奇妙奇天烈な作品が蔓延っているため忘れている人も多いですが、サメ映画の長い歴史は『ジョーズ』という傑作から始まりました。
2025年1月にはスピルバーグ監督の代表作の一つとしてIMAX上映され、サメ映画の原点にして頂点と呼ぶに相応しい作品であると、僕も含めた多くの人に再確認させてくれました。
しかし、娯楽作品としては傑作でサメ映画の中では”正統派”とされる『ジョーズ』にも、本物のサメの生態や研究について発信する立場から観ると、おかしな部分が多くあります。
『ジョーズ』の魅力を貶めたいわけではありませんが、『ジョーズ』の一味違った楽しみ方を提供し、サメについての学びも深めてもらうため、本記事では「ジョーズのツッコミどころ」というテーマで解説をしていきます。
解説動画:サメ映画の原点『ジョーズ』にサメマニアが本気でツッコミ入れてみた【50周年&IMAX上映記念】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2025年1月29日です。
ホホジロザメが大きすぎる
最初に気になる分かりやすい問題はサメの大きさです。
7mを超える巨大ホホジロザメ
『ジョーズ』に登場するサメのサイズを示すセリフとして、マット・フーパ―とクイントの会話が挙げられます。
オルカ号の前に現れたサメを見たフーパ―が
That’s 20 footer(20フィートはあるぞ)
と言い、それに対しクイントが
25, 3 tons of him(25フィートだ。重さは3トン)
と訂正するように答えます。
1フィートは30.48cmなので、25フィートは7.62mです(日本語吹き替えでは8mや9mと訳されていることもあります)。
ホホジロザメの最大全長は諸説ありますが、科学的に信頼できるものとして専門家がよく紹介しているのは6m~6.4mです。
「7.6mのホホジロザメなんてあり得ない」とまで言いませんが、もし実在したら化け物サイズですね。
ジョーズのサメはオスだったのか?
この大きさに関連する問題として、『ジョーズ』に登場するサメの性別も考えたいと思います。
作中でサメの性別を明確に示すセリフなどはありませんが、サメが檻の周りを泳いだり檻を破壊するシーンの一部で、雄の交尾器であるクラスパーが映っています。
実際のシーン。動画最後に暴れるサメをよく見るとクラスパーが見えます↓
この描写から『ジョーズ』のサメはオスだったと推測できそうですが、もしこのサメがオスの場合、7.6mという大きさがますますおかしいことになります。
というのも、サメ類は基本的にメスの方が大きいからです。
ホホジロザメの成熟サイズについては諸説ありますが、『Sharks of North America』という図鑑の記述を参照すると、オスの成熟サイズが340cm前後とされるのに対し、メスは475cmほどです。
ホホジロザメに限らず、ほとんどのサメはメスの方が成熟サイズが大きく、最大とされる記録も基本的にはメスのものです。
そのため、仮に7.6mのホホジロザメが実在するとしたら、間違いなくメスだと思います。
ちなみに、クラスパーが映るシーンのサメはロボットではなく本物のホホジロザメでした。製作陣が意図してオスを描きたかったわけではなく、その撮影現場に現れたのがオスだっただけでしょう。
もちろん現れた野生のホホジロザメは7mなんてありませんから、この時は体が小さな俳優さんを小さな檻に入れ、サメが大きく見えるように撮影されました。
アミティ島で危険なサメは珍しい?
『ジョーズ』の物語は、サメの被害が出たにも関わらず「サメなんてこの辺にはいない」と誰も信じなかったり、「夏は稼ぎ時だから」という理由で海岸が閉鎖されなかった結果、被害が増えていくという流れで進みます。
アミティ島でホホジロザメは珍しい存在か?
では、アミティ島近海で本当に危険ザメの出現は稀なのでしょうか?
