本記事は以下の記事の後半になります。
前回の記事では「ジンベエザメの意外な真実」というテーマで、あまり一般に知られていなさそうなジンベエザメの生態を紹介してきました。
世界最大の魚類でありサメの中では温厚なイメージのあるジンベエザメは世界中で人気であり、水族館でもアイドル的な存在です。
しかし、能登半島地震で被災したのとじま水族館のジンベエザメが死亡したの機に、「そもそもジンベエザメを飼うべきなのか?」と疑問や反発の声を上げる人たちも見受けられました。
後半にあたる本記事では、ジンベエザメ飼育の歴史や現状を紹介した上で、のとじま水族館のジンベエザメ死亡の経緯や、ジンベエザメ飼育の是非について解説してきます。
解説動画:のとじま水族館被災でジンベエザメ死ぬ 水族館でジンベエザメを飼ってもいいのか?
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年2月2日です。
ジンベエザメ水族館飼育の広がり
まずは日本におけるジンベエザメの歴史や現状をおさらいしておきます。
世界で初めてジンベエザメが飼育されたのは、日本の静岡県でした。
1934年、当時の中之島水族館(現在の伊豆・三津シーパラダイス)にて、伊豆の海に縄を張った生け簀で4カ月ほどジンベエザメが飼育されていました。少なくとも近代的なジンベエザメ飼育としては、これが最も古い記録となります。
この中之島水族館の経営者の甥であり従業員でもあった方が、後に沖縄美ら海水族館の初代館長を務める内田詮三先生です。
そして1980年、美ら海水族館の前身である国営沖縄記念公園水族館にて、世界で初めて水槽内のジンベエザメ飼育がおこなわれました。
最初の飼育はわずか10日間で死亡してしまうという残念な結果に終わりましたが、その後70日、630日と飼育日数を伸ばしていき、沖縄美ら海水族館になってから飼育を始めたオス個体は飼育から29年経った今でも記録を更新中、3年前に死亡したメス個体も13年間飼育されていました。
沖縄で始まったジンベエザメ飼育はその後も他の水族館でも実践され、1990年には大阪海遊館で、1995年には旧大分生態水族館マリーンパレス(現在の大分マリーンパレス水族館うみたまご)で飼育が始まりました。
この大分のジンベエザメが、前半記事で紹介した台湾の妊娠個体から産まれた赤ちゃん(通称ジジ君)です。
さらに2000年にはいおワールドかごしま水族館で、2010年には今回被災したのとじま水族館でジンベエザメの展示が始まりました。
この他にも横浜・八景島シーパラダイス、おたる水族館などで飼育した実績がありますが、一時的な展示で終わっています。
のとじま水族館のジンベエザメが死亡してしまった今、ジンベエザメを常設展示しているのは、美ら海、いおワールド、海遊館の3施設だけです。
放流式のジンベエザメ飼育”かごしま式”
複数の施設でジンベエザメの長期展示に成功しているわけですが、このうち終生飼育する前提で飼育しているのは沖縄美ら海水族館だけです。
それ以外の水族館は、ある程度大きくなったらジンベエザメを放流して新しい個体を迎え入れるという方法(通称”かごしま式”)を採用しています。
前回記事で触れた通り、ジンベエザメは全長8m以上で成熟し、最大で10mを超える動物です。
ここまで大きくなるジンベエザメを飼育するにあたり、沖縄美ら海水族館は長さ35m、幅27m、深さ10mの「黒潮の海大水槽」を作りました。
このサイズは「最低でも水槽の短辺がジンベエザメの全長の3倍はないと水槽を回る時に沈んでしまう」という過去の飼育の知見に基くサイズで、最終的には飼育下でジンベエザメを繁殖させたいという目的で設計されています。
しかし、他の園館の大水槽はここまで大きくありません。飼育できるジンベエザメのサイズはせいぜい5m~6mです。
そこで、水族館に近い場所の定置網に入った3~4mの小さな個体を搬入し、大きくなったら元の海に返すという方式で飼育を続けているんです。
のとじま水族館のジンベエザメ死亡の経緯
では、のとじま水族館のジンベエザメを放流したり、別の方法で救い出すことはできなかったのでしょうか?
