突然ですが、あなたが最後にウナギを食べたのはいつでしょうか?
「土用の丑の日にウナギを食べる」というのは食文化としてすっかり定着しており、いまやファストフード店でも気軽に鰻丼を味わうことができるので、つい最近食べたという人もいるかもしれません。
そうした人たちは「ウナギの何が問題なの?」と思うかもしれませんが、現在ウナギは深刻な絶滅の危機に瀕しています。
しかも、あなたが食べたウナギは犯罪行為を経由をしたものだったかもしれません。
今回はそんな絶滅危惧種ウナギとウナギ業界の闇について解説していきますので、よろしくお願いいたします!
解説動画:闇が深すぎるウナギ問題を徹底解説!絶滅危惧種が乱獲・密漁され大量消費される恐るべき実態とは?【土用の丑の日】【鰻重】【鰻丼】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2020年5月23日です。
絶滅危惧種としてのウナギ
「ウナギ」と呼ばれる魚は世界に複数種いますが、今回メインでお話しするのはニホンウナギ(Anguilla japonica)です。
ウナギ問題を理解するうえでも重要なので、まずはニホンウナギの生態を簡単に紹介します。
ウナギと言えば川の魚のイメージがあるかもしれませんが、実は川と海を行き来する回遊魚です。また、「二ホン」と名前についていますが、日本以外にも東アジアの広範囲に分布しています。
そんなニホンウナギは以下のような繁殖サイクルを繰り返します。
- 河川で育ち成熟したメスが産卵のために海へ下る(このメスを銀ウナギと呼ぶ)。
- 銀ウナギが遥か遠くのマリアナ諸島近海で卵を産む。
- 産卵された卵は孵化するとレプトセファルスという葉のような形状になる。
- そのまま海流に流されて東アジアに到着する。
- シラスウナギという透明で細長い形状になり河川をのぼる。
- 河川で黄ウナギと呼ばれる成魚の状態にまで成長する。
こうしたサイクルで川にやってくるウナギたちは、蒲焼などの料理で日本人に親しまれていますが、現在ウナギたちは深刻な危機に直面しています。
ある動物がどれくらい絶滅の危機にあるかの指標として、専門家の評価をまとめたIUCNレッドリストというものがあります。
このIUCNレッドリストにおいてニホンウナギはEN(Endangered)、つまり絶滅の危機にあるという評価を受けています。評価だけで言えば、ラッコやレッサーパンダと同じくらい絶滅が危惧されている動物ということです。
では、どのくらい減少しているのでしょうか?
正直なところ、ニホンウナギはまだ謎が多い魚であり正確な資源量の把握は困難です。しかし、ここ最近で漁獲量が著しく減っており、資源状態が深刻である可能性が高いとされています。
これは水産庁が出しているデータを基に作成したグラフですが、昭和32年(1957年)に200トン以上採れていたものが急激な右肩下がりで減っていっているのが分かります。平成9年(1997年)では約12トンにまで減少しています。
もちろん「採れた量=生息数」ではないですが、この減り方には危機感を覚えざるを得ません。
また、2018年に岡山県で行われた調査では、沿岸域の漁師一人当たりの漁獲量が14年間で80%近くに減少していることが判明しました。
漁獲量全体が減っているというデータだけであれば「ウナギ漁をする漁師の数が減っている」などの原因も考えられますが、漁師一人当たりの漁獲量も減少しているということは、ウナギの個体数自体が減ってしまっている可能性が高いです。
さらに言えば、成長したニホンウナギは親が生まれ育った河川に戻るのではなく、産卵場所だけ共有し、その後は東アジアの広い範囲に分散します。
この生態を考慮すると、岡山県で確認された個体数現象が他の生息域でも起こっている(つまりニホンウナギ全体の数が激減している)可能性は十分に考えられます。
こうした話を聞いて、
あれ?でもたまにテレビとかで「今年のウナギは豊漁」みたいなニュースを見るけど?