『ジョーズ』の舞台アミティ島は架空の島ですが、セリフや設定からある程度場所を絞ることが可能です。
- 主人公であるマーティン・ブロディとその家族は、ニューヨークから引っ越してきた。
- 市長はアミティ島でサメ騒動が起きると、ケープコッド、ハンプトン、ロングアイランドに客が流れると嘆いていた。
- 『ジョーズ』の撮影はマサチューセッツ州のマーサズ・ヴィニヤード島で行われた。
これらの事実から、仮にアミティ島が実在した場合は、米国東海岸の北側にあると想定できます。
『ジョーズ』のロケ地マーサズ・ヴィニヤード島↓
この海域がホホジロザメの分布域の外であれば、島民たちの反応も納得ができますが、実はアミティ島(予想地)の周辺海域は完全にホホジロザメの分布域に含まれています。
そもそもホホジロザメはほとんど全世界に分布しているので、「いない」と断言する方が難しいかもしれません。
餌場があるホットスポットで保全団体も活動
もちろん、魚類図鑑に載っている分布域には、
- 記録が一応あるから分布域として記載されているが、実際にはほとんど見られない。
- その海域でも生息は確認されているが深い場所に潜っており、人間と遭遇することは稀。
というケースもあります。しかし、アミティ島近海のホホジロザメの場合そうではないようです。
マサチューセッツ州の海にはアシカやアザラシが多く生息しており、むしろホホジロザメが沿岸に現れる絶好の条件が整っています。
実際に調べてみると、周辺海域ではホホジロザメが目撃されることはそこまで珍しくなく、ビーチにサメが打ち上がっていたり、ホホジロザメに噛まれたと思しきクジラの死体やアザラシが見つかることがあります。
現地ではホホジロザメに特化した団体「The Atlantic White Shark Conservancy」も活動しており、600以上の個体を記録したWhite Shark Logbookの作成や、サメの目撃事例を確認したり自ら報告できるアプリまで公開しています。
このアプリ「Sharktivity」は日本でもダウンロードできるので実際に見てみたところ、マーサズ・ヴィニヤード島周辺で複数の目撃が報告されていました。
こうした事実を踏まえると、事故が起きるかどうかは別として、アミティ島近海にホホジロザメが現れることは珍しくないように思えます。
市長はサメの存在を隠すのではなく、事前にしっかり対策しておくべきだったと言えます(市長が頑なに海岸閉鎖に反対した理由はコチラも参照)。
イタチザメも珍しくない?
作中では人を襲ってもいないのにイタチザメが吊るしあげられるシーンがあります。
このシーンでフーパ―がサメについて説明する際、
extremely rare for these waters(この海域では非常に稀)
と表現するシーンがあります。
これについても簡単に調べたところ、イタチザメは水温が温かくなる夏の時期(つまり『ジョーズ』でサメの事故が多発した7月頃)にはマサチューセッツ州まで北上することが分かっています。
そのため「extremely rare」と表現していいのか、やや疑問です。
ちなみに、あのシーンでは本物のサメの死体が使われているのですが、あのイタチザメはフロリダで漁獲されたものだそうです。
フーパーをサメ好きにした幼少期の思い出
捕獲されたイタチザメを解剖する前、フーパーがブロディ家を訪れてワインを飲みながらサメについて話すシーンがあります。
このシーンでフーパーは、子供の頃釣りをしていた時にサメに襲われ、その時の強烈な体験からサメに魅せられたという話を披露するのですが、どうもその内容が嘘くさいです。
実際のエピソードは以下の通りです。
- 12歳の頃に父親から釣り船をもらい、ケープ・コッドで釣りをしていた。
- その時に4.5フィート(約1.4m)のThresher shark(オナガザメ)の子供がヒットした。
- サメは向かってきて、ボートもオールもフックもシートクッションも食べてしまった。
- 慌てて岸まで泳いで逃げたら、ボートがバラバラになっていた。
フーパーはこんな話をブロディ夫人に披露し、自分がそれからサメの研究をしていると語っています。
