サメが人を襲うのにシャチが人を襲わない理由とは?海の頂点捕食者の謎を徹底解説!

「サメが人を襲うのに、何故シャチは襲わないのか?」

そんなテーマのブログ記事やYouTube動画がいくつかアップされています。

ただ単に「シャチが人は襲わない理由」とされているコンテンツが多いですが、動画サムネイルや説明の中で、サメと比較されているものをよく見かけます。

どうも世間にはサメは人間を狙って襲うもので、シャチは人間に手出しをしないというイメージがあるようです。

  • では、何故サメは人間を襲うのか?
  • シャチが人間を襲わない理由とは何か?
  • そもそもシャチが人間を襲わないという話は本当なのか?

今回は、シャチとサメの危険性や事故について解説し、上記のような疑問にお答えしていきます。

目次

解説動画:サメが人を襲うのにシャチが人を襲わない理由とは?海の頂点捕食者の謎を徹底解説!

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2024年10月14日です。

疑問そのもの問題点:サメは危険・シャチは安全というイメージについて

今回「サメが人を襲ってシャチが襲わない理由」というテーマを設定しましたが、この疑問そのものが間違った認識やイメージに基づいていると言わざるを得ません。

この「サメが人を襲ってシャチが襲わない理由」という問題設定には、

  • サメは人を狙って襲うものだという決めつけ
  • シャチは人間にとって友好的な存在である

という思い込みが垣間見え、非常に雑なものに感じます。

人を襲うサメはごく一部で事故も少ない

現在、世界には約550種以上のサメがいるとされています。

そのほとんどが人間よりも遥かに小さな動物を主に食べていたり、深海を主な生息域にしていて人間と出会う機会がなかったりするため、自分から積極的に人間に危害を加えてくることはありません。

米国のフロリダ自然史博物館が管理しているInternational Shark Attack File(ISAF)のデータによれば、世界中で起こっているシャークアタックのほとんどはホホジロザメ、イタチザメ、オオメジロザメによるものとされています。

サメ全体を人喰いモンスターのようにひとまとめにするのは、あまりにも乱暴です。

そして、この3種が主に起こしているサメの被害自体も、件数自体は非常に少ないです。

ISAFが発表したデータをもとにすると過去5年間のunprovoked bite(人間側がサメを刺激していないのに、生きている人間が襲われた事故)の件数は全体の平均が63件、死亡事故は平均6件です。

過去5年間に起こったシャークアタックに関するグラフ
ISAFのデータをもとに作成した過去5年間のシャークアタックの件数推移を示すグラフ

確かにサメによる事故は起きていますし、上記の統計に含まれていない事故もあるはずです。

しかし、それを考慮しても、世界中で数多くの人が海水浴やマリンスポーツを楽しむ中で、上記の件数はかなり少ないと言えるのではないでしょうか。

今回僕がこの記事および動画を作るにあたって視聴したYouTube動画は、サムネイルやタイトルでサメと比較するようにしておきながら、こうしたサメの多様性やシャークアタックの統計データに言及していませんでした。

そればかりか、サメについてほとんど触れないまま「所詮は魚」など雑に扱った挙句、シャチに関する根拠不明の話をダラダラするだけのコンテンツがほとんどでした。

サメというグループの動物をシャチを過剰礼賛するための出汁程度にしか思っていない点に不快感を覚えますし、動物に対する浅い理解に基づいて製作していることが明らかなので、こういうコンテンツに存在価値があるのか大いに疑問です。

シャチによる事故も起きている

シャチについても触れておくと、確かに人間を捕食した事例はほぼないようですが、シャチが人の命を奪ったり、人命に関わるような事故の原因になったことはあります。

最も有名な事例が水族館での飼育中に複数名の命を奪ったティリクムという個体です。

ティリクムはカナダ(後に米国)の水族館で飼育されていたオスのシャチで、飼育員の腕をくわえて水中に引きずり込むなどの事故を起こしており、少なくとも3人(推定4人)を死亡させています。

このティリクムの件は「飼育下で起きた特殊な事例・ある種の例外」で片づけられることが多く、「つまり野生のシャチは人を襲わない」という結論に至りがちですが、実は自然環境での事故も少数あります(詳しくは後述)。

過剰に怖がるのも良くないですが、「サメは人間の敵でイルカ・クジラは人間の友達」という低レベルな単純思考は捨てるべきです。

以上を踏まえたうえで、今回のテーマをもう少し丁寧に設定し直します。

ごく一部のサメが稀に人間を襲ってしまう理由
シャチによる人間を捕食した事例がほとんどない理由

前置きが物凄く長くなりましたが、これら二つの疑問にこれからできる限りの回答を提示していきます。

ごく一部のサメが稀に人間を襲ってしまう理由

何度もお伝えしている通りサメによる事故の件数は世間でイメージされるより少ないですが、悲惨な事故が起こることはあります。

では、何故サメによる事故が起きてしまうのでしょうか?

サメは本来の獲物と見間違えて人を噛む?

