と名がつくことからも分かるように外見がサメっぽく、サメのようなヒレを持っているので、フカヒレ取引の対象になります。
近い仲間のシノノメサカタザメやギターフィッシュと呼ばれる仲間たちはグループとして掲載されていたのですが、今回サカタザメ科37種も今回掲載されることになりました。
今回のCoP19における掲載種の変化をまとめると以下の通りです。
これにより、現在国際取引されている板鰓類のほとんどがCITESによって規制されることになり、環境保護団体からはサメ・エイ類の保護を強める決定として、かなり高評価を得ているようです。
ヨシキリザメも規制対象に
この決定について、日本で主に議論の的になっているのがヨシキリザメ(Prionace glauca)です。
非常に美しいコバルトブルーの体にクリクリ黒眼が可愛らしいこのサメは、メジロザメ目メジロザメ科ヨシキリザメ属に分類されるため、今回の決定で附属書Ⅱに掲載されることになります。
これの何が重要かと言えば、ヨシキリザメは日本で最も水揚げされているサメだということです。
令和2年度の国際漁業資源の現況をまとめた水産庁のデータによれば、ほとんどのサメの水揚げ量が1000トン以下であるのに対し、、ヨシキリザメは6000トン以上、半数以上を占めています。
そして、ヨシキリザメは国内で消費されることもありますが、日本はフカヒレの輸出国でもあります。
このため、これまで掲載されたシュモクザメ類やアオザメに比べると、ヨシキリザメの附属書Ⅱ掲載は国内水産業に対する負の影響が大きいのではないかと懸念されているんですね。
CoP19の決定に対する日本側の反応や対応
これについて、日本政府は今回のサメ類の掲載について「留保」を検討していると報じられています。
留保というのは、「その種については条約加盟国として扱われない」というものです。要するに、留保すれば附属書の規制に関係なく普通に取引できます。
条約違反のように聞こえてしまいますが、この留保自体はルール違反ではなく、条文にも留保の申し立てができることは明記されています。
ただし、留保したところで国際取引には相手国がおり、冒頭で触れた通りほとんどの国がCITES加盟国なので、結局は影響を受ける可能性が高いです(北朝鮮などの非加盟国であれば影響なし)。
この留保について、外務省や専門家がよく言う根拠は「データ不足」です。
サメ類をはじめとする掲載種の一部は、絶滅の危機にあるとするにはデータが不足しているため、留保しているという見解のようです。
特に、先程紹介したヨシキリザメは、クロトガリザメやヨゴレに比べると資源量が安定しているとされています。
日本の水産庁は増加傾向にあると主張し、IUCN Redlistでも「NT」という、先程の二種に比べれば絶滅リスクが低いという評価をしています。
こうしたこともあってか、日本のメディアでは今回の決定を悪いものとして描く傾向が強く、サメの水揚げが日本一である気仙沼における不安や「今後も影響を受けることなく輸出をできるようにしたい」という水産庁の意向が主にクローズアップされています。
ヨシキリザメの規制は妥当だったのか?
