今回は潮干狩り、釣り、そして水産業において厄介者扱いされている、ナルトビエイがテーマです。
ミニチュアのマンタみたいで、どことなく可愛い見た目をしたエイなのですが、実はアサリなどの重要な水産資源を食い荒らすとして問題視されています。
しかし、そうした問題を報じるニュースの中で、ナルトビエイの面白い生態や駆除の有効性について詳細に論じられることはほとんどありません。
- 果たしてナルトビエイはどんな生物なのか?
- どのような悪影響をもたらすのか?
- 本当に駆除すべき存在なのか?
今回は「海の厄介者」や「漁師の敵」などと紹介されがちなナルトビエイについて、テレビなどでは踏み込むところのない深みまで解説していきます。
解説動画:アサリやカキを食い荒らす海の厄介者?ナルトビエイの食害問題や驚異的な繁殖戦略を解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年10月2日です。
ナルトビエイの特徴
ナルトビエイはトビエイ目トビエイ科マダラトビエイ属に分類されるエイの仲間です。
一般にイメージされるエイの姿(アカエイの仲間)に比べるとマンタに似ているように思えますが、マンタはイトマキエイ科に分類されるので、トビエイの仲間とは少し分類が離れています。
体盤長は76~95cmで、大きなものでは15cm、体重は20㎏に達します。
エイの多くは尾部が長い都合上、サイズを議論する際は全長よりも体盤長を使うことが多いです。
日本近海に生息、および国内の水族館で展示されているトビエイの仲間としては、トビエイ、ウシバナトビエイ、マダラトビエイなどが有名です。
慣れていないと見分けが難しいと思いますが、ナルトビエイは以下のような特徴で、上記3種と見分けることができます。
【ナルトビエイと他のトビエイの見分け方】
- 吻の部分が三角形に尖り気味である(トビエイやウシバナトビエイは尖らない)
- 背ビレが腹ビレの真上に近い場所に位置している(トビエイの背ビレはもう少し後ろ)
- 背中に白い斑点模様がない(マダラトビエイは背中に白い斑点がある)
ナルトビエイは新種?
そんなナルトビエイですが、実は2013年までLongheaded eagle ray(Aetobatus flagellum)というエイと同一の種だと思われてきました。
そのため、古い図鑑ではナルトビエイの学名を「Aetobatus flagellum」と表記し、インド、ペルシャ湾などを含む幅広い海域に分布すると紹介されている場合もあります。
しかし、最近の研究によって日本近海に生息しているナルトビエイは別種であるとされ、「Aetobatus narutobiei」という学名がつけられました。
日本以外にも生息していますが、東アジアに限定的に分布するエイだとされています。
補足:本サイトで使用しているナルトビエイの写真について
本ページではサンシャイン水族館で「ナルトビエイ」として展示されているエイを「Aetobatus narutobiei」として紹介していますが、Longheaded eagle rayとナルトビエイの見分けは難しく、このエイがLongheaded eagle ray(Aetobatus flagellum)である可能性もあります。
何卒ご了承ください。
ナルトビエイの食性
後半に解説する問題にも関係するので、ナルトビエイの食性を紹介しておきます。
ナルトビエイの主な獲物は貝の仲間です。
嗅覚等を使って砂の中に隠れた二枚貝などを見つけたナルトビエイは、吻を使って砂から貝を掘り起こし、捕まえた貝を噛み砕いて中身を食べます。
ナルトビエイを含むトビエイの仲間は洗濯板のように並んだ独特の歯を持っており、硬い貝殻でもばりばり砕くことができます。
ちなみに、砕いた貝殻はそのまま綺麗に吐き出しているようで、胃の中からは基本的に貝の中身だけ見つかります。なかなか器用ですね。
胚休眠という繁殖戦略
ナルトビエイは胎生のエイです。つまり、卵に包まれた状態ではなく、小さなナルトビエイを出産します。
母胎内で赤ちゃんは卵黄の栄養を吸収するのですが、その後は子宮内に分泌されるミルクのような栄養液も使い、親のミニチュアにまで成長します。
妊娠期間は約1年、一度に産む数は平均3尾ほど。生まれた子供が成熟するまでの期間はオスとメスでかなり異なり、メスは6年、オスは3.5年ほどとされています。
そんなナルトビエイですが、長崎大学の山口教授らによって行われた近年の研究により面白いことが分かりました。
それが、胚休眠という繫殖戦略です。
つまり、母胎内の胚は約一年におよぶ妊娠期間中のほとんどを休眠して過ごしていることが確認されたんです。
ナルトビエイは一年に一回ペース(8~9月ごろ)に交尾をするのですが、受精後の胚はしばらくの間ほとんど成長しません。そして、およそ9.5カ月間にわたる長い休眠が終わったあと急激に成長します。
研究によれば、たった2.5カ月の間に元々の受精卵の346倍(重さベース)も成長していることが確認され、胎生のエイでは現状最大の成長率でした。
この胚休眠という独特の繁殖方法により、ナルトビエイは交尾、妊娠、出産など繁殖における重要イベント全てを水温が高い夏の時期に行うことができます。
これは、資源が少なくエネルギーを消費しやすい冬の時期に行うよりも、エネルギー効率や死亡リスク低減という点で有利にはたらくと考えられます。
ナルトビエイの食害問題
ここまでナルトビエイの生態を簡単に紹介してきましたが、ここからはナルトビエイを取り巻く問題を深堀していきます。
それがナルトビエイの食害問題です。
本来熱帯海域に生息しているナルトビエイが地球温暖化の影響で北上し、有明海や瀬戸内海などの一部地域で食害を起こしているとして問題視されています。
ナルトビエイの主食は貝類であるため、アサリやカキなど重要な漁業資源を食べてしまい、水産業に深刻な影響をもたらしていると言われています。
さらに、ナルトビエイは臭くなるのが早いため食用利用が難しく、尾部に毒針があるため、混獲された場合も厄介者扱いされているようです。
こうした事情から、2001年以降毎年ナルトビエイの駆除が行われ、多い年では520トンものナルトビエイが捕獲されました。
ナルトビエイは駆除するべきか?効果はあるのか?
