以前の記事でにサメとワニを比較したのですが、今回はサメと同じく最強の海のハンターとして名高いシャチとサメを比較解説していきます。
「シャチはサメよりも強い」という話は巷で耳にしますし、なんとなく野生で戦っているイメージを持っている人は多いと思うますが、「サメとシャチの何が違うのか?シャチがサメより強いとすれば何故か?」など、深掘りして考えたことはあるでしょうか?
この記事を最後まで読んでいただければ、海のトッププレデターであるサメとシャチの違いや共通点、彼らの関りについて理解を深めていただけるはずです。
解説動画:ホホジロザメVSシャチの壮絶バトル?海のハンター最強はどちらなのか?違いや共通点を徹底比較!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年3月5日です。
シャチはどんな動物?
まず、シャチがどんな動物なのか基本的なことから確認していきましょう。
シャチは哺乳類の中で、鯨偶蹄目ハクジラ亜目マイルカ科シャチ属に分類される動物です。
シャチの全長はおよそ6m前後。諸説ありますが、メスの最大記録は体長8.5m・体重7.4トン、オスの最大記録は体長9.8m・体重10.5トンとされています。沖縄美ら海水族館のジンベエザメが全長9m近くなので、最大級のシャチはあの子よりデカいことになります。
イルカとクジラは全長4mくらいを基準になんとなく分けられているだけで、明確な違いはありません。そのため、ハクジラ亜目の中にバンドウ”イルカ”がいたり、全長が4mを優に超えるシャチがマ”イルカ”科に分類されているのは誤りではないです。
そんなシャチのチャームポイントと言えば白黒模様です。
なお、目の後ろの楕円模様はアイパッチ、背鰭後ろの模様はサドルパッチと呼ばれます。後で触れますが、こうした模様の違いは個体識別やグループの区別に使われます。
サメとシャチの比較:相違点
それでは、今からサメとシャチを比較していきます。
サメと言っても多種多様なので、今回はシャチのライバルとして取り上げられることもあるホホジロザメを主な比較対象とします。
サメとシャチの違いを理解するうえで重要なのは、彼らが全く違う進化の道をたどった動物であるという点です。
サメは軟骨魚類というグループに分類されています。約4億年ほど前に他の魚たちから分岐して、今日まで独自の進化を遂げてきました。浅瀬、大海原、深海など様々な場所に進出して多様な仲間が誕生しましたが、長い歴史の中で水から出たことはありません。
サメ映画ではしょっちゅう水から出ていますが、今は忘れてください・・。
一方、シャチを含むクジラたちは哺乳類の仲間です。
サメとは違う道をたどった魚たちが陸上に進出して両生類が生まれ、更なる多様な進化の中で現在の爬虫類、鳥類、哺乳類の祖先が誕生しました。そのうちの哺乳類の一部が水中生活に適応し、今のイルカやクジラに進化したのです。
つまり、進化の歴史においてシャチたちは一度陸に上がってから海に戻った生物と言えます。現に、シャチの胸鰭を見てみると、人の手を思わせる指の骨が確認できます。
サメとシャチの違いについては「サメは魚類でシャチは哺乳類」という一言でまとめられがちですが、今お伝えした進化の歴史がこれから説明する両者の違いにつながっていきます。
尾鰭の違い
サメの尾鰭は垂直についています。
サメは魚の中では特殊なグループですが、それでも多くの魚と同じように、体を左右に振って泳ぎます。
この動き方は陸上に進出した両生類や爬虫類でも変わらず、彼らは体を左右にくねらせて動きます。白亜紀末に海に戻った爬虫類であるモササウルス類も尾鰭は垂直でした。
対するシャチたちは、尾鰭が水平についています。
陸上哺乳類の歩き方を見てみると、四つ足が体の真下に引き込まれていて、走るときは体が上下に動きます。
クジラやイルカの仲間はこうした動きをする動物たちから進化したため、泳ぎ方も体を縦に動かすようなスタイルになり、そこで推進力を得る尾鰭も水平型になったと考えられます。
呼吸法の違い
これは知っている方も多いと思いますが、サメはエラ呼吸でシャチは肺呼吸です。
サメは4億年を超える進化の歴史の中でずっと水中生活をしてきたので、水中から酸素を取り込むエラ呼吸であり続けたのは至極当たり前に思えます。
しかし、シャチのようなクジラの仲間は、一度陸に上がって肺呼吸になった動物から進化しました。水中で酸素を取り込んで呼吸することはできないので、彼らは血液や筋肉に酸素を貯蔵する能力を高め、さらに水面で息がしやすいように鼻の孔が頭のてっぺんに移動しています。
