『ジョーズ』を発端に数多く作られたサメ映画の影響もあり、「サメ=人喰いモンスター」というイメージが未だに根強いと感じます。
では、日本近海に危険なサメはどれくらい生息していて、襲われる可能性はどれくらいあるのでしょうか?
本記事では、
- 日本おける危険ザメの種類や分布
- 過去に起こってしまったサメによる事故
- 日本でサメに襲われる可能性
などを解説し、フィクション作品やマスメディアで強調されがちなサメ被害のリスクについて考察していきます。
解説動画:日本に人喰いザメは生息する?サメ事故は何件?危険なサメの種類や分布を解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年8月14日です。
日本近海に生息するサメの種数
本題に入る前に、サメの種数や危険性についての前提を共有しておきます。
「日本に危険なサメはいるのか?」というテーマを提示された際、こんなことを思う人がいるかもしれません。
危険なサメ?え、基本サメは危険でしょ?
しかし、一口にサメと言っても多種多様な仲間がいます。
そもそもサメは何種類?
世界には現在、約550種のサメがいるとされています。世間のイメージより、サメには多様な仲間がいるんです。
では、日本近海で記録のあるサメは何種類いるのか?
北海道大学の仲谷一宏先生が2016年3月末にまとめたリストでは、約130種が日本産サメ類として認められています。
ただし、この約130種の中には「記録はあるが、本当にまだ日本にいるのか?」と疑いたくなる種もいますし、新種が記載されたり逆にシノニムにされたりして細かい数字が前後することもあります。
あくまで「だいたい130種くらい」程度の認識でいてください。
危険なサメは少ない?
これだけ多様な仲間がいるサメ類のうち、人間にとって危険な種はたった3~10種程度とされています。
サメと言えば『ジョーズ』や『ディープ・ブルー』に登場する、人間を豪快に食べる巨大モンスターのイメージが未だに根強いですが、ほとんどのサメは成人男性より小さいかやや大きいくらいです。
全長30~50cm程度しかないサメ類も多くいます。
もちろん多くのサメが鋭い歯を持っているので噛まれると大怪我はしますが、基本的に人間よりも小さな動物を食べているため、人を食べようと積極的に襲ってくることはありません。
さらに、サメ類の多くが海底の方でじっとしていることが多かったり深海を主な住処としていて、そもそも人間と出会う機会が稀です。
サメ被害を議論する際は「そもそも危険なサメは非常に少ない」という前提を忘れないでほしいと思います。
日本にも生息する危険ザメ3種
ほとんどのサメは人間に無害だったり、会いたくても会えない存在ですが、人間にとって危険なサメもごく一部存在します。
特に危険とされているのが、以下の3種です。
- ホホジロザメ(Carcharodon carcharias)
- イタチザメ(Galeocerdo cuvier)
- オオメジロザメ(Carcharhinus leucas)
実は世界で発生しているシャークアタックのほとんどは、上記3種によるものだとされています。
それぞれのサメの特徴や分布域に重きを置いて順番に見ていきましょう。
ホホジロザメ(Carcharodon carcharias)
ホホジロザメは、ネズミザメ目ネズミザメ科ホホジロザメ属に分類されるサメです。
見た目で分かりやすい特徴としては、尖った大きな吻、先の尖った三角形の大きな背鰭、下葉が発達した三日月の尾鰭などが挙げられます。
その全長は3~4m。大きいものでは6m近くまで成長する大型種です。
ホホジロザメの食性や危険性
ホホジロザメは切れ味の良い大きな歯と筋肉質な巨体を活かし、アザラシやオットセイ、他のサメ類などの大型動物を襲います。
先程サメ類のほとんどは一口で食べられるような動物を食べるといいましたが、ホホジロザメは大きな獲物に噛みついた後に頭を振り回し、ノコギリ状の歯で肉を切り裂いて食べてしまいます。
積極的に人間ばかりを狙うことはありませんが、人間と同等かそれより大きな動物を襲うため、人間に致命傷を負わせることもある危険なサメです。
