今年2024年1月石川県にて、年明けに発生した能登半島地震の被害を受けたのとじま水族館のジンベエザメ2個体が死亡しました。
このニュースを受けて、沢山の水族館好きやサメ好きから悲しみの哀悼を示す投稿がSNSで流れる一方、ごく一部で「そもそもジンベエザメを水族館で飼うべきなのか?」という疑問の声が上がっています。
飼育の是非はともかく、確かにジンベエザメはサメの中では良くも悪くもアイドル視されやすい存在で、子供から大人まで知っている有名な動物でありながら謎や誤解が多い動物だと思います。
それを踏まえて今回の記事では「ジンベエザメの意外な真実」というテーマで世間一般であまり知られていなさそうなジンベエザメの生態を解説します。
後半の記事では日本におけるジンベエザメの水族館飼育の歴史や現状について紹介し、「ジンベエザメは飼育すべきなのか?」というテーマに切り込みます。
解説動画:
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年1月27日です。
ジンベエザメの大きさ、生息地、分類
ジンベエザメは北の海にもやってくる?
ジンベエザメはテンジクザメ目ジンベエザメ科ジンベエザメ属に分類されるサメです。
世界中の熱帯、亜熱帯、温帯海域に分布し、日本では太平洋側と日本海側の両方で確認されています。
ジンベエザメと出会えるダイビングスポットはオスロブ、モルディブ、ガラパゴスなど赤道に近いことが多いですが、日本の北側の海にも現れており、のとじま水族館のジンベエザメも石川県で漁獲された個体でした。
また数は少ないものの、北海道でもジンベエザメの記録があります。
とはいっても、世界中にジンベエザメが一年中沢山いるわけではありません。長距離の回遊をしているうちに色々な場所に現れているだけで、基本的には表層の水温が21~30℃くらいの暖かい海を好むようです。
ジンベエザメの最大サイズは不明?
そんなジンベエザメを人気かつ有名にしている一番の要因はやはりサイズでしょう。
その全長は8.5m以上、大きいものでは12mを超えます。世界最大のサメにして、世界最大の魚類です。
これ以上大きくなるという説も存在しますが、明確な証拠がなかったり、そもそも大きなジンベエザメの計測自体が難しいなどの理由で「ジンベエザメは最大どれくらいか?」という質問に明確に答えるのは難しいです。
この巨大な体と後で解説する食性から、ジンベエザメは英語でWhale shark(クジラザメ)と呼ばれています。
ジンベエザメの最大サイズについてはコチラもご覧ください⇒ 【モンスター級?】世界で最も大きな巨大ザメTOP5を徹底解説!
ジンベエザメとトラフザメは仲間?
ジンベエザメは他のサメと見間違うことのない非常に特徴的な見た目をしています。
特徴をまとめると以下の通りです。
このどこか丸みを帯びた感じの見た目、斑点模様、体の隆起線などの特徴が似ているためか、水族館でよく飼育されているトラフザメを指差して「ジンベエザメだ!」という子供をたまに見かけます。
もちろんジンベエザメとトラフザメは別種のサメですが、この二種のゲノム情報を調べた結果、ジンベエザメとトラフザメは約5千万年前に枝分かれした、もっとも近縁な種であることが分かりました。
子供の発想や観察眼は侮れませんね。
ジンベエザメの意外な食性
「ジンベエザメは何を食べていますか?」と聞けば、おそらく多くの方は「プランクトン」と回答すると思います。
ジンベエザメは濾過食(フィルターフィーディング)をするサメです。
大きな獲物の肉を噛み千切ったり鋭い歯で使えたりするのではなく、海水ごと小さな動物を口に入れ、エラにある鰓耙という突起物で獲物だけ濾しとり、それを丸呑みにします。
ジンベエザメにも歯はありますがあまりにも小さく、食事に用いることはありません。
このことからジンベエザメに対し、
ジンベエザメは肉食ではありません。プランクトンだけを食べる優しいサメです。
などと紹介されることがあります。
しかし、ジンベエザメは遊泳力のある魚も食べています。
そもそも遊泳力の低いプランクトンを食べることが「優しい」を意味するのか疑問ですが、とにかくジンベエザメは小魚やイカ類などの動物も食べることがあります。
ジンベエザメは物凄い吸引力で海水ごと獲物を吸い込むことができますし、世間で思われているよりも遊泳スピードが速いため、喉を通る大きさの魚であれば襲って食べることができるのでしょう(口に対し喉は小さいので、大きな動物を食べることはできません)。
また、オキアミなどのプランクトンでも遊泳力のあるイワシ類でも「動物」であることに変わりないため、ジンベエザメは肉を食べています。ここも誤解のないようにお願いします。
魚の群れに突っ込んでいくジンベエザメ↓
ジンベエザメは植物を食べる?