「水に戻るときに鰓に戻せばいいじゃん」と思うかもしれませんが、進化は基本的に一度枝分かれしたら後戻りできない一方通行で、根本的な部分を変えるよりも表面的な変化で乗り切ろうとすることが多いです。
今あるものを伸ばしたり小さくしたりすることはできますが、一旦全部をなしにして一から作り直すことはありません。
クジラの祖先が水中に進出する際も「いかに肺呼吸のままで水中に適応するか」という淘汰圧がかかり、結果的に今の姿になったのだと思います。
歯の違い
ハンターの武器と言えば獲物をとらえる歯ですが、サメとシャチは歯の形や構造も異なります。
ホホジロザメの歯を見てみると、先が尖った三角形でノコギリのようにギザギザしています。そして、彼らの歯は何度でも生え変わり、後ろには控えの歯が沢山並んでいます。
一方のシャチの歯は円錐形で、どちからというとワニに近いように見えます。彼らはホホジロザメのように綺麗に切り裂くのではなく、獲物を押さえつけて丸飲みにするか、力ずくで引きちぎります。また、サメと違って彼らの歯は生え変わりません。
ホホジロザメの歯の方が刃物みたいなで痛そうに思えるかもしれませんが、シャチはこの歯を使って大きなクジラやオットセイの肉を引きちぎります。
人を噛み殺したという話は聞いたことありませんが、もし襲われたらひとたまりもありません・・・。
サメとシャチの比較:共通点
ここまではサメとシャチの違いを取り上げましたが、ホホジロザメとシャチは共通点も多いです。
体つき
ホホジロザメとシャチはどちらも流線形の体をしており、大きな背鰭と胸鰭を持っています。また、どちらも3mを超える大きな体をしています。さらに、向きが違うとはいえ、力強い推進力を生む尾鰭も共通しています。
高い体温
ホホジロザメとシャチは両者とも体温を高く保っています。
シャチは哺乳類なので体温が高い(恒温動物)というイメージがあると思いますが、実はホホジロザメも周りの水温よりも高く維持することができます。
詳しくはサメ単体の解説で別途紹介しますが、ホホジロザメを含む一部のサメは奇網と呼ばれる血管構造をしており、体内で発生した熱が逃げにくい構造になっています。
そのため、多くのサメよりも高い運動能力を発揮し、海棲哺乳類を捕食したり地球規模の長い回遊を行うことができるんです。
ツートンカラーの模様
先ほども触れた通り、シャチは独特の白黒模様をしていますが、ホホジロザメも背中側が黒っぽく、お腹側が白いというツートンカラーに近い体色をしています。
模様の入り方こそ違いますが、これらは二つとも、水中で自分の身を隠すカモフラージュの役割を果たします。
ホホジロザメの体色にはカウンターシェイディングの効果があるとされています。海の中でモノを見るとき、上から下に見下ろす時は水深が深く暗い場所が背景になり、逆に上から下を見上げるときは太陽光が降り注ぐ明るい水面が背景になります。
そのため、背中側が黒っぽく、お腹側が白っぽい体色なら、敵や獲物から自分の姿が見つかりにくく生存に有利になるというわけです。
ホホジロザメの他にも背中側の色が濃くお腹側が白いサメは多いですが、この体色について「太陽光が当たりやすい背中を黒くすることで紫外線から身を守っている」という説もあります。
一方のシャチの白黒模様は、自らの輪郭をぼかす効果があるとされています。
色が混じった独特の模様は、周囲の明るさによって一部の色だけ強調される効果があります。明るい時は白が、暗いところでは黒が背景に馴染みます。これにより、全体のシルエットが分かりづらくなり、獲物や天敵が自分の姿を視認しづらくなると考えられます。
サメとシャチは何故似ている?
このように、シャチとホホジロザメは分類学上かなり離れているのに、外見や能力で似ているところも存在します。そのせいかは分かりませんが「サメは哺乳類ですか?」と聞かれることも多いです。
サメとシャチのように、進化の過程で辿った道が大きく異なるグループの外見や能力が近いものになることを、収斂進化と呼びます。
ホホジロザメもシャチも、広い海で比較的大きな獲物を襲う高次捕食者です。「海の中でいかに速く泳ぎ、確実に獲物を仕留められるか」など、共通の淘汰圧がかかることにより、全く違う進化の道筋をたどった二つの生物が似たような特徴や能力を獲得していったわけです。
サメとシャチのバトル?
ここまでサメとシャチの比較をしてきましたが、果たしてどちらが強いのか?