ホホジロザメの日本における分布
ホホジロザメは危険なだけでなく、非常に分布域の広いサメでもあります。
太平洋・大西洋・インド洋の熱帯から寒冷水域まで分布し、日本は北から南まで丸ごと分布域に含まれています。
実際に北海道、石川県、茨城県、神奈川県、兵庫県、宮崎県、沖縄県など、多い少ないの差はあれど日本各地で漁獲事例があります。
南アフリカやオーストラリアのように特定のエサ場に集まることは恐らくしておらず、海域によっては水深の深い場所に留まっているようなので、狙って会いに行くのは難しいと思いますが、日本近海ならどこに現れても不思議ではないでしょう。
イタチザメ(Galeocerdo cuvier)
イタチザメはメジロザメ目イタチザメ科イタチザメ属に分類されるサメです。
ホホジロザメなどに比べると吻は短く丸みを帯びており、尾鰭も下葉が短いです。成長度合いで形や濃さが変わる縞模様を背中に持つという特徴もあります。
イタチザメは歯の形が独特で、逆ハートか鶏冠を思わせる形状の縁がギザギザした幅広の歯を持っています。
大きさは全長約2.2~3.5m、大きいものでは5.5mにも達します。
イタチザメの食性や危険性
イタチザメはとにかく色々なものを食べるため、「悪食」や「海のゴミ箱」など、いささか不名誉なあだ名をつけられてしまっています。
硬骨魚、甲殻類、サメ・エイ類、イルカ等の海洋生物を幅広く捕食する他、海鳥、流されてきたと思しき家畜、海洋ゴミが胃から見つかることもあります。
とくに彼らはウミガメが好物のようで、硬い甲羅を噛み砕いて食べてしまいます。
ただ単に何でも食べるから人間が彼らのメニューに載ってしまうことがあるのか、それともサーファーがサーフボードに乗った姿がウミガメに見えるのか不明ですが、イタチザメはホホジロザメに次いで多くの人を襲っているサメです。
イタチザメの日本における分布
イタチザメは主に熱帯や亜熱帯海域に生息するサメとされています。
沖縄県の八重山漁協が定期的に行うサメ駆除でよく捕獲されるので、日本だと沖縄近海にいるイメージが強いと思います。
しかし、実際にはイタチザメはもっと広い海域に分布していると思われます。
愛媛県で幼魚の捕獲事例がある他、相模湾や東京湾での記録もあり、青森県でも確認されています。
飼育しているサメの種数が日本一のアクアワールド茨城県大洗水族館では、現地の海で捕れたイタチザメを展示していたことがありました。
個人的な印象として、人を襲うほど大型の個体が沖縄以外で見つかった事例はあまりないように思えますが、昨今の海水温上昇のことも考えると、もっと北の海でイタチザメと遭遇する可能性もあるかもしれません。
オオメジロザメ(Carcharhinus leucas)
オオメジロザメはメジロザメ目メジロザメ科メジロザメ属に分類されるサメです。
いわゆる「メジロザメ」という言葉でひとまとめにされがちな、見分けの難しいグループのサメですが、
- 吻が短くて丸みを帯びている
- 目が小さい
- ガッシリとしていて体高がある
- 第一背ビレが大きい
など、メジロザメの中では分かりやすく特徴的な見た目をしています。
オオメジロザメの食性や危険性
全長は約2〜2.5m、大きくても3m前後で、ホホジロザメやイタチザメに比べると小型です。
しかし、高い攻撃性を発揮することもあるサメで、同種を含む他のサメなど、体の割に大きな獲物を襲います。
また、河口域や浅瀬、港など人間の生活圏に近い場所に現れることもあり、オーストラリアでは、埠頭近くや河口付近でオオメジロザメに噛まれる事故が発生しています。
オオメジロザメの日本における分布
オオメジロザメもイタチザメと同様に熱帯や亜熱帯域に分布するサメで、日本では沖縄県の近海および河川で確認されています。
最近になって宮崎県の川で幼魚が記録されたので、今後北上する可能性も考えられますが、イタチザメと比較すると国内の分布はかなり限定的と言えそうです(宮崎県のオオメジロザメについてはコチラも参照)。
日本で起きたサメ事故
こうしたサメ類による事故は日本で実際に起きているのでしょうか?
