ジンベエザメを狩るシャチ出現!最強の捕食者が世界最大の魚類を襲う方法とは?

海の最強ハンターとして名高いシャチが、世界最大の魚類を仕留める様子が記録され、注目を集めています。

2024年11月29日、学術誌『Frontiers in Marine Science』に、ジンベエザメを襲っているシャチについての論文が掲載されました。

論文では、カリフォルニア湾で撮影されたシャチによるジンベエザメの捕食行動4件の詳細が紹介されており、そのうち3件に特定のシャチが参加していたことから、研究チームは軟骨魚類の捕食に特化したシャチのグループが形成されている可能性を指摘しています。

南アフリカで、ポートとスターボードと呼ばれるシャチたちがホホジロザメやエビスザメを次々に襲っている件について当サイトでも紹介してきましたが(詳細はコチラ)、そこから遠く離れたカリフォルニア湾でも、別のサメ狩りが行われているようです。

  • では、どのような狩りが行われているのか?
  • 南アフリカのサメ狩りと何が違うのか?
  • ジンベエザメに何か影響はあるのか?

今回は「ジンベエザメを狩るシャチ」というテーマで解説をし、上記のような疑問に回答をしていきます。

目次

解説動画:ジンベエザメを狩るシャチ出現!最強の捕食者が世界最大の魚類を襲う方法とは?

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2024年12月21日です。

“世界の水族館”カリフォルニア湾とそこに生息するシャチ

本題に入る前に、今回の舞台であるカリフォルニア湾と、その周辺海域に生息するシャチについて簡単に紹介します。

カリフォルニア湾は、北米大陸とバハ・カリフォルニア半島の間にある縦に細長い湾です。別名コルテス海とも呼ばれます。

「カリフォルニア」という名称からアメリカの地名だと勘違いしがちですが、メキシコ国内に位置しています。

様々な魚から大型鯨類を含めた数多くの生物が生息する豊かな自然環境から、海洋学者ジャック=イヴ・クストーに「世界の水族館」と称されたこともあります。

このカリフォルニア湾ではジンベエザメも多く確認されており、特にバハ・カリフォルニア半島南部にあるラパスという場所は、ジンベエザメが高確率で見られる人気スポットになっています。

そして、この海域で観察されているシャチは「東部熱帯太平洋型(ETP)」と呼ばれています。

シャチは海域や群れによって食性や群れの構成、模様などが異なる複数のエコタイプと呼ばれるグループに分けられますが、ETPエコタイプのシャチはジェネラリストと言われており、イルカを含む鯨類、ウミガメ、硬骨魚、軟骨魚など、幅広い動物を捕食していることがこれまで分かっています。

カリフォルニア湾に生息するシャチのエコタイプについては諸説ありますが、いずれにしてもサメ・エイ類に特化して狩りをするグループはこれまで確認されていなかったようです。

各ジンベエザメ狩りの詳細

そんなカリフォルニア湾で実際にどんな狩りが行われたのでしょうか?

今回発表された論文の内容に加え、メキシコ近海で以前に記録されたシャチによるジンベエザメ狩りについて紹介します。

2018年5月13日

最初に記録されたのは2018年5月13日、場所はカリフォルニア湾のエスプリテュ・サント島の北側です。

二隻の観光船に乗っていた観光客が、全長5mほどのジンベエザメに近づく、全長8mほどのオスのシャチをビデオで撮影しました。

この時現れたシャチはモクテスマ(Moctezuma)と呼ばれる個体でした。

1992年に確認された個体で、今回のジンベエザメ狩りの前から、ムンクイトマキエイやオオメジロザメなどの軟骨魚類を襲っていましたことが分かっています。

撮影が始まった時点でジンベエザメは仰向けの状態で水面を弱々しく泳いでおり、腹部(特に胸鰭付近)に擦り傷やあざが見られ、腹鰭付近には出血している大きな傷も見られました。

実際の映像はコチラ↓

シャチはジンベエザメを水中に沈めた後に周囲を泳ぎ回り、再びジンベエザメを水中に引きずり込んで姿を消しました。この時ジンベエザメは尾鰭を激しく動かして、シャチとの接触を避けながら水中でのバラスを取り戻そうとしていたようです。

やがて、水面に再びシャチの背鰭とサメ尾鰭が現れた後、シャチはジンベエザメを突き回した後に仰向けにしようとする動きを見せ、大きな水しぶきをたてました。

その後、水面にジンベエザメの血だまりや肉片と思しきものが漂い、海鳥がそれを食べ始めましたが、シャチはその後姿を消し、ジンベエザメの死骸も確認できなくなったそうです。