食う喰われるの単純な関係で言えば、シャチの方が強いと思います。
シャチほどの大型動物を襲って食べられそうなサメの最大種はホホジロザメですが、確認された最大記録も6m前後です。対してシャチはオスなら9mを超えることがあります。
そして、ホホジロザメは基本的に単独で狩りをしますが、シャチは母子を中心市とした群れで行動し、共同でハンティングを行うこともあります。
攻守どちらの立場でも、体格差や頭数の面からしてホホジロザメはかなり不利です。
そして、実際にシャチがホホジロザメを食べたと思しき報告もあります。
1997年10月、米国サンフランシスコ沖の海でホエールウォッチングをしていた観光客がホホジロザメを襲う2匹のシャチを目撃しています。
さらに2017年、南アフリカに肝臓や心臓を噛みちぎられたホホジロザメが5匹打ち上っているのが見つかりました。この件では直接襲われる瞬間が目撃されたわけではないですが、同じ海域でエビスザメを襲って肝臓を食べるシャチが確認されており、ホホジロザメを襲った犯人もシャチの可能性が高いとされています。
さらに、南アフリカでホホジロザメにタグ付けをして調査していた研究チームが興味深い説を唱えています。
南アフリカにはホホジロザメのご馳走であるオットセイが多く暮らしているポイントがありますが、シャチがその海域に現れた途端、サメたちが逃げるようにいなくなってしまったそうです。
このことから、ホホジロザメはシャチを明確な脅威と認識し、絶好の餌場を放棄してでも避けるほどに恐れている可能性があります。
もっとも、シャチがホホジロザメを食べる事例については確証をもてる報告がやや少なめで、はっきりしたことは分かっていません。
しかし、実際のシャチの胃からは複数種のサメが見つかっており、シャチがサメを食べることは明白な事実です。
シャチの多様性を考える
以上の理由から「シャチはサメよりも強い」と言われることが多いですし、僕もこれが間違っているは思いません。しかし、これについては長めの補足が必要だと思います。
「シャチ」という動物の多様性
ここまで「シャチ」という動物についてひとまとめに話してきましたが、実はシャチには生息域や行動パターンなどで分けられたいくつかのグループがあり、体の模様やヒレの形、そして食性などに違いがあります。
例えば、アメリカワシントン州からカナダのブリティッシュコロンビアにかけての沿岸域に生息するシャチは以下の3タイプに分けられてます。
- レジデント:あまり大規模な移動をしない。サケなどを食べる魚食性。
- トランジェント:特定の生息域を持たない。海棲哺乳類を捕食。
- オフフォア:沖合や外洋によく現れる。サメなどを襲う。
他にも北大西洋のシャチは食性や大きさなどでタイプ1とタイプ2に分かれ、更に南極海に生息するシャチもA~Dのエコタイプという別々のグループに分けられています。
さらに、南極のタイプDのシャチは他のグループと遺伝的な相違があり、新種の可能性が示唆されています。
シャチもホホジロザメも謎が多い動物なのではっきりしたことは言えませんが、一口に「シャチ」と言ってもこのように様々な生態のグループがおり、積極的にサメを食べているのはごく一部の可能性があります。
神格化されやすい鯨類たち
シャチがサメを襲うことは科学的な調査でも明らかになっていますが、巷に出回るシャチの知能や能力に関する情報は、一歩引いた冷静な目線で吟味する必要があると思います。
シャチに限った話ではないですが、僕たちは生き物の話をするとき「サメは人を襲う」や「魚は知能が低い」などと言って多種多様な生き物たちをひとまとめにすることが多いです。
こうした表現は便利で分かりやすいですが、非常に偏ったイメージを植え付けてしまう危険性があります。
特にシャチを含む鯨類は、哺乳類で社会性を持つなど人間との共通点が多いからか思い入れが強い人が多く、ある種の神格化を起こしやすいです。
実際、宇宙的存在としてあがめるスピリチュアルや迷惑行為を繰り返す反捕鯨団体など、危うい方向性に進むこともよくあります。
この記事は先日YouTubeに投稿した動画が元になっていますが、その動画コメント欄にも「魚類は劣っていて哺乳類は優れている」という歪んだ生物観を持っていそうな人や、シャチを人類の友達か何かと勘違いしていそうな”イタイ”シャチ好きの人が見受けられました。
もちろん「分かりやすかったです!」や「勉強になりました!」という大変ありがたいコメントも沢山いただいています。そうした方々には感謝しかないです。
僕の発信ではできるだけ正しい知識をお伝えするよう心がけていますが、シャチを紹介するメディアの中には、科学的には解明されていないシャチの行動を「シャチは頭がいい」や「シャチは雄大で神秘的な動物」などのイメージに引っ張られて、断定的かつ安直に紹介しているものもあるかもしれません(そうした疑惑のある情報は僕の動画や記事の中では省いています)。
僕も含め生き物の知識や雑学を紹介する人は世の中に沢山いますが、例えば「シャチがサメを食べる」のような知識を得た時は、そこで止まらずに深掘りしてみて下さい。
「本当に記録はあるの?どのシャチも食べるの?そもそもシャチは一種類なの?」という風に考えを巡らせると、そこからより深く、広く生き物について学べると思います。
参考文献
- Michelle Starr 『Turns Out There’s Another Ocean Creature That Scares The Hell Out of Great White Sharks』2020年(2022年3月28日閲覧)
- National Geographic 『Orcas eat great white sharks—new insights into rare behavior revealed』2019年(2022年3月28日閲覧)
- 水口博也 『世界の海へ,シャチを追え!』2018年
- 村山司 『シャチ学』2021年
コメント