ネコザメのトゲには毒がある?毒を持つとされるサメの真相とは?

あなたは毒を持つサメがいると思いますか?

テレビの危険生物特集でサメが登場する際は、「噛まれる」や「食わる」などと紹介されることはあっても「猛毒生物」として取り上げられることはないと思います。

ですが、一部のWEBサイトや水族館の特別展示で「サメに毒がある」と紹介されることがあります。

果たしてサメに毒はあるのでしょうか?

今回はこのテーマを僕なりに解説していきますので、よろしくお願いいたします!

目次

解説動画:毒をもつサメはいるのか?ネットや一部の水族館で紹介される毒ザメについて解説!【ネコザメ】【ツノザメ】

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2020年12月26日です。

そもそも毒とは何か?

サメの毒を語る前に、「毒とは何か」という議論の前提を確認しておきます。

この記事では毒を「わずかな量でも、その生物の体に苦痛や機能不全、あるいは死をもたらす物質」と定義します。

当たり前に聞こえるかもしれませんが、この定義づけは意外に重要です。

量次第では水も毒

その理由の一つとして、量次第ではあらゆるものが毒になるということが挙げられます。

毒と聞いてイメージするのが「青酸カリ」や「テトロドトキシン」だと思います。実際に嗅いだこともないのに「青酸カリによる毒殺の場合はアーモンド臭がする」という知識だけ知っている人は多いはずです(実際はしないとか嗅いだら危険とか色々あるようですが・・・)。

そもそも青酸カリなんて簡単に手に入らないのでテトロドトキシンやトリカブトの方が使いやすいでしょうに・・・。

しかし、日常的に飲んでいる水も短期間に大量に飲めば毒になり得ます。

実際に、いかに大量の水を飲めるかを競う海外のイベントで膨大な水を飲んだ女性が死亡したという事故が起きています。尋常ではない量を一気に飲むと、体内の電解質などがおかしくなることで生命維持に支障がでてしまうんです。

野犬は猛毒生物なのか?

次に、「ウイルスや細菌を毒とするのか?」という問題があります。

犬のことを猛毒生物と思う人は少ないですが、以前の記事で紹介した通り、噛まれることで狂犬病ウイルスに感染して死亡する恐れもあります。解釈次第ではこれも猛毒と言えそうです。

こう考えると「毒とは何か?」は意外に壮大で面白いテーマなのですが、そればかり語っているとサメの話ができません・・。

そこで今回は、意図的に多量摂取しなくてもマイナスな効果が起きてしまう物質(細菌やウイルスは除く)を指して「毒」と呼ぶことにします。

生物の毒の使い方は2種類

生物がもっている毒は、使い方で2種類に分けることができます。

英語には毒を持つ生物に使う形容詞として「Venomous」と「Poisonous」があります。

  • Venomous:噛む・刺すなどの方法で毒を相手に注入してくる生物に使う(コブラなど)
  • Poisonous:体表面や体内に毒を持っている生物に使う(ヤドクガエルなど)

日本語ではどちらも「毒を持っている」になりますが、コブラやガラガラヘビの場合は”Venomous snake”が正しく、ヤドクガエルの場合は”Poisonous frog”になります。

ヤドクガエル
ヤドクガエル。皮膚から猛毒を分泌しています。

では、Venomous sharkとPoisonous shark、それぞれについてみていきましょう。

背鰭の棘は”Venomous”なのか?

毒を注入してくるサメと聞くと、無数に並ぶ歯の間から毒液を垂らす殺人ザメみたいなものを想像しそうですが、恐らくそんなサメは実在しません(サメ映画には出てきそうですが)。

サメが”Venomous”な毒を持っているとすれば、背鰭にあるきょくでしょう。

ネコザメ目、そしてツノザメ目の一部のサメは、うろこが変形してできたきょくを持っています。そして、一部の図鑑や水族館の解説によれば、このきょくに毒があると言われています。

ネコザメの棘
ネコザメの背鰭には棘があります。

しかし、僕の個人的な見解として、この棘に毒があるという話は怪しいと考えています。

まず、この毒について調べても、日本語と英語共にハッキリした情報が出てきません。

「毒がある」と記載されているサイトや、毒があることを前提に話を進めている記事は見つかりますが、どんな毒なのか?どんな仕組みで注入されるのか?などのは不明のままです。

ツノザメの背鰭棘に毒腺がある?

ツノザメの仲間であるアブラツノザメについては、二冊の図鑑で棘の毒に関する記載を見つけました。しかし、記載の仕方が妙に曖昧な気がします。

…spine at the front of each dorsal fin can inflict painful wounds with a mild venom produced by a gland at the base of the spine- as testified by generations of commercial fishing workers and anglers.