ジンベエザメは確かに肉を食べますが、植物も食べていると示す研究が近年発表されています。
オーストラリアのニンガルー・リーフでジンベエザメの排泄物や皮膚組織を分析した研究では、ジンベエザメの栄養段階は完全な肉食動物としては低い値の1.4~2.5という値を示しました。
さらに、ジンベエザメの皮膚組織にはホンダワラ属という海藻の仲間から抽出された脂肪酸が多く含まれていることが分かりました。
この研究よりジンベエザメは植物プランクトンをただ飲み込んでいるだけでなく栄養を吸収している、つまり完全な肉食ではなく雑食動物である可能性が浮上しました。
サメ類の植物食についてはコチラも参照⇒ ジンベエザメやシュモクザメは草食系?植物も食べる雑食のサメたちについて解説!
ジンベエザメが海底で食事?
ジンベエザメの食事風景としてよく紹介されるのは、泳ぎながらあるいは縦泳ぎになって水面近くのプランクトンを食べている様子です。
しかし2022年12月メキシコのバハ・カリフォルニアにて、全長5mほどの若いジンベエザメが水深6mほどの場所で海底の砂を何度も吸い込む様子が観光ガイドによって撮影されました。
ジンベエザメが海底で摂餌行動と思しき動きをしているのが記録されたのはこれが初めてで、一説には砂の中に潜む端脚類を食べているとされています。
食事方法一つとっても、まだまだ分かっていないことが多いようですね。
海底で摂餌行動をするジンベエザメの実際の映像↓
ジンベエザメは深海ザメか?
昨今ラブカやミツクリザメなどの深海ザメに人気が高まっている中、ジンベエザメを深海ザメと認識する人はまずいないと思います。
しかし、実はジンベエザメも深海に潜ることがあります。
2003~2012年の間メキシコ湾で複数のジンベエザメをタグ付けした調査によれば、確かにジンベエザメは水深の浅い場所にいることが多いものの、水深200mまでの潜水を繰り返しており、時には水深約2000mまで潜ることが分かっています。
ジンベエザメが深海への潜水を繰り返す理由について、
- 深海にいるエサを食べている
- 温かい表層と冷たい深海を行き来して体温調整をしている
- 海底の地磁気を感じ取って方位を把握している
などいくつか説はありますが、詳しいことは分かっていません。
ジンベエザメの眼は深海に適応?