という疑問を抱く人もいるかもしれませんが、こうした報道は短いスパンで見た際のわずかな上昇を指して「豊漁」と呼んでいるにすぎません。
印象操作なのか本当に無知なのか、いずれにしても納得できない取り上げ方が各メディアで目立ちます。
緩すぎる規制のもと乱獲されるウナギ
減少の原因は乱獲だけではなく海洋環境の変化や生息地である河川の開発も影響していると思われますが、いずれにしても数が減っている可能性が高いのであれば然るべき規制を行うべきです。
しかし、科学的な知見に基づいたシラスウナギの漁獲の上限は設定されていないのが現状です。
ニホンウナギは日本だけでなく中国・台湾・韓国にも生息しているので、4か国が話し合って「養殖池にどれくらいシラスウナギを利用していいか?」という取り決めが行われています。
ここで決まった上限というのが各国合計78.8トンなのですが、各年の実績は40トンほど。約半分程度しか採られていません。
実は、そもそもこの上限78.8トンという数字自体が科学的なデータに基づいたものではなく、採り切れないような数値が設定されています。つまり、上限とは名ばかりの採り放題になってしまっているんです。
日本では各都府県知事が特別に許可した場合にのみシラスウナギの採捕が許可されていますが、全国レベルでの規制は行われていません。また、あとで述べる通り密漁が横行していて、まともな資源管理ができているとは言えない状態です。
つまり、ニホンウナギは個体数が激減している可能性が高いにもかかわらず、ろくな規制もされず「食文化」の名のもとに乱獲されているということになります。
問題だらけの解決策
ここまで状況が深刻なウナギ問題に対し、以下のような解決策が提示されています。
- 他国のウナギで需要を満たす
- ウナギを放流して増やす
- 養殖で消費を補う
しかし、これらの策にはどれも大きな問題があります。順番に見ていきましょう。
他国のウナギで需要を満たせるのか?
まず、他国のウナギ(俗に異種ウナギと呼ばれます)で代用しようという案について、これには賛成できません。何故なら、日本はすでに他国のウナギを大量消費して絶滅の危機に追いやっているからです。
この問題にかかわってくるのが安いウナギ製品です。そもそも、なぜ元々高級魚だったウナギがファストフード店やコンビニで安く食べられるほど大量に出回ったのでしょうか?
実は1980年代ごろに、ヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla)という別種のウナギが中国で養殖され、それが安価なウナギとして日本に数多く輸出されました。これがきっかけでウナギの値段が下がり、それまで「ハレの日に食べる高級食材」だったはずのウナギが一気に大衆化しました。
では、そのヨーロッパウナギがどうなったのか?
現在ヨーロッパウナギはIUCNレッドリストでCR(Critically Endangered)、つまりニホンウナギよりも深刻な絶滅の一歩手前という評価を受けてしまい、ワシントン条約附属書Ⅱに掲載されました。
さらに、EUはヨーロッパウナギの持続可能な利用はもはや不可能と判断し、2010年にワシントン条約とは別にヨーロッパウナギの国際取引を禁止しました。
ここまで追い込んだのが日本人だけのせいだとは思いませんが、日本の需要が影響したことは間違いありません。
ヨーロッパウナギがダメになりニホンウナギも絶滅危惧種なので、ウナギ業界はビカーラ種と呼ばれる別のウナギに目をつけています。ですが、ビカーラ種はニホンウナギよりも多くの国に生息域がまたがっており、適切な資源管理の仕組みができていません(そもそもニホンウナギでも資源管理ができているとは言い難いです)。
資源管理の体制が確立できていない魚で日本の需要を満たそうとすれば、こちらも食いつくしてしまうのは目に見えています。
「ウナギは日本の食文化」という話はよく聞きますが、自国の資源管理もろくにできず他国の魚まで食い漁るのを「食文化」で正当化できるでしょうか?
ウナギの放流に効果はあるのか?
企業努力や地域の取り組みとしてウナギの放流が取り上げられることがありますが、これも懐疑的に見るべきです。
まず、放流によってウナギの個体数が増加するという科学的な根拠がなく、多くの場合は効果が期待できません。
また、放流されるウナギを通して病原体を広めてしまい、その環境に暮らすウナギたちに深刻な悪影響を与える危険性があります。
さらに、先ほど取り上げた異種ウナギの一部は外見がニホンウナギと非常に似ているため、誤って異種ウナギを日本の河川に放流して外来種問題を引き起こすことがあります。
現に、新潟県の河川や東シナ海で、本来いるはずのないヨーロッパウナギが確認されています。
こうした事情から、放流は解決策にならないばかりか事態を悪化させることもあります。
そもそも、放流の取り組み自体が企業のグリーンウォッシュである可能性もあります。そうではなくても、意味のない放流を有効な対策として称賛するのは「増やす努力をしているんだから、たくさん食べてもいいよね」という言い訳につながりかねません。
もし養鰻業者や小売業者が企業努力としてウナギ放流を広報していた場合、「それは科学的な知見に基づいたものなのか?リスクは考慮されているのか?」などの点をよく確認した方が良いと思います。
商品やサービス、あるいは企業それ自体を環境に配慮しているように見せかけることを指します。データなどの根拠がない「エコ」や「地球にやさしい」などの表記などが代表例です。
“養殖”ウナギの実態とは?