これらのサメによるものと思しき国内のシャークアタックを紹介していきます。
愛媛県松山沖でのサメ事故
1992年3月8日愛媛県の松山にて、潜水服を着て海に潜っていたタイラギ漁師が、水中でサメに襲われ行方不明になりました。
この時は被害者の遺体は見つからず、当初はサメが襲ったのかも曖昧でしたが、残された潜水服や当時の状況をもとにサメの同定が行われました。
- 残された潜水服の噛み跡から口の幅は約40㎝に達すると推定できる。
- 噛み跡における歯と歯の間隔が広い。
- 鋸歯(ノコギリ状の歯)の欠片が残されていた。
- 当時の水温が11.6℃と低かった。
上記の情報から、被害者を襲ったのは全長5m近いホホジロザメだった可能性が高いと結論付けられました(この事故についてはコチラも参照)。
愛知県渥美半島でのサメ事故
1995年4月9日、愛知県の渥美半島でスキューバ潜水漁をしていた漁師がサメに襲われる事故が発生しました。
この時水中で作業していた被害者は恐らくサメの存在に気付いており、周囲を泳ぎ回るサメを警戒するように浮上していました(船上にいた方が回転するように浮かぶ泡を見ています)。
しかし、サメは浮上中の被害者に噛みついて海から飛び上がり、被害者を吐き出して去っていきました。
被害者は右側の腕・肩・肋骨部分と肝臓の3分の1を失って即死しており、噛み跡は最大幅49cm、最大奥行き38㎝でした。
この時被害者を襲ったサメの種については、
- 傷跡の大きさと現場にいた方の証言から、サメの大きさは少なくとも4m以上である。
- レギュレーターに鋸歯状の歯によるものと思しき傷跡が残っていた。
- 当時の水温が15℃程度であった。
等の情報から、先ほどの事故と同じく全長5m近いホホジロザメだったと推定されています。
宮古島の平良港沖でのサメ事故
1996年7月24日に宮古島の平良港沖でもサメによる事故が起きています。
サンゴ育成調査の監視船で船長をしていた男性が「船を見るから」といって海に飛び込んだ約5分後、男性が大声で叫ぶ声が響き渡り、周囲の水が赤く染まりました。
引き上げられた男性には左胸部から下腹部にかけて、35×30cm程の楕円形の噛み跡が遺されており、胃と腸は食い千切られていました。
さらに、左手人差し指・中指は噛み千切られ、左足の親指・人差し指・中指の一部も欠損、右腕・左手首にも噛み傷があり、かなり激しく攻撃されたと思われます。
この男性を襲ったサメの種の同定は、左手首から取り出された歯の欠片を元に行われました。
取り出された歯は鋸歯状で、イタチザメやホホジロザメとは形態が異なり、傷跡における歯と歯の間隔もホホジロザメよりも狭いものでした。
後にこの欠片は沖縄記念公園水族館(沖縄美ら海水族館の前身)が保管していたオオメジロザメの歯と比較検証され、形状や歯の間隔が一致することから、この事故はオオメジロザメによるものだった可能性が高いとされています。
日本でイタチザメによる事故はないのか?
危険ザメNO.2とされるイタチザメについては、専門家による検証が行われた国内のシャークアタック事例が見つかりませんでした。
一応それらしき事例を挙げると、2000年9月に宮古島でサーファーがサメに襲われて死亡した事故がイタチザメによるものだとニュース記事で報じられています。
また、2012年3月に鹿児島県の奄美大島沖で延縄漁船が転覆した際、漁師がサメに噛まれており、この時襲ってきたのが子供のイタチザメだったという推測が雑誌記事で紹介されていました。
しかし、いずれもどのような根拠で同定されたのか、どの程度確定的な情報なのか判断できる資料がなく、断言できない状況です。
サメによる被害とされるものの中には、天草女子中学生の事例など、根拠が曖昧なまま特定のサメによる事故だと断定的に紹介されるケースもあるので、情報の取り扱いには注意が必要です(天草女子中学生サメ襲撃事故についてはコチラも参照)。
サメ事故は年間に何件起きている?
以上の通り、日本近海に危険なサメ類が生息すること、そして過去に事故が起きたことも事実です。
しかし、ここまでの情報だけでテレビ番組や雑学系のYouTubeのように「やっぱりはサメ怖い!日本の海はヤバい!」などと騒ぐのは賢くありません。
海にはサメ以外の危険も沢山ありますし、日本には他の大型動物も暮らしています。
こうしたリスクとサメ被害に遭うリスクを比較して、データをもとに冷静に考えることが重要です。
サメの事故は年間1~2件?
日本におけるサメの事故を体系的にまとめたデータは非常に限られているのですが、僕なりに情報をかき集めてまとめました。
被害者の死亡・生存を問わず、日本国内で1年間に発生するシャークアタックの平均値を調べてみます。
故矢野和成先生が調べた1990~1997年の件数を元に算出:2.25件(※1)
2016年に仲谷先生が出版した書籍の記述を元にした推定:0.56件(※2)
サメブロガーのReinoさんがニュース記事などを参考にまとめたサメ事故一覧表を元にした推定:0.8件(※3)
- 1『サメ 軟骨魚類の不思議な生態』掲載のグラフをもとに算出
- 2 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』内の記述をもとに算出
- 3『サメ事故は年間何件?日本に生息する人食いザメの種類・分布・危険性』内の一覧表の、2000~2024年に絞ってカウントして算出
もちろん、ここから漏れてしまっている事故があったり、逆に船が襲われただけで人的被害は出ていない事例が含まれてしまっていたりすると思うので粗い調べ方になります。
しかし、おおよそ日本でサメによる事故が起きる頻度は1年に1~2回程度と言えそうです。
サメ以外の事故はどの程度多いか?