『The Encyclopedia of Sharks』p37より引用

The dorsal fin spines are said to have venom glands associated with them, but there are few reports on the effects of the poison.

『Sharks of North America』p56より引用

一冊目では、棘の根本に毒腺があると記載しつつも、「たくさんの漁師や釣り人から証言されるように」とあり、根拠が体験談ベースになっているようにも読み取れます。

二冊目では、「毒腺があると言われているが、その毒の効果についての報告はほとんどない」と書かれています。

毒があると断言するには記述が弱い気がしますね・・・。

ちなみに、僕は洗濯物と一緒に干していた小さなツノザメ類の棘が指に突き刺さったことがありますが、血が溢れ出しただけで毒だと思えるような痛みはありませんでした。

「ネコザメに毒がある」という説について

ツノザメだけでなく、ネコザメの仲間も背鰭に棘を持っていますが、これにも毒があるという説が一部でささやかれています。

どうも、某水族館の毒生物を扱った特別展示で「ネコザメは背鰭に毒針があります」と紹介されてしまい、それをもとに一部のブロガーやYouTuberが「ネコザメに毒がある」と断言しているようです。

しかし、ネコザメの毒についてはツノザメ以上に情報ソースが見つかりませんでした

強いて挙げるなら、先ほども引用した『The Encyclopedia of Sharks』にあるこちらの記載でしょう。

The Port Jackson’s main dorsal fin has a defensive spine, which contains a mild venom.

『The Encyclopedia of Sharks』p106より引用

「Port Jackson」とはオーストラリアの沿岸に生息するネコザメの仲間です。日本ではポートジャクソンネコザメと呼ばれます。

ポートジャクソンネコザメ。
ポートジャクソンネコザメ

同書によれば、第一背鰭の棘に弱い毒があるとのことですが、やはり毒の成分や注入の仕組みなどの具体的な説明はありません。

また、日本近海に生息するネコザメ(Heterodontus japonicus)については、僕が調べた限り毒を持つとする図鑑も論文も確認できませんでした。

「背鰭の棘に毒がある」はかなり怪しい?

そもそも科学において物事の存在を否定するのは難しいですが、僕はツノザメやネコザメの棘には、ミノカサゴやオニダルマオコゼが持つような毒はないと思っています。

アブラツノザメやネコザメが非常に入手困難なサメであれば毒の研究が進んでいないのも納得できますが、どちらも非常にポピュラーなサメです。

アブラツノザメは世界中で漁獲されており、日本でも青森や新潟をはじめとする複数の地域で消費されています。また、まとまって漁獲されることから、水産系の解剖実習で恐らく最も多く使われたサメの一種です。

アブラツノザメ
アブラツノザメ

ネコザメも日本近海の沿岸にたくさん生息しており、全国の水族館で飼育されています。しかも、子供たちが生き物を触る”タッチプール”にいるサメの代表でもあります。

さらに言えば、学術的な記録を残す際、年齢を調べるために棘を調べることもあります(棘にある年輪のような模様が判断材料の一つになります)。

そのため、毒を注入するための毒腺や溝があればとっくの昔に発見されているはずですが、「この本に書いてあった」などの曖昧な情報しか出てきません。

これは「毒がない」と判断しても問題のではないでしょうか・・・?

ここからは僕の想像なので半分ネタとして聞いて欲しいのですが、恐らく「ツノザメやネコザメの棘に毒がある」という説は以下のような経緯で生まれたのだと思います。

  • ツノザメの棘が刺さった漁師か釣り人の傷口に雑菌などが入り化膿した。
  • 刺された人が「毒だ!」と騒いだ話が専門家の耳に届いた。
  • 「毒があるという話がある」程度の記載を見た誰かが「毒がある」と断定調にして広めた。
  • いつしか根拠のある説のように「ツノザメのきょくには毒がある」が定着した。
  • その後、水族館で毒生物の企画展をやる時に、立場は上だけど頭良くない人が「ネコザメも背鰭にトゲあるから、毒あるんじゃね?」といい加減なことを言った。
  • 疑問に思う人もいたが、立場的に「論文だせよ」と言えず、毒生物としてネコザメが展示された。

