サメといえば未だに「凶暴な人食いザメ」という偏見が強いですが、そもそも映画『ジョーズ』のようにサメが何度も人を襲うような事件は過去にあったのでしょうか?
実はかつて、約2週間という短期間で5人がサメに襲われ、死亡4人・重傷1人というサメ版の三毛別羆事件のような獣害事件がアメリカで発生しました。
今回は『ジョーズ』のモデルになったとされる、ニュージャージーサメ襲撃事件(Jersey Shore shark attacks)を解説していきます。
解説動画:ジョーズのモデル?実際に起きたサメによる連続獣害事件【ニュージャージーサメ襲撃事件】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2020年5月20日です。
事件の概要
事件が起きたのは1916年のアメリカニュージャージー州です。夏の暑い日が続き、ほかの州の人々も海沿いのリゾート地に押し寄せていました。
7月1日:犠牲者①チャールズ・ヴァンサント
最初の事件が起きたのは7月1日ヘイヴンビーチという場所です。犠牲者は犬と一緒に遊んでいたチャールズ・ヴァンサントという20代の男性でした。
ヴァンサントさんはビーチから海に入って泳いでいた時、サメに足を噛まれてしまいます。
叫び声を聞いた人たちは犬に向かって声をかけていると思いましたが、すぐに異変に気付いた二人のライフガードが救出に向かいました。
ヴァンサントさんはライフガードに助け出されましたが、左太腿の肉をえぐり取られ大量出血しており、病院に運ばれるよりも前に担ぎ込まれたホテルで亡くなりました。
これが米国東海岸で記録された最初のシャークアタックでした。
しかし、この襲撃がサメによるものか当時人々の間で意見は割れていて、新聞では「魚に殺された」と表現をぼかす記事もありました。また、科学者の中にはサメの襲撃である可能性は非常に低いと強調する人もいたそうです。
現代でこんな事件が起きたらむしろ証拠もなしに「サメに襲われた!」と決めつける人が多い気がしますが、当時は「サメが人を襲う」というのは異例の事態であり、しかも海水浴場にわざわざ来るというイメージがなかったので、一般人の間でもそこまで騒ぎになっていなかったそうです。
そんな事情もあってか、ニュージャージー州のビーチはその後も特に閉鎖や対策がされることはなく普通に開かれていました。しかし、ここで第2の事件が起きてしまいます。
7月6日:犠牲者②チャールズ・ブルーデン
第二の襲撃は7月6日、最初の事件があったヘイヴンビーチから約72キロほど北に離れたスプリングレイクの海岸で発生しました。
犠牲者はホテル従業員のチャールズ・ブルーデンという方で、休憩時間中に海で泳ごうとビーチに向かいました。
ブルーデンさんは岸から120mほど離れて泳いでいるところをサメに襲われてしまいます。あたりに叫び声が響いて水が真っ赤に染まったそうです・・。
ライフガードがボートを出して急いで救出に向かい、水面に浮かんでいるブルーデンさんを引き上げますが、彼の両足は膝から下が噛みちぎられていました。ブルーデンは岸にたどり着く前に出血多量で亡くなってしまいます。
第一の襲撃と異なり、今回は新聞がより大きく派手に取り上げ、サメの襲撃が一気に話題になりました。
センセーショナルに報道されたこともあって、ニュージャージー州は観光客が激減し観光産業が大きな経済的な損失を被ることになってしまいます。
7月8日:科学者の記者会見
第二の襲撃を受け、科学者による記者会見が開かれました。
出席した3人の科学者はサメが人を襲うこと自体驚くべきことであり、第3の襲撃が起こることはないだろうと述べながらも、岸に近いところで泳ぐことやビーチにネットを設置して警戒することを推奨しました。
当時海水浴客がサメに襲われるような事態は前代未聞でしたし、後述する通りサメが人を襲うこと自体は現代でも稀だとされているので、当時の科学者たちの発表は恐らくまっとうなものだったと思います。
しかし、事実は小説より奇なりで、今回は更なる事件が起きてしまいます。しかも今回の現場は海ではなく川でした。
7月12日:犠牲者③レスター・スティルウェル
7月12日、第二の襲撃現場からさらに42㎞ほど北のマタワン川で地元の子供たちが遊んでいました。
泳いで遊んでいた彼らは黒っぽい板みたいなものを見つけます。最初は古い木の板が浮いているのかと思いましたが、すぐにそれがサメの第一背鰭だと分かりました。
少年たちは急いで川から上がりますが、この時にレスター・スティルウェルという11歳の少年が川の中に引きずり込まれてしまいます。
7月12日:犠牲者④ワトソン・フィッシャー
別の子供たちが街に大人たちを呼びに行き、大人たちは川でレスター少年を捜索しました。
この時、少年を探していたうちの一人であるワトソン・フィッシャーという青年がサメに足を噛まれて重傷を負ってしまいます。
フィッシャーは助け出され病院に連れていかれますが、出血がひどくて亡くなってしまいました。
7月12日:犠牲者⑤ジョゼフ・ダン
さらにフィッシャーが襲われてから約30分後、先ほどの襲撃を知らずに別の場所で泳いでいたジョゼフ・ダンという少年がサメに襲われます。
彼は左足を噛まれてしまいますが、別の少年たちに助け出され一命はとりとめました。
ここまで襲撃が続いたので、マタワン川やその周辺はパニック状態になります。
ビーチは閉鎖され、漁師たちは小さいのも含めてとにかくサメを捕まえ、マタワン川に発砲したりダイナマイトを投げ込む人もいました。
今の基準で考えれば、こうした行為はいたずらに海や川の生態系を破壊しているだけに思えますが、それだけのパニックだったということでしょう。
7月14日:人食いザメを捕獲?