2021年3月28日:※カリフォルニア湾外

次に記録されたのは2021年3月28日、場所はメキシコのマンサニヨという町から24kmほど沖にある場所です。

このケースだけカリフォルニア湾外での記録であり、2023年に発表された別の論文で紹介されています。

この時はスポーツフィッシングをしていたボートが、グルグル回るように泳ぐメスのシャチ2頭を発見しました。

ボートが更に近づいたところ、シャチたちは3~4mほどの小さいジンベエザメを襲っていました。

シャチたちはジンベエザメのお腹側に何度も体当たりして絶命させ、捕食したそうです。

この論文では狩りの行動が細かくは記録されていなかったのですが、撮影された映像を分析した結果、東熱帯太平洋に分布するETPエコタイプの特徴と合致していることが確認されました。

2021年6月20日

3つ目に紹介するのは2021年6月20日、ラ・ベンターナ近海での狩りです。こちらは1件目と同じくカリフォルニア湾内での記録となります。

この時は少なくとも6匹のシャチがジンベエザメの近くを泳ぐ様子が確認され、その中には1件目でジンベエザメを襲っていたモクテスマもいました。

映像が始まった時点でジンベエザメはほとんど動いておらず、水面近くをゆっくりと泳いでおり、やはりシャチによってひっくり返されてしまいました。

やがて観光客の一人がシャチに近づいていくのですが、その数秒後には腹部から大量に出血しているジンベエザメが沈んでいき、シャチは観光客の前を通り過ぎて消えていきました。

2023年4月27日

4つ目の狩りが起きたのは2023年4月27日、場所はサン・フランシスコ島近くです(米国にサンフランシスコという都市があるのでややこしいですが、こちらもカリフォルニア湾内での出来事です)。

狩りをしていると思しきシャチの群れを発見したカメラマンがシャチの撮影を開始しました。その中には、あのモクテスマの存在も確認されています。

この事例では、全長6mほどのジンベエザメが1頭のシャチが逃げている様子が映っていたのですが、そこに別のシャチが現れてジンベエザメの交尾器および腹鰭に噛みつきました。

シャチは息継ぎのために水面に戻りましたが、その時にジンベエザメはすでに死亡していたのか、出血しながら沈んでいったそうです。

実際の動画はコチラ↓

2024年5月26日

最後に紹介するのが2024年5月26日のケース、場所はエンセナダ・デ・ムエルトスです。

5頭のシャチが、水深10mほどの地点で全長5mにも満たないジンベエザメを捕食している様子が撮影されました。

シャチたちはジンベエザメを5mほど水面近くに引き上げた後に体を横に向け、頭部、下顎、腹などに体当たりをくわえていきました。やがて、1頭の若いシャチが腹鰭あたりに近づいた後、ジンベエザメから大量の血が流れだしました。

その後もシャチはサメに打撃を食らわせたり仰向けにしたりするのを繰り返し、やがてジンベエザメと共に深みまで潜っていきました。

その後、ジンベエザメの肉片をくわえたシャチが撮影され、少なくともサメの一部を彼らが食べていることが確認されました。

なお、この狩りにはモクテスマは関わっていませんでしたが、狩りをしていたメスの中に、モクテスマと以前行動をともにしていた個体がいることが分かっています。

今回のジンベエザメ狩りから何が言えるか?

ジンベエザメ狩りの詳細は以上ですが、ここからは、一連の出来事から何が言えるのか?

恐らく皆さんが疑問に思っているであろう点や僕が感じたことを軸に解説していきます。

シャチはやはりサメの肝臓を狙っているのか?

南アフリカでシャチに襲われたホホジロザメやエビスザメは、胸鰭のあたりを切り裂かれ、肝臓や心臓を食べられていました。

しかし、一連のジンベエザメ狩りにおいて、シャチが肝臓を食べる直接的な場面や、肝臓を引き抜かれたジンベエザメの死骸などは確認されませんでした。

一部メディアでは、シャチが今回も肝臓を食べていたと断定的に報じられていますが、これらは南アフリカの前例をもとにした推論だと思われます。

とはいえ、カリフォルニア湾のシャチもお腹側を執拗に攻撃したり、ジンベエザメの腹鰭付近を切り裂く様子が複数にわたって観察されているため、腹鰭付近を噛み千切ってから肝臓を引きずり出している可能性はあります。

その場合、南アフリカのシャチのように胸鰭ではなく、なぜ腹鰭を切り裂くのか?そこに合理的な理由はあるのか?という点が気になります。

南アフリカでホホジロザメを襲うシャチの映像はコチラ↓

シャチは成魚のジンベエザメも襲うのか?