現在日本に出回っているウナギのほとんどは養殖されたものです。
これだけを聞くと「え、なら食べて大丈夫じゃん!」と思うかもしれませんが、ウナギの養殖は完全養殖ではありません。
現在の技術ではニホンウナギを卵から成魚まで育てるのが非常に困難であり、売り物として出回っている「養殖ウナギ」は全て野生のシラスウナギを捕まえて育てたものです。
つまり、人工環境で育てているから「養殖」なだけで、実際は野生個体を消費していることになります。
厳密に言えば、ウナギの完全養殖それ自体は実現しています。しかし、商業的なニーズを満たすには程遠いのが現状です。
詳細を話すと長くなるので、ウナギの完全養殖の難点を以下にまとめました。
- そもそも飼育下でなかなか産卵しない。
- なんとか産卵したと思ったらオスばかり生まれてくる(性転換もしない)。
- 産んだ卵も半分以上は孵化しない。
- 孵化して育ったレプトセファルスが相当な偏食家(サメの卵を使った特殊な飼料など限られた餌しか食べない)。
- 水質変化に弱いため餌やりごとに水を替えるなどコストもばかにならない。
現在は研究が進み、サメ卵を使わない飼料の開発も行われているようですが、年間5トン近くある日本国内の需要を完全養殖で満たすには資金・人手・設備など全ての点において現実的ではありません。
現段階で完全養殖したものを販売すると十倍以上の価格になるという試算もあり、完全養殖でウナギ問題を解決するというのは遠い未来の話になりそうです。
もちろん、それより早くニホンウナギが絶滅しなければの話ですが・・・。
闇に塗れたウナギ業界
ウナギ問題における最大の闇が反社会的勢力の暗躍です。
なお、ここでいう「反社会的勢力」は暴力団だけでなく、違法行為を行う密漁者などもすべて含みます。
絶滅危惧種でありながら需要が絶えないニホンウナギは、その密漁や密輸などの違法行為が横行しており、さらに業界もその恩恵にあずかるという異常事態が平気でまかり通っています。
例えば、2015年に採取業者から報告されたシラスウナギの量は5.7トンでしたが、養殖に利用された量から算出された採捕量は15.3トンでした。つまり、出所の分からない怪しいシラスウナギが9.6トンもあるということです。
もちろんシラスウナギが空から降ってくるわけありませんから、その9.6トンは密漁や無報告の漁獲によってもたらされたものです。にもかかわらず、多くの養殖業者は平然とその違法ウナギを合法的なウナギと一緒に育てて流通に乗せているんです。
さらに、海外から輸出されてくるシラスウナギのほとんどが香港からですが、香港にはシラスウナギが遡上するような大きな川はありません。
実は、香港から輸出されるシラスウナギは禁輸をしている台湾から密輸されたものと言われています。
これはいわゆる業界の”公然の秘密”であり、輸入する日本の業者も知ったうえで取り扱っています。
こうした事情を考慮すると、市場に出回っているウナギの半分以上が密漁や密輸などの犯罪を経由していることになります。値段の高い安いに関係なく、反社会的な輩が扱ったウナギが普通に売られているんです。
食品小売業界もこの事態は知っているはずですが、当たり前のように土用の丑の日に安売りウナギを店頭に並べています。
また、一部の企業は先に触れたウナギの放流を行い「ウナギ資源の回復にも取り組んでいます」というグリーンウォッシュに勤しんでいます(絶滅危惧種を食材にする時点でグリーンなわけがなく、半分以上が違法なのでブラックです)。
ここまで業界が真っ黒なので水産庁は断固たる姿勢で対処すべきだと思いますが、まともな対策がとられていません。
それどころか、2017年にシラスウナギの闇流通について取材に応じた水産庁担当者は、こんなコメントをしています。
非正規流通のシラスも、最終的には必ず養殖池に入る。今ある池入れ量規制で、シラスの採捕量も制御できる
みなと新聞掲載『自民会合 シラスウナギ闇流通解明を』より引用(2017年3月6日)
養殖池に入るシラスウナギの6割以上もの出所も管理できていないのに「採取量を制御できる」とは、一体何を考えているのでしょうか?