マタワン川の悲劇からそれから2日後の7月14日、剥製製作者のマイケル・シュレイサーがマタワン川近くの海で2.3mほどの小型のホホジロザメを捕獲しました。
この小さめのホホジロザメの胃の中から人間の骨が見つかり、「このサメが一連の事件の犯人では?」という疑惑が浮上しました。
結局、「この骨が本当に先の犠牲者たちのものなのか?」や「そもそもこのサメだけが犯人なのか?」等の疑問は解消されず、はっきりしたことは判明しませんでした。
しかし、このサメの捕獲以降は新たな犠牲者が出なかったため、このサメが犯人だったということでニュージャージーサメ襲撃事件は幕を下ろしました。
残された人食いザメの謎
事件の概要の最後で触れた「本当に捕まったホホジロザメが一連の犯人なのか?」という謎は現在も解明されていません。
この謎を考えるうえで注目すべきはマタワン川で起きた襲撃です。
淡水域に入ってくることができるサメは非常に限られており、ホホジロザメは淡水環境に適応できないとされています。
ここでは詳細は省きますが、淡水と海水では浸透圧が大きく異なるため、サメに限らず多くの魚は簡単に行き来することができません。
淡水で生きることができ、なおかつ人を襲うほど大型なサメとしてはオオメジロザメがあげられます。
ホホジロザメ、イタチザメと並ぶ危険なサメとして有名で、ミシシッピ川、ニカラグア湖など淡水域にも現れます。僕も実際に沖縄の河川で幼魚のオオメジロザメを観察しました。
以上の理由から、少なくともマタワン川で人を襲ったのはオオメジロザメだった可能性が高いとされています。
ただし、オオメジロザメ以外のサメが川に入ってくることが全くないわけではありません。
川の塩類濃度や水温が海に近い状態であれば他のサメが川に来る可能性もありますし、外洋性のヨシキリザメが河川に現れたこともあります(かなり弱っていたようですが)。こうした事情を考えると、オオメジロザメと断定するには証拠不足です。
さらに謎を付け加えるのであれば、そもそも一尾のサメが執拗に人間を狙うのかが疑問です。
たしかに三毛別のヒグマやチャンパーワットのトラなど、同一個体が人間を連続して襲った事例はありましたが、サメでこうしたことが起きるのか?起きるとすれば原因は何か?まだよく分かっていません。
事件が昔であることもあり真相を確かめるのは難しいですが、「押し寄せた数多くの観光客や海洋環境の変化など、何かしらの要因がいくつか重なった結果、複数の大型サメ類がたまたま連続して人を襲った」というのが真実に近い気がします。
「人食いザメ」というイメージ
このニュージャージーサメ襲撃事件をきっかけに、それまで一般人の間では怖いというよりよく分からない魚であったサメが恐怖の対象になり、やがて小説『ジョーズ』およびそれを原作とした映画が作られたと言われています。
『ジョーズ』原作者のピーター・ベンチュリーがどれくらいこの事件を参考にしたかは分かりませんが、小説・映画両方の中でこのニュージャージーの事件について触れられています。
また、「平和な街でサメに人が食べられる⇒サメの存在が否定されビーチが閉鎖されない⇒第二の犠牲者が出る⇒サメを仕留める」という一連の流れは、『ジョーズ』やそれに続くサメ映画の一つのテンプレになっています。
サメ映画の元祖『ジョーズ』とは別に、今回紹介したニュージャージーサメ襲撃事件により近いストーリーを展開するテレビ映画『ジョーズ 恐怖の12日間』という作品もあります。
事件が起きたのはかなり前ですが、その約70年後にそれをもとにした映画が大ヒットしたこともあり、後の世代の人々もサメ全体を人食いマシーンと見なすようになってしまいました。
ただ、ここで最後にお伝えしたいのは、すべてのサメを人食いモンスター扱いするのは極端だということです。
サメは全部で500種類以上が知られていますが、unprovoked attack(人から危害や干渉を受けていないのに発生した攻撃)の危険性があるのは三種、多く見積もっても十数種類です。
さらに言えば、世界における年間の犠牲者数で言えば蚊や犬の方がはるかに危険生物であり、確率論で言えば海でサメに襲われるより海に行く途中の交通事故で亡くなる確率の方が圧倒的に高いです。
もちろんサメに襲われる危険がないとは言いませんが、それはどの野生動物も同じです。クマ、イノシシ、シカ、タヌキ、ハチ、クラゲ・・・。どんな動物もかかわり方を間違えれば、あるいは運が悪いだけで脅威になります。
今回紹介したニュージャージーの出来事は恐ろしい悲劇ですが、こうした事件だけがサメの全てではないということもご理解いただければ幸いです。
参考文献
- National Geographic 『2 weeks, 4 deaths, and the start of America’s fear of sharks』2019年(2022年4月1日閲覧)
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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