マグロがサメに体をこすりつける意外な理由!凶暴な捕食者を利用する魚の目的とは?

サメが食料としてマグロを利用するイメージはあると思いますが、逆にマグロがサメをある種の道具として利用していることを示す研究が発表されました。

2022年10月19日に学術誌『PLOS ONE』に掲載された論文によれば、外洋性のマグロたちがサメに体を擦り付けており、魚たちがサメの体表面を寄生虫対策として利用していることが示唆されています。

この論文は科学ニュースメディアを自称するナゾロジーでも2年後に取り上げられ、『マグロは痒いところをサメにこすりつけて解消していた!』というタイトルの記事で紹介されました。

  • では、本当にマグロたちはサメに体をこすりつけているのか?
  • サメに食べられてしまうリスクはないのか?

今回は「サメを利用するマグロ」というテーマで、研究内容を紹介しながら上記の疑問に回答していきます。

目次

解説動画:マグロがサメに体をこすりつける意外な理由!凶暴な捕食者を利用する魚の目的とは?

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2025年1月1日です。

魚の寄生虫と対処法について

ナゾロジーの記事では「痒いところをサメにこすりつけて解消」や「孫の手として利用」などと記載されていますが、元になった論文で示唆されているのは、サメの体表面を使った寄生虫除去です。

「魚の寄生虫」と聞くと、時に人間を苦しめるアニサキスや、魚の口の中を住処にするウオノエ類など、体の中に入ってくるものを多くの方がイメージすると思います。

しかし、魚の体表面につく寄生虫も多くいます。

メダマイカリムシに規制されたアカアマダイの液浸標本
メダマイカリムシに規制されたアカアマダイの液浸標本。目黒寄生虫館展示。
目黒寄生虫館
寄生部位の拡大写真。

こうした寄生虫は、

  • 魚から栄養を奪い取る。
  • 水の抵抗を増やして泳ぎにくくする。
  • 出血を引き起こす。
  • 寄生部位の感覚器官を使えなくする。

など、魚たちに悪影響を及ぼすことがあります。そのため、寄生虫対策は野生動物の中でも重要です。

そんな魚類の寄生虫対策として最もよく知られているものが、他の小さな生き物に掃除してもらう方法です。

例えばホンソメワケベラなどの魚は、自分よりも大きな魚の口やエラの中まで入り、食べカスや寄生虫を食べてくれます。

こうしたメリットがあるためか、掃除される側の魚も基本的にはおとなしくしており、ホンソメワケベラが口に入っても食べたりはしません。

大型魚の口やエラの中に入り掃除をするホンソメワケベラ。


ただし、こうした方法で寄生虫対策ができるのは、ホンソメワケベラがいるような沿岸域のサンゴ礁や岩礁などに住む魚たちです。

そうした小さな掃除屋がいない大海原を泳ぐ外洋性の魚たちが、サメの体表面を使っているのではないか?というのが今回のメインテーマとなります。

サメに体をこすりつけるマグロ達

マグロのこすり付け行動を調べるために研究チームが使用したのが、Baited Remote Underwater Video Systems (BRUVS)の映像です。

「Baited」は餌付けされたという意味で、要は魚などが寄ってくるようにエサが取り付けられた水中の無人カメラです。

餌に集まる動物の映像を撮影することで、生物の種類や行動などの研究に役立っています。

研究に用いられたのは、2012~2019年に撮影された合計11か所の映像です。

  • 東部太平洋のレビジャヒヘド諸島近海の5か所。
  • 大西洋のアセンション島近海の4か所。
  • 南西オーストラリア沖のルシェルシュ諸島近海の2か所。

実際に映像を見てみると、キハダマグロなどの魚が、ヨシキリザメをはじめとする外洋性のサメに体を擦り付ける様子や、魚たちが同種間で体を擦りつける様子が記録されていました。

映像の中で合計106回の擦り付け行動が確認されたそうです。

実際の映像はコチラ(あくまで一部です)↓

研究チームはさらに、これらの映像を詳細に分析し、記録された106回の中で、どの魚がどの魚に擦り付けていたかなどを精査しました。

まず擦り付け行動を行っていた4種のうち、キハダマグロが最も多く47回、次にツムブリが38回、3番目がミナミマグロが17回、最も少なかったのがカツオの4回という結果でした。

次にサメに擦り付けた割合を見てみると、キハダマグロとミナミマグロでは9割以上がサメに擦り付け、ツムブリも7割は同種ではなくサメに擦り付けていることが判明しました。