今回のメジロザメ科をはじめとする板鰓類の掲載について、日本のニュースばかり見ていると「外国の連中が過剰な保護意識で不当な規制をして日本の水産業を苦しめている」という風に見えてしまうかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?ここで僕なりに気になる点を挙げていきます。
絶滅危惧種でなくても掲載する事例
まず、絶滅危惧種ではないヨシキリザメが附属書Ⅱに掲載される件について。
これについては最初に触れた通り、「その種自体は絶滅の恐れはないが、掲載したい絶滅危惧種に見た目が似ている」というのが掲載理由です。
ヨシキリザメは見分けが難しいことが多いメジロザメ類の中では分かりやすい姿のサメですが、彼らが国際取引されるのはフカヒレや肉に加工された後です。
加工された後のヒレだけでサメの種を特定するのはかなり難しいため、「ヨシキリザメ」と偽って他のサメのフカヒレを密輸入されることを懸念して掲載したという側面が大きいのです。
これについて日本政府は「区別は可能である」としているようですが、個人的にはかなり疑わしいです。
乾燥して色も形も変わったヒレだけで税関職員が見分けられるのか大いに疑問ですし、もし見分けられるというなら、ヒレだけでサメを見分けるガイドラインのようなものを日本語版で提示してもいいと思いますが、僕が調べた限りは見つかりませんでした(IUCNのサメ専門家グループなど、海外の方が作った資料は存在します)。
データ不足でも厳しく管理すべき
次にデータ不足についてですが、確かにサメ類はマグロなどに比べると個体数のデータやその他生物学的な知見が不足しているというのは事実です。
しかし、限られたデータから導き出される結論としては、ワシントン条約に記載されているサメ・エイ類は減少傾向にありますし、彼らは子供を産む数が少なく、成熟まで時間がかかるため、乱獲に対しては非常に弱いです。
そのため、データが不足している、絶滅リスクが著しく高いわけではないという状況でも、取引が持続可能なものか、違法ではないかを厳しく管理するのは妥当だと思います。
日本政府のサメ類留保は恒例行事
今回の件について報じた記事の多くで「日本政府は留保を検討している」と報じられていますが、日本がサメ類の掲載を留保するのは実は毎度のことです。
サメ類を留保している国々を一覧にしてみると、日本は世界で最も多くの種を留保している加盟国であることが分かります。
今回のニュースだけ見ていると、「日本の水産上重要であり、絶滅リスクが高いわけでもないサメが規制されることに対し、水産庁が毅然とした対応をしてくれている」という風に見えてしまいますが、僕から言わせれば「お前らいつものことじゃん」という感じです。
水産庁の基準は本当に適切なのか?
ワシントン条約の締結国は許可証の発行などを行う管理当局と、その判断根拠を助言する科学当局のそれぞれを決める必要があります。
日本の場合、「水棲生物」は水産庁が科学当局を担当し、「海からの持ち込み」については、管理当局・科学当局ともに水産庁が担当しています。
そもそも管理当局と科学当局が同じ状態で適切な判断が下せるのか疑問ですが、ニホンウナギに対する取組み具合などを考慮すると、日本の水産庁が「資源の持続可能性」という課題に取り組む資格があるのかすら怪しいです。
何度も言うように、ワシントン条約は取引を禁止するものではなく、持続可能な方法やペースで利用できるように規制・管理をしようという条約です。
日本は周りを海に囲まれた島国であり、サメを含む豊富な資源に恵まれているわけですから、「ワシントン条約に影響されないように」でははなく、「どうすれば国際的に協力し合って効果的な資源管理ができるか」という方向性で社会が動いくべきだと思います。
参考文献&関連書籍
- Forbes『サメの世界的保護に関するワシントン条約の画期的採決、フカヒレ取引を規制』2022年(2023年1月19日閲覧)
- IUNC Redlist『Blue Shark』last assesed 2018(2023年1月19日閲覧)
- NHK『ワシントン条約会議 サメの国際取引規制が焦点に』2022年(2023年1月19日閲覧)
- 経済産業省『ワシントン条約について(条約全文、附属書、締約国など)』(2023年1月19日閲覧)
- 河北新報『ヨシキリザメ、ワシントン条約規制対象に 水揚げ日本一の気仙沼困惑』2022年(2023年1月19日閲覧)
- 水産庁『国際漁業資源の現状』(2023年1月19日閲覧)
- 中野秀樹, 高橋紀夫 (編集)『魚たちとワシントン条約 (マグロ・サメからナマコ・深海サンゴまで)』2016年(2023年1月19日閲覧)
- 認定NPO法人 野生生物保全論研究会(JWCS)『持続可能なビジネスのルールとして考える、サメのワシントン条約附属書Ⅱ掲載提案』2022年(2023年1月19日閲覧)
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