狼男の伝承をはじめ、月には怪しい力があるとされてきました。
英語で「狂っている」や「狂人」を示す単語「lunatic」の「luna」は月という意味ですし、実際には根拠がないそうですが「満月の夜は殺人事件が多い」という都市伝説も有名です。
では、「月によってサメが凶暴化する」と聞いたらどうでしょうか?
サメ映画に出てきそうな設定ですが、現実にサメの襲撃と月の関係性を示唆する論文がつい最近発表されました。
論文のタイトルは『Shark Side of the Moon: Are Shark Attacks Related to Lunar Phase?』。
月の裏側を”Dark side of the Moon”と呼んだりするので、恐らくそれを意識したのだと思いますが、本当にサメ映画の題名みたいですね。
結論から言うと、確かにサメの襲撃と月には関係性があるのですが、「満月にサメが凶暴化する」という単純な話ではないので、英語が読めない方や深堀したい方のためにも、この研究について深掘りしていきます!
解説動画:満月でサメの襲撃が増加?月の光はサメを凶暴化させるのか?【人食いザメ】【危険ザメ】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年4月10日です。
International Shark Attack Fileについて
そもそも、サメの襲撃と月の関係性をどうやって調べるのでしょうか?
ここで重要な役割を果たすのが、International Shark Attack File(ISAF)です。
簡単に紹介すると、フロリダ大学のフロリダ自然史博物館が管理しているシャークアタックのデータベースです。
世界中で起きたサメによる襲撃を調べ、以下のような項目について詳しい記録をまとめています。
- どの種のサメが人を襲ったのか?
- どの地域・海域で起きたのか?
- 襲われた人は助かったのか?死亡したのか?
- いきなり襲われたのか?人間側に原因があったのか?
僕は普段から、
人を襲うサメは全体のほんのわずか
サメで死亡する人より他の動物や交通事故による犠牲者の方が遥かに多い
のような発信をしていますが、こうした主張の重要な根拠の一つがISAFです。
サメが大好きだから感情論でサメを庇っているのではなく、実際のシャークアタックのデータ、さらにサメの生態に関する知識や実際にサメと泳いだ実体験などの根拠のもとに「”人食いザメ”という世間やメディアのイメージは極端で偏っている」と主張しているんです。
これは僕だけでなく多くの専門家や保護活動家と同じだと思います。
なお、このISAFのデータも完璧ではないです。大昔の事故や発展途上国で起きた事故は正確に記録されていないこともありますし、襲ったサメの種を完全に特定できないケースもあります。
現状僕たちがアクセスできる中では恐らく最も信頼できるソースですが、曖昧なものが含まれていることは理解しておいて下さい。
月が明るい時は襲撃が多い
冒頭でタイトルを出した『Shark Side of the Moon』では、このISAFのデータを使い、シャークアタックと月の関係が調べられました。
サメの襲撃については、ISAFに記録された1970〜2016年に北米、オーストラリア、アフリカ、太平洋の島々で起きたunprovoked attackと確認された事例が使われました。
端的に言えば、”いきなりサメが襲ってきた!”というケースです。「unprovoked」は「誘発されていない」を意味し、追いかけたり釣り上げたりして人間側がサメの攻撃を引き起こしていないことを意味します。
また、サメの種はホホジロザメ、イタチザメ、オオメジロザメの3種に絞られました。
これは、この3種がシャークアタックのほとんどを占めており、別種による攻撃とされるものには種の特定ができていない事例が多いためです。
こうしたシャークアタックのデータをアメリカ海軍天文台(USNO)が所有する月の照度、つまり明るさのデータと合わせて、統計的な分析が行われました。
ざっくりとした分析方法は以下の通りです。
- 「もしサメの襲撃と月の照度が関係なかった場合、サメの襲撃件数はこれくらいになるはず」という期待値のようなものを算出。
- 月の照度が高い時と低い時で、実際の件数と期待値でどれくらい差があるのか比較。
この説明で問題ないと思いますが、より正確に、かつ詳しく知りたいという方は統概要欄にリンクを貼った実際の論文を読んでみて下さい・・・。
では、実際にデータを分析した結果はどうなったのか?
