2024年9月23日、動物分類学の学術誌zootaxa に、これまでウチワシュモクザメとされてきたサメの中から新種を発見したという論文が掲載されました。
新種にはSphyrna alleniという学名が与えられました。種小名の「alleni」は2018年に亡くなられた実業家ポール・アレン氏に由来しています。
アレン氏はビル・ゲイツ氏と共にマイクロソフトを立ち上げた後に様々な慈善活動を行っており、その中にはサメの研究・保護活動への寄付も含まれていました。
- そんな新種のシュモクザメは一体どんなサメなのか?
- ウチワシュモクザメとの違いとは何か?
今回はシュモクザメの新種というテーマで解説していきます!
解説動画:シュモクザメの新種発見!ウチワシュモクザメとの違いを解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年10月26日です。
【”新種を発見する”とは?】
今回の解説をより深くご理解いただくため、「そもそも新種を発見する」とはどういうことなのか?簡単に説明していきます。
誰も見たことがない生物の発見はレアケース
恐らく「新種発見」という言葉には、インディー・ジョーンズが行くような秘境の最深部や、ドラえもんの道具無しでは探検できないような深海の奥底に行き、誰も見たことがない生物を見つけるような響きがあると思います。
確かに上記のようなイメージに近い新種発見もあります。
その代表例がサメ好きにはお馴染み、メガマウスザメ(Megachasma pelagios)です。
メガマウスザメは1976年11月に米国ハワイ沖で発見されるまで、誰もその姿を観たことがなかった完全に未知のサメ、まさに世紀の大発見でした。
しかし、微生物や昆虫ならまだしも、サメほど大きな動物でこうした発見がなされるのは非常にレアケースです。
実際には、既に知られているサメのグループを細かく記録していく中で、別種に分類した方が良いと言える違いを持つサメが見つかり、分類学者がそれを新種として発表するというケースが多いと思います。
今回の研究はまさにそのパターンで、ウチワシュモクザメという既に知られているサメの標本を詳細に調べた結果、別種として分けるべき特徴を持ったサメがいると判明しました。
新種は論文で発表して初めて認められる
もう一つ付け加えると、新種はただ見つければいいわけではありません。
- 標本を観察してデータを集める。
- そのデータを分析して、どうグループ分けすべきか調べる。
- その結果を論文としてまとめ、学名という唯一無二の名前をつける。
上記の取り組みの末に論文を公表して初めて、その種が学術的に新種と認められることになります(学名についての詳細はコチラ)。
そのため、ここまで世間的なイメージに合わせて「新種発見」という言葉を使ってきましたが、実際には「新種記載」とする方が適切です。
「新種を見つける」とは、文字通りその生物を発見して捕まえればいいのではなく、その生物自体の詳細な分析や既知の生物との比較など、様々なことを調べたうえで学術的な文書にまとめるという、実に大変な取り組みなんです。
“シュモクザメ”の仲間たちについて
今回新種が見つかったシュモクザメ、その中でもウチワシュモクザメとはどんなサメかもおさらいしておきましょう。
シュモクザメは複数種いる
「シュモクザメという頭がハンマー型のサメがいる」ということはサメ初心者の方でもご存知だと思いますが、実は「シュモクザメ」は一種を指す言葉ではありません。
「シュモクザメ」とはメジロザメ目シュモクザメ科に分類される総称です。
「サメ」と呼ばれる動物は9目の大きなグループに分けられています。そのメジロザメ目の中にシュモクザメ科というグループがあり、これがシュモクザメの仲間です。
日本のダイビングや水族館で最も馴染みのあるアカシュモクザメのように「ハンマーヘッド」という名に相応しい種もいますが、実は頭がそこまで左右に張り出していない種や、逆に張り出し過ぎてもはやハンマー型とは言えないような種もいます。
ウチワシュモクザメはどんなサメ?
