サメは卵を産むと思いますか?それとも赤ちゃんを産むでしょうか?
姿や生き方は似ていても哺乳類であるクジラ類と比較に出され「サメは単純で原始的」などと言われることもありますが、実はサメたちには非常に複雑で多様な繁殖方法を進化させてきた動物なんです。
「繁殖」という言葉は難しく聞こえますし、サメ類の繁殖は未解明なことも多いのですが、、彼らの不思議や多様性を語る上で外せないテーマなので、今回は初心者にも分かりやすく解説していこうともいます。
解説動画:サメは繁殖は謎だらけ?共喰いに胎盤まで何でもアリなサメたちの多様な繁殖方法を徹底解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2023年4月29日です。
サメの繁殖の基本
サメは卵と赤ちゃんどっち?
冒頭の質問に対して、あなたは自信をもって答えられるでしょうか。
水族館などでサメの初心者の方と話していると、
魚だから卵だよ。だってキャビアって卵じゃん
あれ、サメってクジラ?じゃあ卵じゃないよね?
など、色々な話を聞きます。
結論を言うと、両方です。
「サメ」という言葉でひとまとめにされる動物の中には、卵を産むタイプ(卵生)と、赤ちゃんを直接産むタイプ(胎生)の両方が存在します。だいたいサメの6割が胎生、4割が卵生とされています。
なお、今回はサメがメインの紹介になりますが、同じく軟骨魚の板鰓類であるエイも同じです。
また、先程少し触れたキャビアを生むチョウザメはそもそもサメではありません。さらに、クジラなどの哺乳類も確かに胎生ですが、サメとクジラは全く別のグループの動物です。
サメは体内受精
もう一つサメの繁殖で重要な点を挙げると、体内受精であるという点です。
一部例外はありますが、いわゆる「普通の魚」と呼ばれるイワシやマグロなどの魚(硬骨魚類)は、メスが海中にバラまいた大量の小さな卵に、オスが自分の精子をかけて受精させます。こうした方法を体外受精と呼びます。
一方のサメたちは、オスがメスの総排出量孔という穴にクラスパーという突起物を挿入し、メスの胎内に直接精子を送り込みます。つまり、交尾することで卵と精子がメスの胎内で受精するんです。
メスの胎内に入った精子は、輸卵管という管を通って、卵殻腺と呼ばれる場所までたどり着きます。この卵殻腺で排卵された卵と出会って受精し、受精卵となります。
受精卵は、ゼリー状物質で覆われ、殻や膜に包まれた状態で輸卵管の膨らんだ部分(俗に子宮と呼ばれる部分)に送られます。
ここまでは卵生も胎生もそこまで変わらず、卵殻に包まれた状態で赤ちゃんが母胎の外に出るものを卵生、成魚のミニチュア版が母胎から出てくるものを胎生と一般には呼んでいます。
多様過ぎるサメの繁殖様式
サメには卵に入っているタイプと赤ちゃんのタイプ両方がいるというのは分かりましたが、ここからが更に複雑に(しかし面白く)なっていきます。
卵生と胎生に分かれるだけでなく、母ザメの中でどんな風に成長するかによって、様々なタイプに分かれているんです。
一覧にすると、このようになります。
一口にサメと言っても、ここまで多様な繁殖様式があるんです。順番に見ていきましょう。
卵生の3タイプ
卵生の場合は、単卵生型・複卵生型、保持単卵生に分かれます。
単卵生
単卵生タイプは、卵殻腺で卵殻に包まれた受精卵がすぐに排出されます。サメは輸卵管が左右にあるため、基本的には一度に2個の卵を産みます。
それぞれ子宮に卵が単一なので「単卵生」と覚えてください。
生み落とされた赤ちゃんは、卵殻の中で徐々に成長し、成魚のミニチュアになるまで成長してから卵殻から出てきます。
水族館でよく展示されているネコザメ、イヌザメ、トラザメなどはこの単卵生です。
下のイラストではナヌカザメの卵殻をモデルにしてイラストを描いていますが、サメにより卵殻の形は異なります。
複卵生
複卵生のタイプも卵殻に包まれた状態の赤ちゃんを生み落とすのですが、受精卵がしばらくの間子宮内にとどまり、ある程度成長してから産卵されます。
