水温が低くなり、深海生物が浅い水深に現れることも多い年末年始の時期は、深海生物マニアにとって嬉しい深海シーズンです。
実際に新江ノ島水族館、サンシャイン水族館、しながわ水族館、横浜・八景島シーパラダイスなど多数の水族館で深海をテーマにした企画展が実施されています(各企画展の詳細リンクは記事の最後へ)。
そんな深海シーズンで、干支が蛇である2025年、ぜひ紹介したい深海ザメがいます!
ワニグチツノザメです!
注目して欲しいのはこの飛び出る顎!まさに深海生物って感じの見た目ですよね。
初めて名前を聞いた人も多いかもしれませんが、実はこのワニグチツノザメ、世界的にも発見例が非常に少ない、大変珍しいサメなんです。
- ワニグチツノザメはどんなサメなのか?
- ミツクリザメに似ているけど仲間なのか?
- 特徴的な顎と歯で何を食べているのか?
今回はこれらの疑問に答えながら、ワニグチツノザメというサメについて解説していきます。
解説動画:【超激レア】エイリアンみたいに顎が飛び出す深海ザメ!ワニグチツノザメを徹底解説!【実物画像&映像アリ】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2025年1月10日です。
ワニグチツノザメはどんなサメ?
ワニグチツノザメは、ツノザメ目カラスザメ科ワニグチツノザメ属に分類されるサメです。その特徴をまずは見ていきましょう。
ワニグチツノザメの大きさ
ワニグチツノザメの分かりやすい特徴はその顔、具体的にはアゴと歯の形状です。
ワニグチツノザメの吻は短く丸みを帯びていますが、その中に収納されるような形で、逆V字の細長いアゴを持っています。口の中から口が飛び出すエイリアンのようです。
そして歯も特徴的です。世間一般でイメージされるサメの顎には沢山の歯が近い間隔で並んでいますが、ワニグチツノザメの口には非常に細長い歯がかなり間隔を空けて並んでいて、歯の本数は10本もありません。
また、正面の歯が最も長く、やや湾曲しているのも特徴です。
その他の特徴として、
- 体が真っ黒あるいはやや茶色っぽい。
- ヒレの一部には色が入っていない。
- 二つある背鰭の前に棘を持つ。
- お腹側に直径0.1mmほどの発光器を持つ
などが挙げられます。
ワニグチツノザメはの大きさは?
そんなワニグチツノザメは、大きくても全長50㎝程度とされている小型のサメです。
ちなみに僕の手元にある標本は全長約22cmのメスでした。
過去の研究では、ワニグチツノザメのメスは52㎝ほどで成熟するとされているので、このサメは未成熟個体だと思われます。
ワニグチツノザメは英語で毒蛇ザメ?
最初に「干支が蛇である2025年にぜひ紹介したい」と言いましたが、その理由は英名にあります。
ワニグチツノザメの英名はViper shark(またはViper dogfish)です。
「Viper」はハブやマムシなどが含まれるクサリヘビ科の仲間や、毒蛇全般を指す言葉です。つまり、ワニグチツノザメは毒蛇ザメということになります(ちなみにdogfishはツノザメ類全般を指す言葉です)。
和名の「ワニグチ」は恐らく三角形のアゴがクロコダイルを連想させることに由来していると思いますが、確かに歯の形状は毒蛇っぽいですね。
ミツクリザメの仲間ではないのか?
飛び出す顎や細長い歯などの特徴から、
ミツクリザメの仲間じゃないの?
と思う人がいるかもしれません。なのでその点も少し触れておきます。
結論から言えば、ワニグチツノザメはツノザメ目の仲間で、ミツクリザメはネズミザメ目なので、これら2種は非常に離れたグループのサメです。
分類の基本からお話しすると、生物は「界・門・綱・目・科・属・種」という階層にグループ分けされています。
いわば住所みたいなものです。東京都というグループの中に港区・新宿区・千代田区という小さなグループが複数あるように、サメ類も軟骨魚綱というグループの中に板鰓亜綱というグループがあり、その中でさらに9目のグループに分けられています。
そして、あるサメが9目のうちどのグループかを調べる際にまずカギになるのが臀鰭(しりびれ)という鰭です。これがあるかどうかをまず確認し、以下のような表でどのグループか調べていきます。
実際にワニグチツノザメを見てみると、
- 臀鰭がない。
- 体が平らではない。
- 吻がノコギリ状ではない。
- 第一背ビレが腹鰭の前に位置する。
という分岐を辿るので、ツノザメ目だと分かります。
一方のミツクリザメを同じ表に当てはめると、
臀鰭がある。
鰓孔は五対で背鰭棘は無い。
という分岐を辿り、ネズミザメ目になります。
意外かもしれませんが、ミツクリザメはホホジロザメやシロワニなどと同じグループのサメなんです。
ちなみに細かい話をすると、この分類分け、進化の枝分かれを示す系統樹とは少し相違があります。しかし、いずれにしてもワニグチツノザメとミツクリザメが非常に離れたグループのサメであることは確かです。
「深海に棲んでいる」や「大きく飛び出す顎」など共通点が多いように見えても、実は全く別のグループのサメであるとことはよくあるので、この点は注意したいですね。
最近日本で見つかった激レア深海ザメ
飛び出す顎を持つワニグチツノザメ、実は割と最近に、日本で初めて見つかったサメなんです。