今回の新種はそのうち、ウチワシュモクザメ(Sphyrna tiburo)という種の中から見つかりました。
ウチワシュモクザメは大きくても全長150cm以下という小型のサメで、最も小さいシュモクザメ類の一種です。
アカシュモクザメなどに比べると頭は左右に張り出しておらず、和名の通り内輪みたいです。英語でもハンマーヘッドではなくボンネットヘッドと呼ばれています。
ウチワシュモクザメは北米~南米大陸沿岸にのみ生息し、日本近海には分布していません。
しかし、サメ類で初めて単為生殖が確認されたサメなので、サメ愛好家ならご存知の方が多いと思います(詳細はコチラ)。
また、同じく世界で初めて動物だけでなく、植物を消化吸収する雑食が確認されたサメでもあります(詳しくはコチラ)。
アメリカでは比較的サンプルが手に入りやすく、サイズが小さくて飼育しやすいため、シュモクザメの中では研究が進んでいるサメだと思います。
新種:Shovelbill shark (Sphyrna alleni sp.nov)
そんなウチワシュモクザメの中に別種に分けるべきサメがいるとして、新種が記載されました。
- 学名:Sphyrna alleni
- 英名:Shovelbill Shark
- 和名:なし
学名の「Sphyrna」はウチワシュモクザメやアカシュモクザメと同じくシュモクザメ属であることを意味します。種小名の「alleni」は先述の通りサメの研究や保全を支援したPaul G. Allen氏への献名です。
2024年10月時点で、僕が知る限りこのサメにはまだ和名が付いていません。
ここで僕が勝手に和名を付けると混乱を生み、分類学者の方に多大な迷惑をかける可能性があるので、ここでは英語名で呼びます。
本記事のコメント欄にも勝手な和名の案を書かないようにお願いします。
今回Shovelbill Shark新種記載のポイントになったウチワシュモクザメとの主な違いは以下の通りです。
- 遺伝子
- 頭の形状
- 脊椎骨数
遺伝子的な違い
もともとウチワシュモクザメには米国ニュー・イングランドから南部ブラジルに生息するSphyrna tiburo tiburo と、米国カリフォルニアからエクアドルに分布するS. tiburo vespertinaの亜種が知られていました。
そして、ミトコンドリアDNAの違いなどから、少なくとも大西洋に分布するウチワシュモクザメは2種に分かれるのではないかとされてきました。
今回、ミトコンドリアシークエンスや核のマイクロサテライトを調べた結果、米国・メキシコ・バハマに分布するウチワシュモクザメと、中米ベリーズ~南米ブラジルにかけて分布するウチワシュモクザメが明確に別種と呼べるほど異なっていることが判明しました。
論文の著者の一人であるデミアン・チャンプマン教授によれば、これらのDNAの違いから、Shovelbill Sharkと他のウチワシュモクザメは350万年~550万年前には分岐して交雑していなかったと推測されるそうです。
頭の形状の違い
Shovelbill Sharkの頭は、頭部前縁が尖っている、頭部後縁が膨らんでいて全体的によりシャベルに近い形状をしており、これらの点で同じ大西洋の北側にいるウチワシュモクザメ、および太平洋側にいる亜種と区別できるとされています。
ただし、個人的にはかなり微妙な違いです。
論文では「noticeable(目立つ、簡単に分かる、明らかな)」という表現が使われていましたが、正直同意しかねます。
なお、ウチワシュモクザメは性的二形でオスとメスで頭の形状が微妙に違うため、それぞれのオスメスの頭を見比べる必要があるという難しさもあります。
脊椎骨数の違い
サメに限らず、脊椎骨数は魚類の重要な分類形質です。
サメの場合は「 precaudal vertebrate count(尾鰭より前の脊椎骨の数)」を数えます。
ベリーズで採取されたShovelbill Sharkの脊椎骨数は80~83個であったのに対し、今回比較対象とされた米国のウチワシュモクザメでは71~74個で、明確な違いが見られました。
他にも歯などに違いが見られますが、主には上記3点が見分けのポイントになります。
とは言っても、唯一外見で分かる頭の形状の違いが微妙なことから、実際に見分けるのは困難だと思います。
日本在住の方だとあまりチャンスはないかもしれませんが、もしウチワシュモクザメを手に入れる機会がある場合、産地を確認したうえで脊椎骨数まで調べた方が良いでしょう。
最後に
今回は「シュモクザメ」の新種というテーマで解説してみました。
今回取り上げたのは見た目で新種と分かりにくいサメでしたが、逆に言えば、まだ論文記載されていない新種が身近にいる可能性もあります。
やはり標本を詳細に記録しておくのは大事ですね。
参考文献
- Cindy Gonzalez, Bautisse Postaire, William Driggers, Susana Caballero, Demian Chapman『Sphyrna alleni sp. nov., a new hammerhead shark (Carcharhiniformes, Sphyrnidae) from the Caribbean and the Southwest Atlantic.』2024年
- Forbes(Melissa Cristina Marquez)『Newly Discovered Hammerhead Shark Named After Philanthropist』2024年
- Yahoo! news(Earle Kimel, Sarasota Herald-Tribune)『Newly discovered hammerhead shark species named for Microsoft co-founder Paul G. Allen』2024年
- 今村央『魚類分類学のすすめ: あなたも新種を見つけてみませんか?』2019年
- 仲谷一宏『サメのおちんちんはふたつ ふしぎなサメの世界』2003年
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