海における最強VS最強の闘いに、新たな進展がありました。
2025年1月27日、学術誌『Ecology and Evolution』に、オーストラリアで発生したシャチによるホホジロザメ狩りに関する論文が掲載されました。
同論文によれば、2年前の2023年にオーストラリアの海岸で発見されたホホジロザメの死骸に残されたDNAを調べたところ、シャチによって襲われたことが判明しました。
今回の事例でもシャチはホホジロザメの肝臓を引きずり出して食べたものと思われます。
この海域でシャチがホホジロザメを捕食したという学術的な記録は、今回が初めてとのことです。
このオーストラリアでの出来事については以前の記事で簡単に触れていましたが、実はシャチとは別の動物の噛み跡も残されていたなど、興味深い事実も判明しています。
そこで今回は「オーストラリアでのシャチによるホホジロザメ狩り」というテーマで、この研究を深掘り解説していきます。
解説動画:オーストラリアでもシャチがホホジロザメを仕留めていた!DNA分析で明かされた意外な事実とは?
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2025年2月14日です。
シャチの目撃と打ち上がったサメ
事の始まりは2023年10月15日オーストラリアのヴィクトリア州の海岸で、少なくとも3頭のシャチが狩りと思しき行動をしているのが目撃されました。
目撃者の証言によれば、シャチたちは獲物を囲むような泳ぎや、何かを投げるような動作をしていたとのことです。
この時のシャチのうち2頭は特定されており、それぞれRipple (EA_0005) とBent Tip (EA_0007)という個体でした。
この2頭は長年行動を共にしており、この海域では2007年ごろから観察されていたようです。
その2日後の10月17日、同地域の海岸に打ち上がった、大きなホホジロザメの死骸が発見されました。
発見者のベン・ジョンストン氏は当初「3mくらい」と証言していましたが、後に計測された結果では全長4.7mであったことが分かっています。
こういう大きな生物を見た人はサイズを盛ってしまうことが多いのですが、今回は証言よりも大きいという結果でした。長年釣具屋をしてきたジョンストン氏の観察眼が優れていた可能性もありますが、死骸の欠損が激しいために小さく見えたのかもしれません。
発見されたホホジロザメは頭部、脊椎、胸鰭、背鰭、尾部だけが残されており、内臓を含む体の中央部分は失われていました。
当時実際に投稿された写真がコチラ↓
交尾器の有無を確認できる腹鰭や生殖器官も失われていたためサメの性別は不明とされています。もしオスであればほとんど最大に近いサイズです。
このサメが発見された当時、発見者のジョンストン氏は「シャチに襲われたものだ」と紹介しており、フリンダース大学の海洋学者ローレン・マイヤー氏も、「恐らくシャチに襲われて肝臓を食べられたのだろう」と推測を述べていましたが、まだはっきりしたことは分かっていない状況でした。
DNAによってサメを襲った犯人が判明
そんなホホジロザメに残された傷跡とDNAを調べた結果、襲った犯人が今回判明しました。
大きな傷跡のDNAからシャチと判明
ホホジロザメの死骸には合計4つの噛み跡が残されていました。そのうち胸鰭の付け根あたり、腹側にあったものが一番大きく、直径は約50cmもありました。
さらに、この傷の周辺にはひっかいたような線状の傷も見られました。
腹側の胸鰭付近に空いた大きな噛み跡と線状の傷という特徴は、南アフリカでシャチに襲われたホホジロザメと一致しています。
この時点でシャチが襲った説が濃厚でしたが、研究チームは傷跡についていた組織を綿棒で採取し、DNAを詳細に分析しました。
その結果、大きな噛み跡をつけたのは、やはりシャチであると確認されました。
小さな傷跡をつけたのはサメだった?
シャチによるものとは別に、もう少し小さい半円形の縁がギザギザした噛み跡がランダムな場所に三つ残されていました。
傷跡の形状や大きさからして、シャチのものとは異なるように思えます。
研究チームがこれらの噛み跡に残されたDNAを同じように分析したところ、その正体はエビスザメだと判明しました。
エビスザメはカグラザメ目カグラザメ科エビスザメ属に分類されるサメです。
ラブカやカグラザメなど、いわゆる”深海ザメ”が多いカグラザメ目の中では例外的に浅い水深に生息するサメで、全長は大きくても2~3mほどです。
中型サイズの体にどこか惚けたような可愛い顔をしていますが、その歯は肉を突き刺して引き裂くのに適した形状をしており、他のサメ類やアシカなどを襲うことがあります。
ホホジロザメの死骸に残された噛み跡がギザギザしていたのも、エビスザメの歯によって肉を引き裂かれたのだとすれば納得できます。


このエビスザメは南アフリカにも生息しており、ホホジロザメ同様、シャチによって襲われて肝臓を引きずり出された事例が何度か確認されています。
そんな、ある意味”シャチ被害者の会”の仲間と言えそうなエビスザメですが、オーストラリアではシャチが仕留めたホホジロザメの死骸を貪っていたようです。
サメ狩りの普遍性や役割について考察
今回判明した事実からシャチやホホジロザメについて何が言えるのか?研究者の意見や他の事例についての情報を交えながら、僕なりに解説していきます。
オーストラリア初のホホジロザメ狩りか?