ここまでがナルトビエイの食害問題の概要です。
テレビ番組や一般向けのメディアではここで話が終わるか、駆除で捕獲したナルトビエイをいかに有効活用するかという取り組みが紹介されたりします。
しかし、今回はあえて「ナルトビエイをこのまま駆除していいのか?」「ナルトビエイの駆除にどこまで効果があるのか?」という問題を考えたいと思います。
ナルトビエイはここ最近増えたのか?
「ナルトビエイ」の食害に関するニュースを見ると、「10年前くらいから増えてきた」「ここ5~6年でカキの食害が出ている」などの話が紹介されており、軽く調べるだけだと最近になって増加または北上してきたような印象を受けます。
しかし、実はナルトビエイは1989年時点で長崎県で確認されており、90年代には有明海、瀬戸内海、日本海などでも記録されています。
ナルトビエイを含むサメ・エイの仲間については情報不足なことは否めませんが、恐らく食害が問題視されるよりも前から摂餌・繁殖のために有明海等を定期的に訪れていたと思われます。
ナルトビエイは絶滅危惧種?
ここ20年余りの継続的な駆除によって、ナルトビエイの個体数自体は減少した可能性が非常に高いです。
海の生物の個体数を正確に知ることは不可能ですが、毎年の漁獲量の推移、そして捕獲される個体を調べることによって推測することは可能です。
ナルトビエイ捕獲数の年間推移を見てみると、2007年ごろにピークを迎えた後は減少傾向になり、2012年には2万トンにまで減少、その後は横ばいになっています。
また、Catch per Unit Effort(CPUE、1網当たりの漁獲量)を見てみると、全体数と同様の減少傾向が確認できます。
さらに、有明海で駆除されたナルトビエイを調べた結果、明らかに小型化の傾向が見られました。
こうした駆除の影響に加え、中国など日本以外でも個体数減少の懸念があることから、ICUNレッドリストは2019年の評価にて、ナルトビエイの絶滅リスクをVU(危急種)としています。
ENやCRと比べればまだ絶滅リスクが低いという評価ではありますが、先ほど紹介した通りナルトビエイは成熟まで時間がかかり、一度の繁殖で産む数も多くはありません。
このまま彼らの個体数や再生産を考えずに駆除していけば、東アジア特産の希少で面白い生態を持つエイが絶滅してしまう危険性も十分にあると思います。
ナルトビエイを駆除してもアサリは増えない?
ナルトビエイの個体数が減っているとしても、「漁業者のことを考えれば駆除は仕方がない」と考える人もいるかもしれません。
しかし、その駆除に意味がないとしたらどうでしょうか?
ナルトビエイは複数種の貝を食べますが、ここでは身近なアサリを例に議論していきます。
先程紹介したナルトビエイの繁殖について論文発表した研究者の一人である長崎大学の山口敦子教授は、「ナルトビエイの個体数が減少しているにもかかわらず、貝の数は増えていない」と指摘しています。
そもそも、ナルトビエイの食害が問題視されるより前の1970~80年代には、有明海を含めた日本各地でアサリの資源が急速に減少していました。
日本全国のアサリ漁獲量推移を見てみると、1983年に約16万トン程漁獲されていましたが、87年には10万トンを割り、94年には5万トンにまで落ち込んでいます。
また、ナルトビエイの食害がよく問題視されている有明海と瀬戸内海についても、同じくらいの時期に漁獲量が大幅に減少しています。
ナルトビエイはもっと前からいたという話をしましたが、いくらなんでもエイだけでここまで急激かつ大幅な減少をするとは思えませんし、もしエイが主要な要因ならもっと前から食害が話題になっていたはずです。
日本のアサリはすでに危機的状況
では、何故アサリは減ってしまったのか?