ここからは、のとじま水族館のジンベエザメが亡くなるまでの経緯を紹介します。
設備への重大な被害
地震が発生した1月1日、ジンベエザメの水槽に海水を送る配管が損傷および循環用のポンプが水没してしまい、夜には水槽内の水位が半分にまで下がってしまいました。
その後の1月6日、職員の方が海水を加えるという方法で対応を続けた結果、水槽の水位を元に戻すことに成功します。
しかし、この時点で濾過装置が停止しており水質が悪化。さらにヒーターも止まってしまったため、通常25℃に保たれていた水温は17℃まで低下していました。
飼い続けるしか選択肢がなかった
ここで考えられる対策は大きく分けて以下の3つです。
- 他の水族館に移動させる
- 海に放流する
- 何とか飼育を続ける
1.について、沖縄美ら海水族館の統括である佐藤圭一先生のリードで協議が始まり、大阪海遊館で受け入れる案も出ていました。
しかし、「水族館まで大型車がたどり着ける道路状況なのか?」や「人命救助もままらない状況で行うべきなのか?」という問題があり断念したそうです。
2について問題だったのが、震災が起きたのが1月ということです。
ジンベエザメは基本的に熱帯や亜熱帯など温かい海を好むサメです。確かに日本海側の海にやってきたり冷たい深海に潜ることもあるとはいえ、耐えられる寒さに限度があります。
佐藤先生によれば、当時の海水温14℃は放流するには低すぎると判断したそうです。
以上の理由から、のとじま水族館には、水質や水温をどうにか改善しながら、移送できるタイミングまで飼い続けるという3つ目の選択肢しか残されていない状況でした。
実際に海水注入を続けて水温も下がらないように調整し、タイミングがくれば他の水族館に輸送するつもりだったようですが、1月9日ごろにオス個体のハチベイが水槽底で死亡しているのが見つかり、翌日10日はメス個体ハクの死亡も確認されました。
水族館でジンベエザメを飼育して良いのか?
今回のジンベエザメ死亡を受けて、沢山のサメ好きや水族館好きを含めた多くの方が哀悼の意を表したり、最後まで飼育に取り組んだ関係者の方に敬意や感謝を示していたと思います。
しかしその一方で、「そもそもジンベエザメを飼育すべきなのか?」という反発の意見が一部から出ています。
今回の震災を機にあげられた批判的な声をいくつか見た上で、取り上げる価値がありそうなものを以下の三つにまとめました。
- 震災時に運べない動物を飼うべきではない
- デジタル水族館で代用できる
- 放流前提で飼うべきではない
ここからは、これらの意見の詳細や僕なりの考えを述べていきます。
震災時に運べない動物を飼うべきではない?
今回被災したのとじま水族館ではジンベエザメ以外にも多数の動物を飼育しており、そのうちコツメカワウソ、ゴマフアザラシ、カマイルカ、ウミガメ類などは他の水族館へ輸送されました。
このように避難させられる動物ならまだしも、いざという時に移動させることができないジンベエザメのような巨大動物は飼育すべきではないという主張です。
これについては、「いざという時」や「移動させられる動物」をどう定義するかで話が変わってくると思います。
たしかに今回はジンベエザメの輸送も放流も困難な状況でした。しかし、もし道路の被害がそこまででもなければ?海水温が高い時期なら?ジンベエザメの救出は十分に可能だったかもしれません。
逆に今回移動ができたアザラシやコツメカワウソなどの動物たちも、飼育施設が崩れ落ちるほどの揺れが起きたり、水族館そのものが津波に飲まれていれば、恐らく助けられなかったでしょう。
「震災が起きた時に避難できる動物なのかどうか」という話は、被害の規模が明らかになった後だから議論できることです。
どれくらいの規模の地震がどこでいつ起きるのか予測できない以上、「震災が起きた時に避難できる動物」を定義することも、どんな震災でも機能する飼育設備を設計することも困難です。
それでも対策すべきという話を突き詰めると「エラ呼吸の動物は飼育禁止」や「そもそも水族館自体を廃止」という極論になってしまうでしょう。
実際この主張をしている人たちの中にはアニマルライツを重視する人々も見られ、ジンベエザメという有名で話題になりやすい動物の死を利用して、最終的には水族館飼育そのものを否定したがっているように感じました。
ジンベエザメ展示はデジタル水族館で十分なのか?