1986年、愛知県蒲郡市の底引き網漁船「精漁丸」が、全長20~30cmほどの小さなサメを2尾捕まえました。
2尾それぞれの詳細は以下の通りです。
【1尾目】
- 採集日:1986年2月25日
- 採集場所:徳島県日和佐町沖、水深330m
- サメ全長:37.2㎝
- サメの性別:オス
【2尾目】
- 採集日:1986年5月25日
- 採集場所:和歌山県潮岬沖、水深360m
- サメ全長:21.6cm
- サメの性別:オス
このサメを調べた研究者は、ツノザメの仲間に共通する特徴があるものの、先ほど挙げたようなユニークな特徴を持つことから、1990年に新属および新種を提唱しました。
もう少し噛み砕いて言うと、ツノザメ科というグループには含まれるが、その中にある既存のどのグループのにも当てはまらないくらいユニークだから、ワニグチツノザメ属という新しいグループを作り、そこに含まれる一種として新種記載したんです(後の研究でカラスザメ科の仲間とされました)。
その時ワニグチツノザメに与えられた学名は Trigonognathus kabeyai。属名の「Trigonognathus」は三角形の顎を意味し、種小名の「kabeyai」は、ワニグチツノザメを発見した漁船の船長カベヤさんにちなんで名づけられました。
その後もワニグチツノザメは高知県、ハワイ、台湾で記録された他、小笠原諸島のメバチやヒレジロマンザイウオの胃から発見されました。
捕獲された水深などの記録から、恐らく水深250~1000mほどの大陸斜面の海底近くで暮らしており、夜になると水深150m付近まで浮上してくる、日周鉛直移動をするサメだと考えられています。
ただし、これまで発見された記録数が少ないことから、まだ詳しい生態がよく分かっていません。
サンプル数だけで言えば、もしかするとラブカやメガマウスザメよりも少ない、非常に希少なサメなんです。
飛び出す顎で何を食べているのか?
ワニグチツノザメはどんなエサを食べているのか、歯の形状や胃内容物から考えてみます。
先程も紹介した通り、ワニグチツノザメの歯は針のように細長く、とても獲物を噛み千切るようなことはできません。
この歯の形だけ見ても、一口で食べられるサイズの獲物を捕まえて丸呑みにするタイプだと予想できます。
胃内容物については、和歌山県で熊野灘で採取されたワニグチツノザメの胃から、複数のハダカイワシ類が見つかっています。
発見されたハダカイワシ類はほとんどそのままの状態で、体に歯で開けられたと思しき穴が開いていました。
これらの事実と形態学的特徴から、やはりワニグチツノザメは長く飛び出るアゴを活かして獲物に細長い歯を突き刺し、丸呑みにしている説が濃厚です。
ただし、ワニグチツノザメが狩りをする姿は誰も見たことがありません。
沼津港深海水族館で1日展示された記録がある他、台湾で捕獲された個体が短期間だけ生きていたという情報がありますが、飼育以前に入手自体が困難なため、生きている姿の映像自体がほぼ存在しないのが現状です。
いつの日か、生きて餌を食べる瞬間を見てみたいですね。
参考文献
- Bradley M. Wetherbee, Stephen M Kajiura『Occurrence of a Rare Squaloid Shark, Trigonognathus kabeyai, from the Hawaiian Islands』2000年
- Kazunari Yano, Kenji Mochizuki, Osamu Tsukada, Kiyoshi Suzuki『Further description and notes of natural history of the viper dogfish, Trigonognathus kabeyai from the Kumano-nada Sea and the Ogasawara Islands, Japan (Chondrichthyes: Etmopteridae)』2003年
- Kenji Mochizuki, Fumio Ohe『Trigonognathus kabeyai, a New Genus and Species of the Squalid Sharks from Japan』1990年
- Live Science(Laura Geggel)『‘Alien’ Shark with Goblin-Like Jaws Hauled Up from the Deep Sea』2018年
- 沼津港深海水族館・シーラカンスミュージアム公式ブログ『ワニグチツノザメがキタ!!』2017年
2024年末~2025年で開催される深海テーマの企画展
- 新江ノ島水族館:えのすいの深海展 -ディープ度 200%-(2024年12月28日~2025年4月6日)
- しながわ水族館:しな水の深海生物展~食うか食われるかの生存戦略~(2025年12月28日~2025年3月2日)
- サンシャイン水族館:ゾクゾク深海生物2025 ~奇妙奇怪ヘンテコ深海生物~(2025年1月17日~2025年3月16日)
- 横浜・八景島シーパラダイス『見て・さわって・知って・味わう!「深海生物まつり」』(2025年1月6日~2025年3月6日)
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