残るカツオだけはサメに擦り付ける行動が観られず、全て同種間で擦り合うだけでした。

擦り付けられていたサメの種については、ヨシキリザメが最多で約62回(58.5%)、ついでアオザメが約14回(13.2%)、クロトガリザメが約12回でした。

こすりけられたサメの種類と、それぞれの擦り付けられた回数を示すグラフ。
こすりけられたサメの種類と、それぞれの擦り付けられた回数。『Sharks are the preferred scraping surface for large pelagic fishes: Possible implications for parasite removal and fitness in a changing ocean』内のデータをもとに作成。

そして、魚たちが体のどの部分を擦り付けていたのかを分析した結果、頭、眼、エラ蓋、体の側面や胸鰭など寄生虫が付きやすく、深刻な影響を受けやすい部位を好んで擦り付けていることも判明しました。

以上の事実から、マグロなどの外洋性硬骨魚が、体を擦り付ける対象としてサメを積極的に利用していることは間違いなく、その目的が寄生虫対策である可能性も十分にあると思われます。

なぜ同種の魚ではなくサメにこすりつけるのか?

今回、サメだけでなく同種の魚に擦りつける行動も観察されたわけですが、そもそも群れで泳ぐ魚であれば同種間の方が擦り付けやすいはずですし、そうでなくても捕食者であるサメをあえて利用するのは奇妙に思えます。

一体なぜサメにこすりつけるのか?研究チームはこの疑問について、いくつかの仮説を提示しています。

仮説1.サメの体表面が寄生虫除去にとって理想的である。

サメ類の皮膚は楯鱗や皮歯と呼ばれる、小さな歯が集まったようなウロコで覆われています。いわゆる「サメ肌」と呼ばれるものです。

このザラザラした構造が、寄生虫を落とすのに理想的なため、同種よりもサメ類が使われている可能性があります。

モミジザメの楯鱗。サメの種類や部位によって形状や大きさは異なりますが、このようなウロコに覆われています。

仮説2.サメ類の体型や動きがこすり付けに向いている

サメ類の体は比較的長く、尾鰭をしなやかに、しかしゆっくりと一定のリズムで動かすため、同種の硬骨魚よりも擦り付けやすい可能性も指摘されています。

さらに、擦り付けられる際にサメはほとんど何の反応も示さなかったのに対し、同種の魚は接触を避けるように動くことがありました。

こうした行動の違いも、サメの方が多く利用される要因かもしれません。

仮説3.同種の魚だと寄生虫を移し合うリスクがある。

サメが擦り付けられても避けようとしない理由が、寄生虫を自分に移されるリスクに関係しているかもしれません。

たしかにサメ類の体表面にも寄生虫が付くことはあります。

ニシオンデンザメの眼からコペポーダと呼ばれる甲殻類が飛び出ている話は有名ですし、僕自身もシュモクザメ類の頭やシロザメの側面にくっついているカイアシ類を見たことがあります。

シュモクザメ類の頭についていた寄生虫
シロザメの体表面についていた寄生虫

しかし、多くの寄生虫が特定の種やグループにしか寄生できなかったり、仮に寄生自体はできても繁殖できなかったりします。こうした特性を「宿主特異性」と言います。

ここからは僕の推測も混じりますが、マグロなどの硬骨魚の体表面につく寄生虫がサメの体表面にくっつくことができないなら、サメに擦り付けて取り除く方が合理的であり、サメ類も悪影響を受けないから避けようとしないという可能性はあると思います。

マグロはサメに食べられないのか?

サメにこすり付けるメリットは今紹介した通りですが、そんなことをしてサメに食べられないのか気になる人は多いと思います。

実際に今回撮影されたヨシキリザメやアオザメの胃からマグロ類が見つかることもあり、こすり付けられるほど近づけば捕食されるリスクはあるはずです。

ヨシキリザメ
アオザメの写真
アオザメ。

研究チームはこの点について、「擦り付ける側の魚の大きさが関係している」と推測しています。

こすりつけ行動が見られた魚種について、サメ類に多くこすり付けていたキハダマグロとミナミマグロの平均サイズ(尾叉長)はそれぞれ131㎝、70.1㎝と大型でした。

一方で、一度もサメに擦り付けなかったカツオの平均サイズは40.3㎝でした。 

サメ類の食性について、「人喰いザメ」という偏見や、オットセイに勢いよく噛みつくホホジロザメを紹介するテレビ番組などの影響で、大きな動物の肉を噛み千切って食べるイメージがあると思いますが、実際にはほとんどのサメがもっと小さな動物を食べています。