今回論文になった事例は、学術的に記録されたものとしては、オーストラリアで初めてのシャチによるホホジロザメ狩りになります。
「学術的に記録されたものとしては」と但し書きをつけたのは、これより以前にも、オーストラリアでシャチがホホジロザメを襲っているという情報があったからです。
論文内でも振られていた有名なものとしては2015年2月のケースです。
今回ホホジロザメが見つかったのと同じオーストラリア南部に位置するネプチューン島近海で、シャチがホホジロザメを襲っていると思しき映像が記録されました。
実際の映像はコチラ↓
この事例では本当にホホジロザメを仕留めたのか?仕留めたとして、肝臓を食べていたのか?などの詳細は不明でした。
今回論文が発表されたケースは、捕食の映像こそないものの、DNAという証拠によって立証された初のホホジロザメ狩りとなります。
しかし、オーストラリアでシャチによるホホジロザメ狩りがどれくらいの頻度で起きているのか?ホホジロザメを襲う可能性のあるシャチの個体やグループはどこにどれくらいいるのか?などの謎は残されています。
ホホジロザメ以外のサメ、例えばヨシキリザメ、アオザメ、イタチザメなどをシャチが襲うことは同海域ですでに知られていたので、「以前からホホジロザメを襲っていたのか?」という点も気になります。
シャチによるホホジロザメ狩りはどこまで普遍的な現象か?
以前の記事でポートとスターボードと呼ばれるシャチが南アフリカでホホジロザメを襲っている件を解説した際、シャチが本来食べるような大型・中型魚類が減少したことで、ホホジロザメという襲う難易度の高そうなサメを襲い始めた可能性を紹介しました(あくまで考えられる可能性の一つであり、詳細はまだ不明です)。
また、ホホジロザメ狩りの先駆者と思われていたポートとスターボード以外のシャチがホホジロザメを襲っている様子が撮影されたことから、この2頭から始まったホホジロザメ狩りが、ある種の文化として他のシャチに広がっているという仮説もありました(詳細はコチラ)。
しかし、遠く離れたオーストラリアでも、ほとんど同じ方法によってホホジロザメが襲われ、同じく肝臓を抜き取られていることが今回明らかになりました。
このことから、シャチがホホジロザメを襲って肝臓を食べる行動は、当初思われていたよりも広く見られる現象なのかもしれません。
ただし、ホホジロザメの死骸を発見したジョンストン氏は当時の取材に対し、「ホホジロザメもシャチもこの辺では珍しくないが、この15年間ホホジロザメの死骸が打ち上がるなんて初めてだった」と語っており、オーストラリアでのホホジロザメ狩りがつい最近始まった可能性もあります。
南アフリカでシャチをホホジロザメ狩りに駆り立てたのが何らかの人為的な要因だった場合、オーストラリアでも同じ問題が起こっているという可能性も捨てきれません。
ホホジロザメとシャチ双方を保全する為にも、今後の研究に注目したいです。
シャチが腐肉食を促進している可能性
シャチが仕留めたホホジロザメの死骸をエビスザメが食べていたという点にも注目したいです。
今回の論文の著者の一人でもあるローレン・マイヤー氏は以下のようにコメントしています。
This study also provides DNA evidence that scavenging is facilitated by killer whales’ tissue selection, whereby the liver and internal organs are consumed, but much of the carcass remains as a nutrient source benefiting local ecosystems.
(この研究は、シャチの選択的な食性によって腐肉食が促進されていることを、DNAという証拠によって示している。肝臓や内臓はシャチが食べてしまうが、残りのほとんどの死骸は残り、栄養源としてその海域の生態系に恩恵をもたらす)
『Genomic evidence confirms white shark liver is on Australian killer whales’ menu』より引用。訳は筆者。
平たく言えば、シャチがホホジロザメを仕留めて食べ残すことで、エビスザメを含めた他の動物が食料を手に入れることができるということです。
エコタイプにも寄るので一概には言えませんが、シャチは獲物を襲っても特定の部位しか食べないことがあります。
サメの肝臓以外の例を出すと、ザトウクジラの舌だけを食べて他の部位には手をつけなかったり、マンボウやジュゴンを仕留めた時も内臓だけ食べるそうです。
人間目線で言えば「勿体ない」とか「偏食家」という意見が出てきそうですが、こうした食性の選択制によって、残された獲物の死骸がより小さな生き物にとっての重要な資源になるという側面があります。
シャチによるホホジロザメ狩りについては生態系へ影響を懸念する声もあり、これまで僕の記事でもそうした問題を取り上げることが多かったですが、シャチの捕食行動によって恩恵を受ける生物がいることや、そうした多様な生き物が関わりある世界を守っていくことが生物多様性保全であるということも、覚えておきたいですね。
参考文献
- ABC News(Josh Brine)『Killer whale attack suspected as great white shark carcass washes up on Victoria’s coast』2023年
- Isabella M. M. Reeves, Andrew R. Weeks, Alison V. Towner, Rachael Impey, Jessica J. Fish, Zach S. R. Clark, Paul A. Butcher, Lauren Meyer, David M. Donnelly, Charlie Huveneers, Nicky Hudson, Adam D. Miller『Genetic Evidence of Killer Whale Predation on White Sharks in Australia』2025年
- Phys.org『Genomic evidence confirms white shark liver is on Australian killer whales’ menu』2025年
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