ジンベエザメのような動物は実物を飼育するのではなく、デジタル水族館で展示すべきという意見もあります。
この「デジタル水族館」という言葉には、以下二つの意味があります。
- 既存の水族館で撮影された展示をオンラインライブやVR映像で楽しめるようにしたもの
- 自然環境で撮影された動画やそれをもとにしたCG映像などを展示するもの
今回議論されているのは後者で、実物の生きた動物を展示しない水族館を指します。
恐らく有名なのが「LightAnimal」というものです。壁に生き物の映像を投影するだけでなく、センサーで感じ取った観客の動きに合わせた行動をさせることができます。
水族館でのイルカ・クジラ類の飼育に反対している動物愛護団体やその支持者たちが、ジンベエザメのような動物はデジタル水族館で十分だという反論をしているわけです。
実際のLightAnimalの映像はコチラ↓
このデジタル水族館推進について僕の意見を述べるなら、「水族館は来館者が生き物を見るだけの場所」という、非常に一面的な考えに基づいた主張だと思います。
確かに来館者に生き物を見せることは水族館の役割の一つですし、見られる動物が映像でも満足してしまう人はいると思います。
しかし、長期飼育という取り組みの中で実物の生物を研究することも水族館の重要な役割です。
例えば前半記事で紹介したジンベエザメの成長速度や成熟年齢に関する情報は、水族館で飼育された個体から得られたものです。
妊娠個体が一度しか見つかっておらず赤ちゃんがどのように育つのかも不明なジンベエザメの繁殖を調べるうえで、同じ個体を継続して観察できる水族館という場所の役割は重要です。
さらに、水族館飼育の中で野外調査に必要な技術が生まれることもあります。
沖縄美ら海水族館は水中で使えるエコー検査器具を開発しており、水槽内で実用化されたこのエコーはガラパゴス諸島に集まるジンベエザメ成熟個体の調査にも用いられました。
昨年の12月に開かれた板鰓類研究会シンポジウムでも、研究者が水族館の協力を得て行ったサメの繁殖や細菌に関する研究を発表していたり、研究者の方がエイ類の遺伝子提供を水族館に呼び掛けたりと、水族館の存在がいかに大きいか感じる場面も多くありました。
さらにもう一つ問題を挙げるとすれば、デジタル水族館で実現できるのは人間やAIがデータ収集した既知の情報の中での動物でしかないということです。
デジタル水族館では、モノノケトンガリサカタザメのように展示している生物の中から新種が発見されることもなければ、ウチワシュモクザメの単為生殖のように人類が今までに見たことがない行動が観察されることもありません。
今後デジタル水族館の技術そのものは環境教育に活かすことができるものだと思いますが、「デジタル水族館で代用すれば今の水族館展示は要らない」等と言っている人は、もう少しお勉強したり現場の方の話をよく聞いた方が良いと思います。
ジンベエザメを放流前提で飼っていいのか?
最後に紹介する批判が、「ジンベエザメを放流前提で飼うべきではない」というものです。
これはジンベエザメ飼育や水族館そのものを否定するのではなく、放流に対する批判です。
先に紹介した通り、美ら海以外の水族館はジンベエザメを終生飼育できないため、大きくなったら放流する前提で飼育をしています。
この放流自体が飼育者としての責任放棄であり、昨今捨てられたペットの外来種問題が話題になる中で慣習化してよいものかと疑問に思う方もいるのです。
これについては、正直批判する方の言いたいことはよく分かります。確かに終生飼育しない前提で生き物を飼わないことは、一般的な飼育者倫理に反しています。
ただし、放流を行っている水族館も飼育個体のデータやサンプルを研究者に提供したり、放流する際にタグや記録計をつけるなどしてジンベエザメの調査を行っています。
さらに言えば、各園館が飼育しているジンベエザメは全てその水族館の近海で混獲された個体であり、全く別の場所から連れてきたり見世物目的で購入したものを近海に放しているわけではありません。
以上のようなことを考慮すると、一般人がペットとして飼育している動物を本来の生息地ではない場所に無責任に放つ外来種問題などと、水族館が行っているジンベエザメ放流は分けて考えた方が良いと思います。
この件に関連して個人的に強調したいのは、地域の自然を伝える水族館としての役割です。
ジンベエザメの分布について海外の図鑑やWEBサイトで調べていると、分布を示す地図で日本海側の海に色がついていないことがあります(酷いものでは日本そのものが生息域に含まれていません)。
しかし、何度も触れている通り、のとじま水族館のジンベエザメは石川県近海で捕獲されています。
のとじまのジンベエザメは人目を引く水族館のアイドルというだけでなく、この近海にもジンベエザメが訪れているという地域の海洋生態系を伝える生体標本でもあるんです。
それを考えた時に、放流前提だとしてもジンベエザメを展示したいという地域水族館の方針は尊重に値すると僕は感じます。
水族館否定派の動物愛護団体に存在意義はあるのか?