襲撃件数と月の照度の関係性を見てみると、期待値より大きい(サメの襲撃が多い)データは月の照度が50%以上の時期に集中していました。
反対に、期待値より小さい(サメの襲撃が少ない)データは月の照度が40%以下の時期に集中し、それぞれ綺麗に分けられました。
より細かく言えば、月の照度が61~70%の時に襲撃が最も多く、0~20%の時に最も襲撃が少ないという結果でした。
そのため、満月でサメが凶暴化したり明るければ明るいほど危ないというわけではないですが、データから見られる傾向として「月が明るい時期はサメの攻撃が多く発生し、逆に暗い時期は少なくなる」ということが統計的に示されたことになります。
相関関係は示されたが因果関係は不明
サメの襲撃と月の照度に関係がありそうというのは分かりましたが、この結果だけ見て「サメが月の光で凶暴化している」と言えるのでしょうか?
こういう話を考えるうえで重要なのは、相関関係と因果関係の違いを理解することです(一旦サメから話が逸れますが、大事なことなのでお付き合いください。)。
例えば、ある地域におけるアイスの売上推移を示したデータがあったとします。そのデータに、水難事故などで溺れ死んでしまう人数の推移を示すデータを重ね、以下のような傾向が見られたと仮定しましょう(テキトーに作ったグラフなので細かいツッコミはなしで笑)。
上記のような結果が得られた場合、「アイスの売上と溺死する人数は相関関係にある」と言えます。
一方で、因果関係は、相関関係があるだけでなく二つの事象が原因と結果の関係にあることを指します。
先ほどのアイスの例で言えば「アイスの売上が伸びたことにより溺死者数が増える」または「アイスを食べると溺死しやすくなる」というのが因果関係です。
もちろん、アイスと溺れ死ぬことに因果関係はありません。この場合、以下のように考えるのが妥当です。
つまり、「アイスの売上と溺死者数の間には相関関係はあるが因果関係はない」と言えます。
ちなみに、「気温が高いとアイスの売上が伸びる」という相関関係の場合、気温上昇(原因)⇒冷たいものに対する需要が高まる(結果)という関係性のため、因果関係も成立することになります。
今回紹介したサメの襲撃と月の明るさの関係で言えば、相関関係があることは統計的に示されましたが、これら二つの因果関係ははっきりしていません。
単純に考えると、「月明りがある方がサメにとって獲物を見つけやすいので活発になり人も多く襲われる」のような結論が出てきそうですが、ほとんどのサメの襲撃は日中に発生しています。したがって、月の明るさと相関関係があったとしても因果関係があるとは考えにくいです。
もし、月とサメをつなげるメカニズムがあるとすれば、月による地磁気への影響や月の引力によって引き起こされる潮の満ち引きの方が可能性として考えられます。ただ、いずれについてもサメの行動との関連はハッキリしていません。
詳しく調べたわけではないので僕の思い付きですが、「月の照度が高い時期は引力の関係でイイ感じの波が起きる⇒イイ感じの波が起こるとサーファーがたくさん海に入る⇒水に入る人間の数が増えるのでサメとの遭遇確率が上がる⇒襲われる人が増える」のようなことが起きている可能性もあります。
「満月で凶暴化」の単純思考は陰謀論への入り口
以上のような説明をすると、よくこんなご意見をいただきます。
結局何が言いたいのか分からないし、ハッキリしないことばかり言われてつまらない。結局月でサメは凶暴化するのかしないのかどっちだ?
気持ちは分かりますが、こういう感想を今あなたが抱いているなら気をつける必要があります。
何故なら、因果関係が証明されていない事象を組み合わせてそれっぽく見せかけることは、ニセ科学やスピリチュアル、陰謀論の常套手段だからです。
例えば、一瓶5万円の高級サプリが「このサプリを飲んだ人の80%以上が2カ月以内に体重5㎏減したという実験結果が得られています!」と宣伝されていたとします。この時、「それは凄い!今すぐ買おう!」の前に、以下のようなツッコミをいれるべきです。
その実験、食事メニューや運動量を統一した人たちで検証しましたか?実験中に測った体重数値など、サプリと関係ないことが被験者たちの生活習慣に影響した可能性は考慮されていますか?偽薬を与えた対象群を用意してプラシーボ効果でないことは確かめましたか?
