「死滅回遊魚」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
いわゆる”ガサガサ系”と呼ばれるYouTuberの影響もあってある程度の知名度を獲得していますが、その定義を理解していない人も多いように感じます。
「死滅」という単語だけ見ると怖いイメージもありますが、日本の海の面白さや自然環境について学ぶいい題材だと思うので、今回は死滅回遊魚の生態や彼らに起きている変化について簡単に解説していきます!
解説動画:死滅回遊魚とは何か?外来種との違いは?採集しても良いのか?呪術廻戦でも話題になった言葉を10分で紹介します!【ありがとう油壺②】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2021年10月6日です。
死滅回遊魚とは何か?
死滅回遊魚とは「南の方から北の方に流れてくるが、そのまま定着することができずに死んでしまう魚たち」です。
日本列島の太平洋側には黒潮が流れています。
この黒潮の流れに乗って、九州や沖縄など暖かい海域の魚の卵や稚魚が、伊豆半島や三浦半島、あるいはさらに北の方に流されてきます。
こうした魚たちは、夏から秋(水温が高い季節)の間は元気な姿を見せてくれますが、冬になって水温が下がり始めると、低水温に適応できずに死んでしまいます。
海の流れに乗って”回遊”するけど、冬を越せずに”死滅”してしまうので「死滅回遊魚」と呼ばれます。
定着できないのは可哀想ですが、こうした多様な魚が一時的にでも流れ着くのは、日本の海の多様性や海のダイナミックさが感じられて面白いですね。
季節回遊魚とは何か?
「死滅」という言葉を嫌う一部の人が「季節回遊魚」と呼ぶこともあります。
しかし、僕が調べた限り、どうもこの「季節回遊魚」は学術的な言葉ではないそうです。
そもそも流れ着いた生物が環境に適応できずに死んでしまうのは自然の流れの一部であり、忌み嫌う理由はありません。
ちょっと怖く聞こえるかもしれませんが、そのまま「死滅回遊魚」と呼ぶ方が良いと思います。
ただし、後述する”死滅回遊魚が死滅しない現象”を理由に、「季節回遊魚」という名称を使う人も最近はいるようです。
死滅回遊魚は外来種ではない
ここで注意して欲しいのが、死滅回遊魚は外来種ではないということです。
回遊魚と外来種はどちらも”外から来た”という点では同じですが、これらには重要な違いがあります。
それは、「外来種は人間の活動によって持ち込まれた生物である」ということです。
死滅回遊魚も自分の意思で黒潮に乗ったわけではありませんが、海流という自然の要因によって分布を広げています。
しかし、外来種の場合は船が排出するバラスト水や無責任な飼育者の放流など、人間の活動によって分布を拡大します。
ここの違いをしっかり抑えておかないと、ブラックバスや野良猫を容認したがる一部の人たちに「外来種の拡大は回遊と同じだから何も問題ない」などのトンデモ論を吹っ掛けられた際にうまく反論できません。
騙されたり誤解したりしないよう、言葉の定義は正しく覚えておきましょう。
死滅しない死滅回遊魚?
死滅回遊魚は冬を越せずに定着できない魚という紹介をしましたが、今この前提が崩れ始めているかもしれません。
実は、死滅回遊魚とされている魚たちが死滅せずに越冬する事例が次々に確認されているんです。
死滅回遊魚は、文字通り冬になると死滅してしまうので、このような回遊は無効分散(行き着いた先で成魚になれず繁殖もできない、生物の分布拡大という観点では意味がないような回遊)とされてきました。
しかし、これまで越冬できなかったはずの死滅回遊魚たちが、本来南の海でしか見られない成魚の姿を見せたり、繁殖までしている事例が複数報告されています。
死滅回遊魚が越冬できた原因は地球温暖化や黒潮の大蛇行などの要因が考えられますが、このような事態が続けば、もはやその魚は死滅回遊魚ではなくなります。
魚たちの視点で言えば、流されて死ぬ運命にあった子達が生きながらえるので良いことに思えますが、僕たちにどう関係してくるのか、ここも考えていきましょう。
危険生物の生息域も拡大?
南国の魚たちが関東で見られるのを喜ぶ人も多いと思いますが、南の海にいる危険生物の分布域も今後拡大する可能性があります。
魚ではありませんが、実際にヒョウモンダコなどの猛毒生物がこれまで確認されていなかった地域に生息域を広げているのが確認されています。
これまでいなかった毒生物の生息域が広がれば、見た目が似ている安全な種と間違えて食べてしまう事故や、交雑して本来毒を持っていないはずの魚が毒持ちになるなど厄介な問題が起きるかもしれません。
採集をこのまま続けるべきか?
死滅回遊魚を捕まえて飼育したり標本にする採集家の方は多いです。YouTubeで「死滅回遊魚」というワードで調べると、採集動画が沢山出てきました。
こうした採集家の中には「どうせ死んでしまうなら救ってあげたい」や「もともと生き残る魚ではないから利用しても別にいい」という考えの人もいるようです。
採集という活動から生き物について学べることも多いので、僕はこうした採集活動を否定するつもりはありません。
しかし、もし死滅回遊魚と呼ばれている魚たちが環境変化によって定着しつつあるのであれば、彼らを採集することは、今まさに起こっている生物種の大移動を妨げることにならないか?という懸念もあります。
死滅回遊魚の越冬は人間活動(地球温暖化など)が原因かも知れないのでハッキリと結論を出すのは難しいのですが、地球環境の大きな流れで生物たちの生き方や分布が変わっていくなら、「それを目撃したい」「今後どうなるか見てみたい」と感じてしまいます。
- 死滅回遊魚の変化は地球温暖化の深刻さを示す警告なのか?
- これまでにない自然な分布拡大の兆しなのか?
- 僕たちにとって良いことなのか悪いことなのか?
正直分からないことだらけですが、海の環境保全や生物との関わりを考える上で重要かつ面白いテーマなのは間違い無いかと思います。
参考文献
- 朝日新聞『死滅回遊魚のはずが、またも越冬 「海が変わってきた」』2020年(2022年8月21日閲覧)
- 朝日新聞『伊豆で3年連続で死滅回遊魚越冬・黄金崎の南方種』2021年(2022年8月21日閲覧)
- 神奈川県立 生命の星・地球博物館『学芸員の瀬能による死滅回遊魚についてのコメントが新聞に掲載されました』2020年(2022年8月21日閲覧)
- 横須賀市自然・人文博物館『学芸員自然と歴史のたより「死滅回遊魚」』(2022年8月21日閲覧)
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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