オナガザメとはその名の通り、尾鰭の上葉が非常に長く、全長の半分ほどにも達するサメです。より厳密には、マオナガ、ニタリ、ハチワレという3種のサメが含まれるオナガザメ科というグループを指します。
このオナガザメ類は、長い尾鰭を勢いよく振り上げて魚に叩きつけ、弱ったり絶命した獲物を食べるという、非常に面白い狩りをすることが知られています。
ここで問題なのは、オナガザメ類の口や歯は非常に小さいということです。
彼らの歯は大きい獲物を切り裂いたりするのに向いておらず、実際にオナガザメの胃からは一口ほどで食べられるよううな小さな魚やイカ類が見つかっています。
12歳の少年が乗っているボートをバラバラに噛み砕くほどの力があるとは思えませんし、そんなことをする余力があれば逃げていると思います。
世界中のサメによる事故をまとめているInternational Shark Attack Fileでも、オナガザメ類が人を襲った事例は確認できませんでした。
つまり、フーパーの語ったエピソードは、あわよくば人妻を口説くために創作あるいは誇張した武勇伝の可能性が高いです。
ちなみに、原作の小説『ジョーズ』でフーパーは、本当にエレン・ブロディを口説いています。人間関係のドロドロも味わいたい方は、原作も是非ご一読ください。
クイントのサメ顎標本の作り方
サメ漁師クイントの家には、沢山のサメの顎が飾ってあります。
サメ愛好家の中には、いつかあんな家に住んでみたいと思った人(あるいは今住んでいる人)も多いかもしれません。
しかし、クイントの顎標本の作り方に重大な問題があります。
ブロディ署長たちを招き入れるシーンでクイントはサメの顎を鍋で茹でて(煮込んで?)しまっています。これはサメ顎標本では絶対にNGです。
サメやエイの仲間は軟骨魚類と呼ばれ、名前の通り骨格のほとんどが軟骨でできています。
乾燥した顎標本を持ってみるとしっかりしているので軟骨には思えないかもしれませんが、歯以外の部分は基本的に軟骨です。
サメの顎を茹でたり煮込んだりすると、硬い骨でできた歯以外はドロドロのバラバラになってしまいます。クイントのやり方では顎骨標本は作れません。
サメの顎骨や頭骨標本を作るときは、基本的に手作業で皮や肉を取り除いて乾燥させます。漂白などの作業で薬品を使うことはありますが、鍋で煮込んだりはしません。
実際に僕が作ってる様子の動画もあるので、気になる方は是非ご覧ください↓
ちなみに、クイントの船オルカ号には大きなサメの顎が飾ってありますが、直射日光と湿気は標本の大敵なので、置き場所としては最悪です。すぐに傷んでしまうでしょう。
クイントはフーパーに対し、
you wealthy college boys don’t have the education enough to admit when you’re wrong. (金持ち学生は自分の過ちを認める教育を受けてない)
と嫌味を言ってましたが、彼自身は標本の作製や管理について教育を受けた方が良さそうです。
ローグ・シャーク理論
最後に取り上げるのは、物語の根幹に関わってしまう、しかしサメ好きとして触れておきたい問題です。
フーパ―がブロディ家を訪れるシーンで、マーティン・ブロディ署長がフーパ―に、サメの専門家としての意見を問う会話シーンがあります。
この会話の中で二人は、以下のような内容を話します。
- 一度人間を襲ったサメが続けて人間を襲うようになる。
- そうした行動をとる単独のサメを「Rogue(はぐれ者)」と呼ぶ。
- 「Rogue(はぐれ者)」はエサがなくなるまでその海域に留まる。
この会話で登場した”はぐれ者のサメ”の話は、本作の為だけに作られた架空の学説ではなく、かつて大真面目に主張されたことがあります。
それが、The rogue shark theory(ローグ・シャーク理論)です。
ローグ・シャーク理論の概要は先程紹介したブロディたちの会話の通りで、人間を一度攻撃したサメが人間を好んで襲うようになるというものです。
ローグ・シャーク理論は『ジョーズ』のモデルが始まり?