考えられる理由としては、埋め立て・干拓・海岸工事などによる生息地の減少、排水等による水質汚染、酸素濃度の低下、赤潮の発生、乱獲や密漁などが挙げられます。
地域によって違っていたり、原因が分かっていない、あるいは複合的な要因が重なっている場合もあると思います。
ただ、確信を持って言えるのは、日本のアサリ資源は危機的な状況にあるということです。
これに関連して思い出してほしいのが、今年2022年の初めごろに報道され話題になった熊本県のアサリの産地偽装です。
中国から輸入したアサリを熊本の海岸にばらまき、再回収することで「熊本産」だと偽ったことが問題視され、さらに産地偽装が常態化していると厳しい批判にさらされました。
このニュースに対し「消費者を裏切る行為だ!」などの怒りの声も上がりましたが、そもそも日本のアサリ資源が激減しているので、国産のアサリだけで消費者の需要を満たすのは不可能であり、輸入品に頼るか価格を上げるしかないというところまできているんです。
東京海洋大学の准教授であり漁業の問題に詳しい勝川俊雄氏は、以下のようなコメントをしています。
“国産の良質な水産物をお手頃価格で安定供給していくのは難しい”
“現在の日本の食材の価格は不当に安く設定されていて、結果として、資源の減少、生産者の減少を招き、日本の水産業が瓦解しつつあります。”
“産地偽装を無くすと量販店にはほぼ中国産のアサリしかなくなるでしょう。国産アサリはあったとしても価格が上がります。”
勝川俊雄『アサリの産地偽装はなぜ繰り返されるのか? ~みんなが幸せになる産地偽装のカラクリ~』より引用
産地偽装を肯定するわけではありませんが、日本の水産資源がいかに危機的状況かを知りもせず、イメージに基づいた国産嗜好で安いアサリを求め続けた消費者にも、この問題の原因はあると思います。
エイを駆除するだけでは根本的な解決にならない
話をナルトビエイに戻しますが、現状僕が調べたデータや時系列を元に考えると、ナルトビエイの食害以前にアサリの資源量はすでに他の要因で激減していたことが分かります。
そのため、エイの食害は世間で言われているほど重大な影響はないか、元々危機的だったものに多少追い打ちをかけているだけの可能性があります。
ナルトビエイの対策全てが無意味とは決して言いませんが、他の要因にも目を向けて環境改善・資源管理に取り組まない場合、希少なエイを絶滅に追い込んだ挙句に水産資源も回復しないという、誰も幸せにならない事態になってしまうかもしれません。
厄介者として紹介されがちなナルトビエイも生物多様性の一部であり、彼らが繁栄できるような豊かな環境こそ、アサリなどの重要な水産資源も育んでくれるはずです。
この記事をきっかけに、一般に出回っているのとは違ったナルトビエイの側面、そしてその周囲にある様々な問題について、少しでも考えていただければいいなと思います。
参考文献&関連書籍
- Atsuko Yamaguchi, Keisuke Furumitsu, Jennifer Wyffels『Reproductive Biology and Embryonic Diapause as a Survival Strategy for the East Asian Endemic Eagle Ray Aetobatus narutobiei』2021年
- IUCN Redlist『Naru Eagle Ray』(2022年10月5日閲覧)
- 勝川俊雄『アサリの産地偽装はなぜ繰り返されるのか? ~みんなが幸せになる産地偽装のカラクリ~』2022年(2022年10月5日閲覧)
- 環境省『有明海・八代海等の環境等変化(生物)』(2022年10月5日閲覧)
- 環境省(中央環境審議会水環境部会 瀬戸内海環境保全小委員会(第10回)議事録)『漁獲量の推移及び変化の要因に係るこれまでの知見について』(2022年10月5日閲覧)
- 京都府立海洋センター『アサリの減耗要因と対策 ―アサリの資源回復と有効利用を目指して―』2009年(2022年10月5日閲覧)
- 福岡県, 佐賀県, 長崎県, 熊本県, 農林水産省農村振興局・水産庁『二枚貝類等生息環境調査(ナルトビエイによる二枚貝類への影響)』2020年(2022年10月5日閲覧)
- 山口敦子『有明海および八代海の魚類について~これまでに実施してきた調査研究をもとに~』2020年(2022年10月5日閲覧)
- 吉田幹英, 金澤孝弘『有明海福岡県海域におけるナルトビエイの駆除状況』2009年(2022年10月5日閲覧 現在はリンク切れ)
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