さらに、卵は定期的に排卵され、成長段階の違う複数の卵が子宮内にとどまっている状態になります。
それぞれの子宮に複数の卵があるので「複卵生」と覚えてください。
福卵性の代表例としては、トラフザメやナガサキトラザメが挙げられます。
保持単卵生
これはつい最近、サワラクナヌカザメというサメで発見された卵生のタイプです。
サワラクナヌカザメは単卵生であるにもかかわらず長期間母胎の中で卵殻を保持し、孵化する少し前に透明な卵殻を産み落とすという、面白い生態をしていることが確認されました。
これを発見した北大のサメ研究者である仲谷先生が「Sustained single oviparity(保持単卵生)」という、新しい卵生のタイプとして論文を発表しています。
胎生の4タイプ
胎生の場合は、最初にもらって栄養の塊だけで成長するタイプと、母ザメから卵黄以外にも栄養をもらうタイプの2タイプに大きく分かれ、さらに母胎依存型の中で栄養のもらい方が異なるというグループ分けになっています。
卵黄依存型胎生
卵黄依存型の場合、受精卵は子宮内で卵殻や卵膜に包まれ、その中の卵黄という栄養の塊を吸収して成魚のミニチュアになってから出産されます。
酸素の供給などの母胎からのサポートはあっても、卵黄以外に追加の栄養は受け取らないことが前提です。
アブラツノザメやカグラザメ、ドチザメなどがこのタイプだとされています。
母胎依存型・組織栄養タイプ
子宮内に分泌される栄養物を仔ザメが吸収して成長するというものです。
アカエイやトビエイなどエイの仲間で確認されており、イタチザメもこのタイプであることが分かっています。
ちなみに、今回は「組織栄養タイプ」という名称で一つにまとめましたが、厳密には
- 粘液性組織栄養型
- 脂質性組織栄養型
- 胚栄養型
という三つのタイプに分かれます。便宜上一つにまとめているので、その点はご了承ください。
母胎依存胎生・卵食タイプ
このタイプは食卵とも呼ばれますが、子宮内に送られてくる他の卵を仔ザメが食べて成長します。
ホホジロザメなどのネズミザメ目の他にオオテンジクザメやチヒロザメというサメで確認されており、妊娠中のサメの中からお腹がぱんぱんに膨れた子ザメが見つかることがあります。
また、シロワニとアオザメでは、仔ザメが他の仔ザメを食べていた記録があり、子宮内共食いと呼ばれることもあります。
母胎依存型胎生・胎盤タイプ
このタイプは読んで字のごとく胎盤を形成し、臍の緒を通して母ザメから栄養を受け取ります。
卵黄の栄養が入っていた外卵黄嚢という袋が変化して子宮の壁にくっつき、そこに血管などが形成されて胎盤として機能します。哺乳類とは起源が異なりますが、同じように機能しているようです。
オオメジロザメ、ツマグロ、ヨゴレ、ヨシキリザメ、シュモクザメ類など、メジロザメ目の一部がこのタイプに当たります。
卵生・胎生の補足
ここまでですでに情報量が多いかもしれませんが、いくつか補足をさせてください。
卵生と胎生で分けるべきなのか?
まず、胎生と卵生というそもそもの分け方についてです。
母ザメの中で赤ちゃんがある程度育ってから産卵される複卵生のタイプで、母胎内でサメが卵殻から出てしまい、胎生みたいに産まれてくるケースがあります。
また、ジンベエザメでは逆のケースが発生しています。
ジンベエザメは1952年にメキシコ湾で卵殻に入った状態の赤ちゃんが見つかっていたので、当初は卵生だと考らえれてきました。
しかし、1995年に台湾で捕まった妊娠個体の中から、空になった卵殻50個と、卵殻から出た状態の小さなジンベエザメが307尾見つかったことで、本来は母胎内で孵化してミニザメの状態で産まれてくる胎生だろうということになりました。
このように、胎生と卵生の境界線が曖昧な事例もあることから、そもそも卵生と胎生という区分けではなく、母胎から栄養を受け取っているのか?受け取る場合はどうしているか?に着目して整理した方がいいという研究者もいます。
卵黄依存型は本当に卵黄だけなのか?