今回、「最強の捕食者シャチが世界最大の魚類を襲う!」というキャッチャーな部分が注目を集めたと思いますが、襲われた個体はどれも3~6mほどの小さなジンベエザメでした。

人間からすれば十分に巨大ですが、ジンベエザメはオスの成熟サイズが8m前後とされており、信頼できる最大サイズは12mを超えています。

3~6mジンベエザメは、未成熟で経験も浅い子供のはずです。

もしかするとカリフォルニア湾のシャチたちは、仕留めやすい獲物として小さいジンベエザメを狙っているのかもしれません。

なお、シャチがジンベエザメよりも大きいクジラ類を仕留めた記録もありますが、オーストラリアでシロナガスクジラを襲ったシャチに関する論文によれば、10~20頭以上のシャチが狩りに参加し、仕留めた獲物を食べるシャチが50頭ほどに上ったこともあったそうです。

もし成魚のジンベエザメを仕留めるなら、シャチは今回観察されたよりも大きな群れで挑む必要があるかもしれませんし、あるいはそこまでの労力をかけることを避けて幼魚ばかり襲うという可能性もあると思います。

サメ狩りに特化したシャチのグループがいるのか?

冒頭で少し触れた通り、ETPエコタイプのシャチの食性はジェネラリストとされてきました。

これまで食性を調べた研究では、大型鯨類やイルカ類、複数種のウミガメ、サメやエイ類、様々な硬骨魚を食べていることが分かっています。

しかし、今回紹介した5件のサメ狩りのうち3件にモクテスマという同一個体が参加しており、未参加の1件にもモクテスマと関りのあるメス個体が参加していたことから、カリフォルニア湾に軟骨魚類を狙って襲うグループが誕生していることが示唆されています。

少なくとも、

  • ジンベエザメをひっくり返す。
  • お腹側や腹鰭を執拗に攻撃する。

という共通の動作が何度も確認された事実から、モクテスマたちがジンベエザメを襲う上でなんらかのテクニックを確立している可能性はあります。

ただし、これらだけの情報では、「モクテスマや彼とつながりのあるシャチが軟骨魚類に特化した食性を持っている」と断言するのは難しいです。

  • モクテスマたちはサメを専門に襲うのか?
  • そうだとすれば何故そうなったのか?
  • その食性や狩りの方法は広まっているのか?

これらの疑問に答えを出すにはさらに研究が必要でしょう。

シャチのサメ狩りはジンベエザメの生態に影響を及ぼすのか?

先述の通り、カリフォルニア湾内に位置するラパス湾には数多くのジンベエザメが集まっており、その多くは未成熟の個体です。

2012年に発表された研究によれば、10~5月にかけて未成熟のジンベエザメが50~100尾ほどラパス湾に集まってきており、4~5月にかけてカリフォルニア湾内の別の場所やメキシコのナヤリット州近海まで移動していきます。

カリフォルニア湾のジンベエザメ。ラパス湾には数多くのジンベエザメが集まることで知られている。

今回記録されたサメ狩りの日付を見返してみると、

  • 2018年5月13日
  • 2021年3月28日(カリフォルニア湾外)
  • 2021年6月20日
  • 2023年4月27日
  • 2024年5月26日

という風に、カリフォルニア湾内でのケースは4~6月に集中していたので、ラパス湾から出ていく若い個体がシャチに襲われている可能性があります。

ただ現時点で、一連の狩りによってジンベエザメの行動パターンが変わったという情報は入ってきていません。

南アフリカでは、シャチがサメ狩りをするとホホジロザメが周辺海域からいなくなることが分かっていますが、カリフォルニア湾のジンベエザメについては、そのような現象は起きていないようです。

シャチによる捕食自体は、野生動物の行動として安易に干渉すべきものではありませんが、

  • 人間活動の間接的な結果としてシャチの食性が変化していないか?
  • 気候変動など別の要因で危機に陥っているジンベエザメの個体数減少に追い打ちをかけないか?

などについては、ジンベエザメを効果的に保全するために注視する必要があるでしょう。

市民科学の役割について

今回の事例を考える時に見過ごされそうな点として、市民科学の重要性が挙げられます。

今回紹介したシャチによるジンベエザメ狩りは、現場に専門家がいた事例もあったようですが、ほとんどは一般人によって撮影され、素材が研究チームに提供されました。

このように、職業的な科学者ではない一般市民が情報提供などで科学研究に貢献することを市民科学と呼びます。

エコツーリズムが盛り上がることにより、環境保全の機運が高まるだけでなく、シャチやジンベエザメなど謎多き生物の研究が発展する可能性があります。

もちろん観光客が生物多様性に悪影響を及ぼす残念な事例も存在しますが、誰でも気軽に撮影してそれをシェアできる時代になったことで、誰も見たことがない、もしくは見たことはあるが学術的な文書にされてこなかった野生動物の行動が記録されやすくなったというのは確かです。

市民科学という形で公的なものに貢献するのか?

自己中で迷惑な害悪に成り下がるのか?

生き物に関わる人の品性と知性が問われていると思います。

参考文献



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