では他の事故と比較してみましょう。
警察庁がまとめた水難事故のデータを見てみると、2021年7~8月に海で発生した水難事故の件数は295件でした。
あえてコロナ禍で海に行く人が少なかった時期のデータを採用しても、サメに噛まれる人より圧倒的に多いです。
同じ動物分野のデータを出すと、環境省が発表している2008~2023年までのデータをもとに計算した、年間でツキノワグマに襲われる平均人数は98人でした。
こちらもサメの事故に比べると物凄い数の人的被害が出ています。
あくまで推測ですが、人間とツキノワグマそれぞれの生活圏が地続きでつながっていることが、やはり大きな要因だと思います。
サメの事故は世間のイメージより少ない
こうして数値を出してみれば一目瞭然ですが、サメによる事故は世間で想像されているより非常に少ないです。
いわば飛行機事故と同じです。
- 起こった時のインパクトが強い。
- メディアが盛んに取り上げたがる。
- 絵として迫力があるから映像作品などで印象を刷り込まれやすい。
等の理由で事故が多いように感じてしまうのだと思います。
また、巨大なサメが漁獲されたり、サメによる漁業被害が出たなど、人的被害が出ていないニュースでもサメの危険性を印象付けるような報道がされることで、「サメ=怖い」というイメージの強化につながっている可能性があります。
さらに、『遊☆戯☆王』の作者である高橋和希先生の事故のように、実際にはサメによる事故ではないものが憶測や曖昧な情報をもとにサメの仕業かのように言われてしまうケースもあります(高橋先生の事故についてはコチラも参照)。
日本近海に危険ザメは生息していますし、過去に事故が起きたこともありますが、普通に暮らしている方が過度にサメを怖がる必要はありません。
海を楽しむ際は、むしろ水難事故や熱中症など、もっと起こる確率の高いリスクに気を付けて欲しいと思います。
参考文献
- ABC News(Angela Ho)『Bull shark blamed for fatal Swan River attack on Stella Berry, as tagging program to be widened』2023年(2024年8月15日閲覧)
- CNN『遊泳の女性、サメに襲われ負傷 右脚かまれ大量出血 シドニー港』2024年(2024年8月15日閲覧)
- Hideki Nakano, Kazuhiro Nakaya『Records of the White Shark Carcharodon carcharias from Hokkaido, Japan』1987年
- nippon.com『夏の水難事故:2021年は前年比53件減の451件(7〜8月)、山の遭難は増加』2021年(2024年8月15日閲覧)
- Reino『サメ事故は年間何件?日本に生息する人食いザメの種類・分布・危険性』2021年(2024年8月15日閲覧)
- Yukiya Ogata, Atsunobu Murase『Photographic evidence from a recreational angler of the northernmost record of the bull shark Carcharhinus leucas (Elasmobranchii: Carcharhinidae) in the western Pacific Ocean』2023年
- 沖縄タイムス+プラス『最大は491キロ! サメ92尾を駆除 獲物や漁具を奪う「天敵」 沖縄・八重山漁協、産卵期を狙い実施』2024年(2024年8月15日閲覧)
- 環境省『クマ類による人身被害について [速報値]』2024年
- 黒木健介, 星野和夫『宮崎県延岡市から得られた標本に基づく宮崎県初記録のホホジロザメ』2024年
- 現代ビジネス『奄美大島沖漁船転覆事故生還した漁師が語った「人喰いザメとの死闘」』2012年(2024年8月15日閲覧)
- 崎山直夫, 瀬能宏『相模湾におけるイタチザメ(メジロザメ目、メジロザメ科)の出現状況』2009年
- 佐藤 圭一, 冨田 武照『寝てもサメても 深層サメ学』2021年
- 清水孝昭『愛媛県宇和海から得られたイタチザメ幼魚の記録』2016年
- 仲谷一宏 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
- 矢野和成 『サメ 軟骨魚類の不思議な生態』1998年
- 琉球新報『宮古のビーチ、サメ目撃情報』2016年(2024年8月15日閲覧)
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