ただし、今後の研究によって、ツノザメやネコザメの棘に毒があると証明されるかもしれません。

もし、ツノザメやネコザメの棘に毒があることを示す証拠や、その仕組みなどを詳しく説明した論文を持っている方がいれば、ぜひ僕に連絡を頂きたいです。

その際は、「ツノザメやネコザメには毒がある」というテーマの解説記事や動画を出すことで謝罪に代えさせていただこうと思っています。

ある意味”Poisonous”な食中毒

「毒を持つサメ」と言っていいのか微妙ですが、サメを食べることで食中毒になった事例はあります。

サメによるシガテラ毒

熱帯や亜熱帯に生息している大型魚を食べると、シガテラ毒という食中毒に当たることがあります。

これは、その魚が体内で水から作り出す毒ではなく、生物濃縮によって蓄積されていきます。

生物濃縮を簡単に言えば、食物連鎖を通して、化学物質が体内に蓄積していく現象です。

生物濃縮イメージ
生物濃縮イメージ

毒を持っている藻の仲間を小さな魚が食べることで体内に毒が溜まっていき、その小さな魚をさらに大きな魚が食べることで、大きな魚の脂肪で毒の濃度が高まっていきます。

毒を持つ魚として有名なものにフグが挙げられますが、実はフグのもつテトロドトキシンも生物濃縮によって獲得されます。

シガテラ毒に当たる危険があるものとして有名なのはハタやウツボ、カマスの仲間などですが、ネムリブカでもシガテラ毒の報告があるようです。

ネムリブカ
ネムリブカ

これをもってネムリブカを「毒ザメ」としていいか分かりませんが、積極的に食べない方がいいかもしれません・・・。

ニシオンデンザメは毒を持つか?

逆に冷たい海に暮らすサメで毒を持つとされるのは、ニシオンデンザメです。

ニシオンデンザメは以前の記事で紹介した通り、寿命400歳を超えるとされる極寒の海の巨大ザメですが、このニシオンデンザメの肉を食べて中毒症状を起こした事例が報告されています。

ただし、本当にニシオンデンザメの体に毒があるの?あるとしたどんな毒か?などの詳細は不明です。

ちなみに、現地では発酵させたニシオンデンザメの肉が売っているそうです。

肝臓の食べ過ぎにはご注意を

これも毒という訳ではないですが、大型魚の肝臓で中毒症状を起こすことがあります。

厚生労働省は、サメやマグロ、ブリなど大型魚の肝臓を食べるとビタミンAの過剰摂取で中毒になる危険があると注意喚起しています。

サメの肝油は栄養があるということで一部の人が好んで飲んでいたりしますが、飲み過ぎには注意した方がよさそうですね。

海洋汚染とサメの毒

生物濃縮に触れたついでにどうしても紹介したいのが海洋汚染の問題です。

生物能力による汚染物質の蓄積

生物濃縮によって蓄積されるのはシガトキシンやテトロドトキシンのような自然にある毒だけではありません。同じプロセスによって、人間が垂れ流した汚染物質をサメや他の動物たちがため込んでしまうことがあります。

日本の四大公害の一つである水俣病も、工業排水に含まれるメチル水銀が生物濃縮によって魚介類に蓄積したことが原因でした。汚染されていると知らずに食べた人々が、重度の水銀中毒を起こしたのです。

水俣病イメージ
水俣病イメージ
補足:メチル水銀と高次捕食者

メチル水銀は自然でも発生・蓄積するので、マグロ、サメ、イルカなどの高次捕食者の肉は汚染に関係なく食べ過ぎないよう厚生労働省から注意喚起されています。

水銀の他にも、現在は国際的に使用禁止されている殺虫剤のDDTや、カネミ油症事件で話題になったPCBも、生物濃縮を起こします。

どちらも今はその危険性が認識されている物質ですが、自然環境ではなかなか分解されないため、一度漏れ出してしまうと長期間にわたって悪影響をおよぼします。

こうした汚染物質の怖いところは、知らぬ間に体に溜まっていき、健康や生殖能力を脅かす危険性があることです。

公害事件もそうでしたが、すぐに分かりやすい影響が出なくても「気づいたら重度の中毒で手遅れ」ということがあり得るんです。

海洋プラスチック問題も影響

さらに懸念されるのが、海洋プラスチックとの関係です。

海を漂うマイクロプラスチックは、生物濃縮を起こす汚染物質を吸着することが確認されており、海流に乗って汚染物質を広げてしまいます。

また、プラスチック自体に使われている添加剤も有害な物質を含んでいることがあり、マイクロプラスチックを誤飲するプランクトンや小魚を通して、その有害物質が生物濃縮を起こします。

回収されたマイクロプラスチック
回収されたマイクロプラスチック。

これらの物質による海洋生物や人間への影響は不明なことも多いですが、「分かった頃には時すでに遅し」となっているかもしれません・・・。

先ほど話したように「毒を持つサメがいる」という話は微妙なところですが、僕たちが毒まみれのサメを作ってしまうことがないようにしていきたいですね。

参考文献

※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。

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