子宮内で共食いする?シロワニの繁殖について深堀解説!

この記事は以下の記事の続きになります。

前回の記事では、ワニの仲間だと思われたり人食いザメ扱いされてしまうシロワニ誤解について紹介しました。

そんなシロワニは「子宮内で共食いするサメ」としてネットでよく紹介されます。

この情報自体は間違いではありませんが、根拠や詳細が深掘りされることは少なく「シロワニはヤベぇサメww」のような雑なイメージが独り歩きしている気がしてなりません・・・。

そこ今回は、シロワニの子宮内共食いについて僕なりに深掘り解説します!

この記事を読んで、「共食い=野蛮」のような単純な思考から脱し、サメの繁殖の奥深さに触れていただければ嬉しい限りです。

目次

卵食(食卵)を行うサメたち

サメの生殖について基本をおさらいすると、サメには卵殻に包まれた状態の赤ちゃんを産み落とす卵生のタイプと、お腹の中で成魚のミニチュア版まで成長させる胎生のタイプがいます。

そして、胎生のサメの中にも、以下のように様々な繁殖様式があります。

  • 子宮内ミルクタイプ:子宮内でミルクのような栄養液を分泌する。
  • 卵食タイプ:母ザメが排卵する卵を食べて成長する(食卵タイプとも)。
  • 胎盤形成タイプ:卵黄の袋が胎盤を形成して母胎から栄養を送る。

シロワニ、および同じネズミザメ目のホホジロザメやアオザメなどは、この3つのうち卵食タイプで子供を育てることが確認されています。

ホホジロザメの胎仔
ホホジロザメの胎仔。母胎内で他の卵を食べたりミルクのような栄養液を飲んで成長します。

つまり、他の卵を食べること自体はシロワニに限った行動ではありません。

しかし、シロワニは未受精卵だけでなく、成長した他の兄弟も食べている状態の胎仔が発見されたので「子宮内で共食い(intrauterine cannibalism, embryophagy)するサメ」として知られるようになりました。

なお、サメの子宮は2つあるので、1尾のめすは最大で2尾の赤ちゃんを産みます。

補足:サメの繁殖様式について

今回は分かりやすいよう3つに分けましたが、実際は複数の方法で胎仔に栄養を与えているサメや、育て方がよく分かっていないサメも多くいて非常に複雑です。

詳しくは以下の記事もご覧ください。

シロワニだけが子宮内で共食いなのか?

以上の理由から「シロワニは子宮内で共食いするサメ」と紹介されています。

しかし、ここで気になる点がいくつかあります。

まず、シロワニの胎内から子宮内共食いをしている胎仔が見つかったのは事実ですが、サンプル数が少ないため、この現象がどれくらい一般的なのか分かりません。

さらに、シロワニだけが子宮内共食いをするように紹介されることが多いですが、実は同じネズミザメ目のアオザメでも記録があります(ただし、これも一例のみ)。

こうしたことを考慮すると、シロワニの子宮内共食いは「極めて稀な事例が偶然サンプリングされただけ」という可能性も完全否定はできません。

またはその逆で、他のネズミザメ目の子宮内でも共食いが起こっていて、それを僕たちが知らないだけという可能性もあります。

サンプル数の確保は困難

ここまでの話を聞いて、「それならサンプル数を増やせばいいのでは?」と思った方もいるかもしれません。

しかし、シロワニを含むネズミザメ目の多くは絶滅危惧種です。

妊娠個体をたくさん捕まえれば、彼らを危機的状況に追い込んでしまうことになります。それで絶滅させてしまったら元も子もないです。

仮に保全や漁獲規制の問題を抜きにして捕まえるとしても、胎仔がちょうど観察したい成長段階にいる保証はありません。

実際にサメの繁殖について研究をしていると、「妊娠初期段階を観察したいのに、漁獲される妊娠個体から見つかるのは大きくなった胎仔ばかり」ということがあるそうです。

飼育下で繁殖させられればこの問題はある程度クリアできますが、ネズミザメ目の中で唯一長期飼育しやすいシロワニですら、世界で5件しか飼育下の繁殖例がありません。

ちなみに、その数少ない5例目がアクアワールド茨城県大洗水族館で生まれた個体(通称キューちゃん)です。

シロワニ
アクアワールド大洗で産まれたシロワニの赤ちゃん。

どこからが”共食い”なのか?

さらに言えば、どこからが”ただの卵食”で、どこからが”子宮内共食い”なのかという定義の問題もあります。

排卵されてくる卵が受精卵だった場合、それを食べたら”共食い”になるのでしょうか?

それとも、魚の形に成長したものを食べないと”共食い”ではないのでしょうか?

後者の場合、「どこまで成長したら”共食い”か?」という境界線はあるのでしょうか?

一般向けの図鑑やネット記事ではシロワニだけが子宮内で共食いをするように書かれることが多く、分かりやすさを重視して僕もそうしてしまうことがあります。

しかし、ここの区分がハッキリしないのなら、他の卵食のサメを共食いとすることも、シロワニも単なる卵食とすることも可能です。というより、その区別自体がどうでもよくなるかもしれません。

「シロワニは子宮内で共食いする」と言い切ることは簡単ですが、どうもここには「どこからが命なのか?」という、中絶の是非を論じる際にも出てくる重い命題が絡んでいるように感じます・・・。

兄弟姉妹で殺し合うのは残酷なのか?

ここまで子宮内共食いに関する微妙な問題を取り上げました。

ここからは、この子宮内で共食いがシロワニに一般的な現象だという前提で「この行動の意味は何か?」という問題を考えていきます。

兄弟で殺し合うというのは人間基準では恐ろしいことに思えますが、子宮内で共食いは彼らなりの生存競争かもしれません。

シロワニを含む多くのサメは、1尾のめすが複数のおすと交尾し、異父兄弟が母胎内で育ちます。

子宮内で共食いした末に1尾だけ産まれてくるとすれば、シロワニの赤ちゃんは最も早く成長しないと生き残れないことになります。

シロワニの胎仔
アクアワールド大洗で死産になったシロワニの胎仔。

つまり、無事生まれてくるシロワニの赤ちゃんは、以下のような形質を備えた父親の子供と考えることができます。

  • より早くメスと交尾できるくらいモテる
  • 他よりも早く卵に辿り着ける元気な精子を持っている
  • 子宮内で一番に成長できるほど健康的である

上記が事実だと仮定すると、子宮内共食いはめすからすれば”おす遺伝子の選別”、おすからすれば”受精した後の戦い”であり、今この世界で泳いでいる全てのシロワニが最終選別を勝ち抜いたエリートということになります。

もちろん、全ての生物が自然淘汰・生存競争の選別を勝ち抜いた存在ともいえますが、「受精しただけでは終わらない」という部分に壮絶さを感じてしまいます。

サメたちは地球で起きた複数の大量絶滅を今まで生き延びて今も生きていますが、こうした繁殖戦略も関係しているのかもしれません・・・。

参考文献

  • S. J. Joung, Hua-Hsun Hsu『Reproduction and embryonic development of the Shortfin Mako, Isurus oxyrinchus Rafinesque, 1810, in the Northwestern Pacific』2005年
  • 田中彰『深海ザメを追え』2014年
  • 佐藤圭一, 冨田武照『寝てもサメても 深層サメ学』2021年
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