ここまで、ジンベエザメ飼育への批判に対して反論するような内容を書いてきましたが、僕は動物愛護団体のように水族館飼育に批判的な存在も多少は必要だと考えています。
どことは言いませんが、水族館と呼ばれる施設の中には教育的な解説の少ないものや、”映える”見世物にしているとしか思えないような展示をする所もあります。全ての水族館の全ての展示が全く問題ないとは僕も思いません。
そして、ジンベエザメは現在IUCN RedlistでEN(絶滅危惧)の評価を受けており、世界的に個体数の減少が心配される動物です。したがって、その利用に厳しい目が向けられるのは当然です。
また、ジンベエザメはよくも悪くもアイドル視されやすく注目を集める人気動物なので、「客寄せのために無理にでも飼育しようとしているのではないか?」という批判が生まれやすいのも仕方ないでしょう。
ジンベエザメは水族館のサメ類の中では珍しく、海棲哺乳類同様に個別のニックネームが付けられており、世間的な扱いはイルカやアザラシに近いものを感じます。
哺乳類に近い扱いを受けることは注目してもらいやすいという良い側面がある一方、
- 感情論を招きやすい
- 希少な標本ではなくマスコット扱いされやすい
- 安易な客寄せに利用されかねない
などの問題もはらんでいます。
もし動物愛護団体が水族館に対し、以上のような状況でも研究や環境教育に力を入れるよう促す圧力として機能するのであれば、一定の価値があると言えるでしょう。
逆に言えば、それ以上の大した価値はありませんので、営業妨害などの調子に乗り過ぎた行動は慎み、程よく騒いでもらえれば良いと考えています。
参考文献
- David A. Ebert, Marc Dando, and Sarah Fowler 『Sharks of the World a Complete Guide』2021年
- Florida Museum of Natural History『Rhincodon typus』(2024年2月2日閲覧)
- Yahoo!ニュース(共同通信)『のとじま水族館に支援の手 飼育動物、全国へ緊急避難』2024年(2024年2月4日閲覧)
- 朝日新聞(安藤仙一朗)『八景島シーパラダイスのジンベエザメ死ぬ 昨夏に保護』2019年(2024年2月4日閲覧 現在はリンク切れ)
- いおワールドかごしま水族館『世界最大の魚類・ジンベエザメを展示するためにかごしま水族館が選んだ方法』(2024年2月4日閲覧)
- 内田詮三『沖縄美ら海水族館が日本一になった理由』2012年
- 大阪海遊館『ジンベエザメの調査』2023年(2024年2月4日閲覧)
- 佐藤圭一, 冨田武照, 松本瑠偉『沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか? サメ博士たちの好奇心まみれな毎日』2022年
- 北海道新聞『ジンベエザメ 海へ放流 おたる水族館』2012年(2024年2月4日閲覧)
- 北國新聞『ウミガメも緊急避難 のとじま水族館 福井・越前松島へ』2024年(2024年2月4日閲覧)
- 毎日新聞(野田樹, 菅沼舞)『水位半分、水温低下…地震で「絶望的」 水族館のジンベエザメ救えず』2024年(2024年2月4日閲覧)
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