次に、卵黄依存型とされる胎生について。
「卵黄依存型胎生は原則母ザメから栄養を受け取らない」と紹介しましたが、実はこの辺りがよく分かっていないサメが多くいます。
発生初期の卵黄のサイズと赤ちゃんの出生サイズの差が大きすぎて、「明らかに卵黄以外の何かを成長に使っているはず・・・」というサメが複数いて、実際にイタチザメやホシザメなど栄養液を使っていることが後に判明した事例があるのです。
母胎から栄養提供を受けない胎生は一般に「卵胎生」と呼ばれることが多いのですが、上記のような事情からサメやエイの繁殖では「卵胎生」という言葉はほとんど使いません。
卵黄依存型とされるサメも、子宮壁の血管を通してガスの交換などが行われているので、その血管を通して研究者がまだ発見していない栄養提供を行っているのかもしれません。
繁殖様式の複合型もいる
さらに、先程紹介した各タイプの複合型のようなサメもいます。
例えば、ホホジロザメは卵食タイプとされてきましたが、2014年に沖縄美ら海水族館の研究者がホホジロザメの子宮の中からミルクのような栄養液が分泌されているのを発見しました。
これにより、ホホジロザメは組織栄養と卵食、二つの方法を用いてお腹の中の赤ちゃんを育てていることが明らかになりました。
さらに胎盤タイプとされるサメも、胎盤を形成する前には何らかの栄養液を使っていると考えられています。
胎生のサメに卵黄を作る遺伝子が?
最後に、サメの繁殖に関する最新研究について簡単に紹介します。
今年2023年3月に、工樂樹洋教授など複数の研究者で構成された共同研究チームが、哺乳類が胎生になる過程で失った、卵黄タンパク質を作る遺伝子「ビテロジェニン」を胎生のサメが保持していることを明らかにしました。
これだけ聞いてもよく分からないと思うので、脊椎動物の進化の歴史をおさらいしながら噛み砕いていきます。
脊椎動物の進化
僕たち脊椎動物の進化の歴史をざっくり図解にするとこんな感じになります。
まず、海の中でアゴを持つ魚のグループが生まれ、そこから生まれた肉鰭類(現在のハイギョやシーラカンスの仲間)が陸上に進出しました。
そして、その陸に上がった肉鰭類の仲間の一部が両生類に、一部が後に哺乳類を生み出すグループに、そして、残りが爬虫類のグループを作りました。なお、鳥類と呼ばれるグループは爬虫類の中の一つである恐竜から分岐しています。
そんな中、サメ類は肉鰭類が陸に上がるよりも前に、だいぶ初期の魚の時点で枝分かれして、完全な独自路線を歩んできました。
この進化の過程で、鳥類など卵生の脊椎動物は卵黄を作るための遺伝子ビテロジェニンを持っているのですが、人間を含む哺乳類は胎生を獲得する過程でゲノムから欠落したことが分かっています。
では、哺乳類と同じく胎生ではあるものの、全く異なる経路で胎生を発達させてきた軟骨魚のサメやエイはどうなのか?これが今回の研究で明かになったのです。
胎生のサメでビテロジェニンを確認
研究チームは駿河湾で採集されたラブカと、瀬戸内海で漁獲されたシロザメの遺伝子を分析し、さらに先行研究で明かになっていたサメ・エイ類の遺伝子情報も用いて、ビテロジェニン遺伝子とその受容体であるVLDLR 遺伝子があるのか調べました。
その結果、卵生や胎生、および胎生内での繁殖様式の違いに関わらず、サメ類は少なくとも2つのビテロジェニン遺伝子を持つことが確認されました。
さらに、他の魚や陸上脊椎動物では一つしか見られない受容体の遺伝子が、サメ類では3つも持っている(あるいは今回確認できなかったが保持している可能性が高い)ことが示されました。
そして、共に胎生であるラブカとシロザメでは、卵黄タンパク質の生成に関わるこれら二つの遺伝子が、子宮で強く発現していることが明らかになりました。
つまり、卵黄を作るためのものとされてきた遺伝子が、子宮内での栄養源を作るために使われている可能性があるわけです。
こうした研究が彼らの保全や長期飼育に繋がっていくと思うので、更なる発見に注目していきたいですね。
参考文献&関連書籍
- 佐藤 圭一, 冨田 武照『寝てもサメても 深層サメ学』2021年
- 仲谷一宏『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
- 矢野和成 『サメ 軟骨魚類の不思議な生態』1998年
- 理化学研究所, 国立遺伝学研究所, 東京大学大気海洋研究所, 東海大学, 神戸大学, ふくしま海洋科学館『卵で増えない胎生のサメも卵黄遺伝子を持つ ―「ラブカ」など 12 種のサメ・エイ類の比較解析で発見-』2023年(2023年5月5日閲覧)
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