この謎を解くヒントになるかもしれないのが、ジンベエザメの眼に関する研究です。
国立遺伝学研究所の工樂樹洋教授と大阪公立大学の小柳光正教授が率いる研究チームが、ジンベエザメのゲノム情報をもとにロドプシン(光を感じ取るタンパク質の一つ)を合成し、どんな波長の色を感じ取ることができるのかを検証を行いました。
その結果、ジンベエザメのロドプシンは青色の光を最も効率的に受容することが判明しました。
海の色が青く見えることからも分かる通り、青い色の光は海中で吸収されにくく、深海に最も届きやすい光です。
このことから、ジンベエザメは深海でも目が見えるような進化を遂げており、何か視覚に頼るような活動をしている可能性があります。
果たしてジンベエザメは深海奥深くまで潜って何をしているのか?今後の研究に期待ですね。
ジンベエザメ繁殖の謎
ジンベエザメの赤ちゃんは小さい
シロナガスクジラやホホジロザメなど大型動物は産まれた時から大きいイメージがありますが、意外にもジンベエザメの赤ちゃんは小さなサイズで生まれてきます。
1995年7月台湾にて、世界で初めて妊娠したジンベエザメが捕獲されました。
全長10.6m・体重16トンのメスのお腹の中には、生まれる直前だったと思しき307尾の胎仔、そして卵殻に入った胎仔や空の卵殻が入っていました。
このことからジンベエザメは小さいジンベエザメの姿で産まれてくる胎生で、サメの中でも最多クラスの赤ちゃんを出産し、その産まれてくる赤ちゃんのサイズは全長55~64cmほどだと思われます。
ただし、2021年に静岡県のふじのくに地球環境史ミュージアムという博物館で展示されたジンベエザメの胎仔が全長46.3cmだったことから、もっと小さいサイズで産まれてくる可能性もあります。
妊娠したジンベエザメが調べられたのは台湾の一個体だけなので、まだまだ分かっていないことが多いのです。
成長速度が速いジンベエザメ
そんな小さく生まれてくるジンベエザメは、現在確認されているサメの中でもトップクラスで成長が速いサメです。
先程紹介した台湾の妊娠個体から発見された胎仔の一部は生きており、そのうち一尾が大分マリーンパレス水族館「うみたまご」で飼育されていました(当時は大分生態水族館マリーンパレス)。
ジジと名付けられたこのジンベエザメは飼育当初は全長70㎝でしたが、3年68日の間に全長約3.7m・体重約350Kgまで成長しました。たった3年でここまで大きくなるサメは他に知られていません。
このように初期の成長速度が速いジンベエザメも成熟には時間がかかるようで、沖縄美ら海水族館が飼育しているオスのジンベエザメ(通称ジンタ)の交尾器やホルモンを調べた研究では、全長8.5m時点、推定年齢25歳前後で成熟したと見られています。
成熟した後どれくらい生きるのかはハッキリと分かっていないものの、ある研究では寿命は130歳に達すると推定されており、かなり長寿だと思われます。
小さく生まれてきて早く大きくなるジンベエザメの繁殖はまだまだ謎が多いので、今後どのような情報が出てくるのか楽しみですね。
後半記事:のとじま水族館の被災を機に考える ジンベエザメを飼育すべきなのか?
参考文献
- David A. Ebert, Marc Dando, and Sarah Fowler 『Sharks of the World a Complete Guide』2021年
- John P. Tyminski, Rafael de la Parra-Venegas, Jaime González Cano, Robert E. Hueter『Vertical Movements and Patterns in Diving Behavior of Whale Sharks as Revealed by Pop-Up Satellite Tags in the Eastern Gulf of Mexico』2015年
- Jose I. Castro 『The Sharks of North America』 2011年
- Live Science(Ethan Freedman)『Watch 1st-ever footage of whale shark eating from the bottom of the ocean』2023年(2024年2月2日閲覧)
- M. G. Meekan, P. Virtue, L. Marcus, K. D. Clements, P. D. Nichols, and A. T. Revill『The world’s largest omnivore is a fish』2022年
- 国立遺伝子研究所, 大阪公立大学, 理化学研究所, 一般社団法人沖縄美ら島財団『ジンベエザメだけに起きた視覚の進化~深海生活への適応か?~』2023年
- 佐藤圭一, 冨田 武照『寝てもサメても 深層サメ学』2021年
- 志賀健司『2011年に石狩湾沿岸で発見されたジンベエザメとその海洋学的意義』2014年
- 仲谷一宏 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
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