同担当者はその後のコメントで「シラスの高騰対策や透明性確保に向け、不正撲滅は必要」と述べているそうですが、本気でそう思っているのか大いに疑問です。
以上を踏まえて、ウナギの闇とでも呼ぶべき問題をまとめます。
- 原因などは諸説あるが、ウナギは絶滅危惧種である。
- にもかかわらず、国際的な取り決めや国内の規制は十分とは言えない現状である。
- さらに、シラスウナギで儲けようとする反社会勢力が密漁や密輸を行っている。
- そうした反社会的行為に対し、行政はろくな規制ができていない。
- こうした現状のため、真面目な漁業者さんがウナギの資源量を心配しても「俺が我慢しても他が採る」という状態が生まれ自主規制は機能しない。
- 違法なものが混じっていると知りながら、養殖業者は合法的なものと混ぜてウナギを育てる(合法だとしても絶滅危惧種であることに変わりない)。
- 食品小売業界も問題を知りながらウナギを安く大量に販売し、しかもウナギを放流して「環境に配慮しています」というグリーンウォッシュまで行っている。
- マスメディアもウナギの”豊漁(笑)”を称賛したり、異種ウナギを業界の救世主として紹介するばかり。
- そして、大多数の人がこうした問題を知らないままウナギを大量消費している。
こうして見てみると、行政・企業・個人、どこにもストッパーがないまま絶滅危惧種が大量消費されていることが分かります。まさに地獄絵図であり、はっきり言ってウナギ業界の現状は絶望的です。
データ不足で食文化を否定するのは良くないのか?
こうした問題を取り上げると、ウナギを食べたい消費者やウナギ業界の人々から強い反発を受けることがあります。
その多くは、
絶滅危惧種とか関係ない
また過激な生物ヲタが何か言ってやがる
むしろ規制されたり絶滅する前に沢山食べておこう
のような品性と知性を欠いたものばかりです。
これらに混じってよくあるのが「データ不足なのに絶滅危惧種だと大袈裟に取り上げるな」という反論です。
確かに、ニホンウナギの生態はまだ分かっていないことも多いです。ウナギの資源量もはっきりせず、どれくらい減れば絶滅するのかも不明です。
しかし、そもそもデータが限られてしまうのは密漁や闇取引が多すぎて正確な漁獲量や漁獲努力量などが把握できないことにも原因があります。
今すぐウナギ漁を全面禁止にしないとしても、違法行為がまかり通った現状をこのまま放置するのは健全ではありません。
加えて言えば、把握が難しい中で得られた複数のデータや漁業関係者の感覚値などは「ウナギが激減している」と示しています。
同じよくある反論が「食文化を守るのも大事」ですが、肝心のウナギが絶滅してしまっては食文化を守れません。
また、ウナギは食材である前に河川や海の生態系を支える野生動物であるため、例え一時的に食文化が衰退したとしても彼らを守る必要があります。
食文化として愛されていることが保護や研究のきっかけになることもあるので一概に否定はできませんが、ウナギの大量消費は「食文化」で正当化できる域を超えていると思います。
資源が回復するまでウナギを一切食べないのか?
それとも合法的なウナギだけを食べる方法を見つけるのか?
あるいは僕と同じようにウナギ問題について自分なりの発信を行うのか?
取り組み方はお任せますが、この記事をきっかけに何かしら行動して頂ければ幸いです。
参考文献
- 海部健三 『Kaifu Lab』(2022年4月3日閲覧 現在はリンク切れ)
- 海部健三 『結局,ウナギは食べていいのか問題』2019年
- 鷲谷いづみ, 塚本勝巳, 勝川俊雄, 黒木真理, 田中秀樹, 横内一樹, 井田徹治, 脇谷量子郎, 片平浩孝, 田中栄次 『うな丼の未来 ウナギの持続的利用は可能か』2013年
- 鈴木智彦 『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』2021年
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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