事の発端は1916年、米国ニュージャージー州にて、たった12日間で5人もの人がサメに噛まれ、そのうち4人が死亡するという痛ましい出来事がありました。
後にこの一連の事故は「ニュージャージーサメ襲撃事件(Jersey Shore shark attacks of 1916))」と呼ばれ、諸説ありますが、『ジョーズ』のモデルなったと言われています(作者が否定しているという情報もあります)。
この事故や犯人に関する考察は以前の記事で取り上げているので詳細は割愛しますが、この一連の出来事が、複数のサメではなく、人間を好んで狙う単独のサメによるものだったとする考えが、ローグ・シャーク理論の始まりです。
ローグ・シャーク理論はその後1958年に、オーストラリアの外科医ヴィクター・コプレッソンが自身の書籍『Shark Attack』の中で紹介したことで、さらに知名度を獲得していきました。
作中での会話は明らかにローグ・シャーク理論を意識したものですし、『ジョーズ』の物語そのものがこの説に基づいているようにも感じます。
ローグ・シャーク理論を証明する事例はほとんどない
このように『ジョーズ』の物語の根幹にも関わるローグ・シャーク理論ですが、科学的な根拠が薄いガバガバ理論として、まともな専門家からは否定されています。
ローグ・シャーク理論の最大の問題点は、一尾のサメが連続して人を襲ったと確認できた事例そのものが、ほとんど存在しないことです。
唯一の事例は2010年にエジプトのシャルム・エル・シェイクで起こったシャークアタックです。12月に連続して発生した事故が一尾のヨゴレによるものだとされています。
逆に言えば、これ以外の事例は(ニュージャージー州の連続事故を含めて)証拠を欠いており、人間を好んで襲う”はぐれ者のサメ”がいるという主張には無理があるように思えます。
International Shark Attack Fileに携わるうちの一人で、サメの事故について50年以上研究してきたジョージ・バージェス氏もフォーブスの取材に対し、以下のように回答しています。
“Considering the millions of people who have been in the water during the last two or three centuries and the fact that we only have two or three cases where we think it might’ve been a single shark involved and only one that we’ve actually been able to prove it suggests that the phenomenon is extremely rare”
(ここ2~3世紀の間に何百万人もの人が海に入っている中、一尾のサメが連続して人を襲ったかもしれない事例が2~3件しかなく、そのうち1件しか証明されないことを考えると、サメが連続して人を襲うような現象は極めて稀だろう)
※『Why Everything You ‘Know’ About ‘Rogue Sharks’ Is A Lie』より引用。訳は一部補っています。
娯楽作品としての『ジョーズ』の価値は否定しませんが、人間ばかりを狙って襲う人喰いザメという設定が非現実的なファンタジーであることは、もっと多くの人にはっきりと理解して欲しいですね。
参考文献
- ABC NEWS『Same shark linked to three attacks in Egypt』2010年
- Atlantic White Shark Conservancy『Atlantic White Shark Science and Research』
- Atlantic White Shark Conservancy『White Shark Public Safety Disclaimer & Resources』
- BBC『Egypt shark attacks: ‘Multiple species’ behind attacks』2010年
- The Daily Jaws(Ross Williams)『“A shark, not THE shark”: The tale of ‘Oscar’ the Tiger shark in JAWS』2024年
- The Daily Jaws(Ross Williams)『JAWS and the ‘rogue shark’ theory explained』2024年
- Ecology for the Masses(Ben Bluck)『The Guilt of One Shark: The History of the “Rogue Shark” Theory』2022年
- Forbes(Melissa Cristina Marquez)『Why Everything You ‘Know’ About ‘Rogue Sharks’ Is A Lie』2018年
- The Guardian『Great white shark found washed up on Massachusetts beach』2024年
- International Shark Attack File『Species Implicated in Attacks』
- Jose I. Castro 『The Sharks of North America』 2011年
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