サプリの接種後に体重が減少したとしても、「実験期間中にいつもより頻繁に体重を測定したことが被験者の心理に影響して生活習慣が変わって痩せた」という可能性もあります。本当に因果関係を証明するには「飲んだ後に痩せた」というだけでは不十分です。
しかし、ニセ科学を商売にする人は、多くの人がそこまで考えないことを見越してゴミのような商品を高額で販売します。
今回のような研究のニュースを聞いて「サメは満月を見ると凶暴化する!」のような結論に飛びつき、「相関関係は示されたが因果関係ははっきりしない」という複雑な話題から遠ざかる人は、カモや信者の候補かもしれません。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、一見無害に見える都市伝説やスピリチュアルをきっかけに、反ワクチンなどの有害な陰謀論にハマってしまうケースがあります。
ニセ科学・スピリチュアル・陰謀論は一つの理屈や物語でつながっていることも多く、”掛け持ち”みたいな人もよく見かけます。
有名な例としては、東洋思想(スピリチュアル)に傾倒していたスティーブ・ジョブズが極端な菜食主義や現代医学療法の拒絶(ニセ科学)によって癌の進行を許してしまったケースがあります。
また、近年では”癒し”などを掲げるインフルエンサー(スピリチュアル)が、Qアノン(陰謀論)に肯定的な内容をネットに書き込んでいることも確認されています。
“ディープステイト(影の政府や闇の政府とも呼ばれる)が世界を裏から牛耳っている”と主張するネット掲示板発祥の陰謀論です。「トランプ大統領はディープステイトと戦う救世主」や「民主党の政治家は悪魔崇拝を行う小児性愛者」などの荒唐無稽な論を発信し、反ワクチン運動や暴力事件などで実害をもたらすこともあります。
こうした事情を踏まえて考えると、“メガロドン生存説”などに代表される「賢くはないけど害はない」という類の生き物都市伝説が、危険な陰謀論の入り口になる可能性は十分にあります。
特に、今回テーマになった「月」は元々都市伝説でかなりメジャーなトピックであり、「引力」や「電磁場」などの単語を使ってニセ科学につなげることもできるので、メガマウス地震前兆説のように根拠がボロボロな割に人気のサメ都市伝説が新たに誕生しないか少し心配です・・・。
あくまで要因候補の一つとして考えるべき
陰謀論の話が長くなってしまったので元の論文に話を戻します。
調査を行った研究者たちも、「月の照度がシャークアタックを引き起こす」と断定しているわけではありません。
結論部ではこのように述べられています。
The relationship we have reported here may not be causative, and as such we are not necessarily recommending that there are any immediate risk management benefits to our findings. (中略) However, the results here strongly support the idea that moon phase does play a role in overall risk of shark attack, and if future studies are able to consider local and regional environmental conditions along with lunar illumination, both understating shark attacks and forecasting risk may improve.
『Shark Side of the Moon: Are Shark Attacks Related to Lunar Phase?』のConclusion部分より引用
ざっくりと意訳すれば、以下のようにまとめられます。
- 月との関係性がシャークアタックの直接要因ではないかもしれず、リスクマネジメントにおいてすぐに役立つとは限らない。
- ただ、要因の一つとして作用することを強く示す結果は出ている。
- 地域的な環境要因と合わせて研究することで、より深くシャークアタックを理解し、予測精度を上げることにつながるかもしれない。
今回示された月とサメの関係については、「シャークアタックに関わる様々な要因の一つかもしれない」程度の温度感でいいと思います。
月はサメの行動に影響を及ぼすのか?それともこれは単なる偶然なのか?
まだハッキリとは分かりませんが、こうした研究を積み重ねが、サメたちと適切な距離感で共存することにつながるかもしれません・・・。
参考文献
- Lindsay A. French, Stephen R. Midway, David H. Evans, and George H. Burgess 『Shark Side of the Moon: Are Shark Attacks Related to Lunar Phase?』2021年(2022年4月6日閲覧)
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