過去に行われた複数の研究を参照すると、ホシザメ類やツノザメ類を対象にした研究では、胃内容物の大部分が全長の20%以下の大きさの生き物だったことが分かっており、沿岸性のメジロザメ類複数種を対象にした研究では、体の36%より大きい獲物は飲み込めないということが示唆されています。

ヨシキリザメやアオザメならもう少し大きな動物も噛み千切って捕食しそうな気がしますが、体がある一定以上大きければ、サメに襲われる確率が下がるのは間違いないでしょう。

今回の研究で、映像に映っているサメの大きさまでは示されていませんでしたが、ヨシキリザメやアオザメの平均的なサイズ(論文ではそれぞれ275cm、250cmと記載)をもとに考えてみると、キハダマグロやミナミマグロはサメ類の20~30%を超えるサイズで、カツオは下回っています。

したがって、体が大きいサイズの魚は襲われるリスクが低いからサメにこすりつけるが、小さい魚は捕食されるリスクが高いのでサメにこすりつけないのだと思われます。

今回この研究が話題になった際、サメを道具として使っていることを茶化すような声もありましたが、案外魚たちは命がけでこすり付けているのかもしれません。

人類がまだ知らない生き物同士の相互作用が存在する

研究そのものの紹介は以上ですが、この研究結果から、サメを保全する意義について考えたいと思います。

昨今、サブカル分野での人気や深海魚ブームの影響などによりサメに対して好意的な意識を持つ人が増えたように感じますが、人的被害や漁業被害を理由にサメを忌み嫌ったり、駆除すべき対象と考える人は未だにいます。

僕自身も「サメなんて絶滅しても何の問題もないだろ」などと、哀れな暇人から俗に言うクソコメをもらうことがあります。

そうした意見に対し、生態系サービスの基礎や生物多様性保全の意義を絡めながらサメが絶滅すると何がマズいのかを伝えていくのも大事かもしれませんが、僕はあえてここで「何が起こるか分からないからこそ不用意に滅ぼすべきではない」ということを伝えたいです。

今回、マグロ類が寄生虫対策としてサメ類に体を擦り付けているというのはあくまで仮説ですが、このように一見一方的に食べられるだけに思える種や直接関係しているイメージを持たれない種が、思わぬ相互作用の中で生きていることがあります。

サメがいなくなった場合の悪影響として、「サメが捕食対象としていた生き物が増えすぎることで別の漁業被害が起きる」という例がよく使われますが、今回の研究で示唆された内容が事実なら、外洋性サメ類の減少及び絶滅により、経済価値の高い魚の間で病気が増えてしまうかもしれません。

そうした生き物の繋がりを、僕たち人類はほんのわずかしか理解していません。にもかかわらず、開発や乱獲などでその繋がりを壊しつつあるんです。

いわば、どこを引っこ抜いたら崩壊するのか、誰にも分からない状態でジェンガをしているようなものです。

「人間活動の邪魔をする」や「何の役に立つか分からない」などの理由で安易に種を滅ぼした結果、とんでもないことになる恐れがあります。

「役に立つから保全する」も大事ですが、それと同じくらい「何の役に立つか分からないからこそ保全する」も重要だと思います。

あとがきにかえて:ナゾロジーの記事に関する注意喚起

今回は「サメを利用するマグロ」というテーマで解説をしてきました。

今回の研究結果をもとに、経済価値だけでは単純に測れないサメの役割や価値を、面白さを感じてもらえたら嬉しいです。

最後に注意喚起なのですが、冒頭で紹介したナゾロジーというサイトについて、情報源として利用する際は十分にご注意ください。

日本語の簡単な文章で書かれている、元の論文のURLを貼ってくれているという点は便利に思えますが、話題性を出すために誤解を招く見出しや紹介文を付けることが多く、有識者からは度々問題視されています。

僕もある種メディア側の人間なので、注目を集めるために多少キャッチーにする必要性は理解していますし、正確さと分かりやすさをどう両立するかは常に悩みの種です。そして僕も間違えることはあります。

しかし、ナゾロジーは霊長類の研究を紹介する記事でメディア向けの注意事項を無視するなど、到底擁護できないケースもいくつかあります。

ナゾロジーに対する批判的意見の事例↓

僕が作る動画も含め、「分かりやすく解説しました」系のコンテンツを活用する場合(特に参考文献として用いる場合)、元の論文までしっかり目を通した方が良いと個人的には思います。

参考文献


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