人間側が誘発していないのにサメが人を噛む事故が起きてしまう最も一般的な説明としては、自分たちが普段食べている獲物と間違えてしまったからというものが挙げられます。

サーフボードに乗った人間のシルエットは、大型サメ類がよく襲っているアシカやアザラシ、ウミガメなどの動物に似ています。これにより、本来の獲物と見間違えて噛みついてしまっている可能性が高いです。

鰭脚類に襲い掛かるホホジロザメの写真
鰭脚類に襲い掛かるホホジロザメ
サメから見たサーファー・ウミガメ・鰭脚類のシルエットイメージ。

実際に2021年ローラ・ライアン博士らによって発表された論文で、ホホジロザメは泳いでいる人やボードに乗った人間とアシカを見た目では区別できない可能性が示唆されました。

研究グループはまず、オーストラリアアシカやニュージーランドオットセイが泳ぐ様子、人間が泳ぐ様子、人間がサーフボードに乗ってパドリングする様子、そしてただの長方形の板が引っ張られる様子を水面を見上げるようなアングルで撮影しました。

そして、サメの網膜の解剖学的知見などをもとに、それらの映像がホホジロザメにどのように見えているのかデジタル処理したうえで分析しました。

その結果、サーフボードを漕ぐ人間や泳ぐ人間の姿・動きは鰭を広げた鰭脚類と大きく違わず、サメが視覚的に見分けるのは難しいであろうという結論に至っています。

サーファーが最も襲われやすい?

この誤認説(mistaken identity theory)は、実際に起こっているシャークアタックのデータからも裏付けられています。

ISAFが公表としている、サメに襲われた時に被害者が行っていた活動の内訳によれば、1990年代以降はサーフィンやボディボーディングなどを含む水面での活動が圧倒的に多く、次いで泳いでいたり水に浸かっている状態が多いという結果でした。

一方で、サメと間近で遭遇したり、こちらからサメに会いに行くダイビングの方が事故数は多くありません。

先にも触れた通り「サメが人を襲ってシャチが襲わない理由」という疑問の根底には、サメが人を狙って頻繁に襲うという偏見があるように思えますが、襲おうと思えば簡単に仕留められたであろう状況でサメが人を襲っていないケースも多いです。

したがって、やはりサメにとって人間は本来捕食対象ではなく、見間違いなどの理由で不幸な事故が稀に起きていると考えるのが妥当だと思います。

後述する通り、シャチが人間に危害を加えた事例は、

人間を狙って襲ったわけではない。興味本位での行為だったり遊んでいただけ。特殊な状況下で起きた事故であり本来は襲わない。


などの説明が付け加えられることが多いのですが、ここで説明したことを考慮すると、案外サメにも当てはまる気がしてきます。

シャチによる人間を捕食した事例がほとんどない理由

サメが人を噛んだり食べたりした事例は複数あるのに対し、シャチが人間を捕食したという事例はほとんどありません。

「ほとんど」と言ったのは、カナダ北部で暮らすイヌイットの証言で「流氷に閉じ込められたシャチを見に行った若者がシャチに喰われたことがある」というものが残っているからです。

他にも1972年9月に、米国カリフォルニア州でサーフィンをしていた男性がシャチに噛まれたと証言しています。

とはいえ、サメ類に比べれば噛みついた・食べた事故が少ないのは確かです。

では、何故ここまで捕食事例が少ないのでしょうか?

シャチは偏食家だから人を襲わない?

ネット上のコンテンツで紹介されているうち、最も現実的な説は「シャチは食性の幅が狭いので人間を捕食対象と見なしていない」というものです。

シャチが食べているものとして、ニシンやサーモンなどの硬骨魚、サメやエイの仲間、アザラシなどの鰭脚類、海鳥やペンギンの仲間、イルカやクジラなどの鯨類など様々なものが挙げられますが、実は生息地や群れによって食性に偏りがあるとされています。

有名な例を挙げると、北東太平洋海域の米国ワシントン州からカナダのブリティッシュコロンビア州沿岸に生息するシャチはレジデント、トランジェント、オフショアという3つのエコタイプに分かれています。

これらのエコタイプは群れの作り方や身体的特徴だけでなく食性も異なっており、レジデントはサケ類、トランジェントは海生哺乳類や海鳥、オフショアはサメ類をそれぞれ主に食べています。

また、サメを襲っても肝臓だけしか食べないなど、シャチは偏食家なのではないかと思わせる事例もあります。

日和見主義的な食性を持つ大型サメ類に比べ、シャチは捕食の対象にするものの幅が狭いから、人間を襲わないというわけです。

ペンギンを襲うシャチ

偏食家説にも例外あり?

「食性の幅が狭いために人を襲わない」は一見説得力があるように思えますが、一応補足をしておくと、食性の幅が広いシャチのグループも確認されています。

例えば北大西洋では、同一個体のシャチがある時は群れでニシンを襲い、ある時は単独でアザラシを襲っていた事例があります。

また、同じく北大西洋のシャチの食性を脂肪酸から調べた研究によれば、地域ごとに食性の偏りはあるものの、シャチが魚類と哺乳類の両方も食べる地域があることや、同じ地域内でも個体ごとに好みの違いがあることが確認されています。

そのため、

  • シャチの食性は本当に偏っているのか?
  • 食性は何によって決まるのか?
  • 変わることはあるのか?

などの点はまだ議論の余地があり、場合によっては「シャチが人を捕食対象と見なさない」という前提から考え直す必要もあるかもしれません。

人間との遭遇率が低いから事故が起きていない説

ここからは僕個人の完全な仮説ですが、単純な人間との遭遇率も検討すべき要因だと思います。

シャチは世界中の海に生息するとされており、ほとんど全ての海が分布域に含まれています。

しかし、シャチが頻繁に目撃される場所は、カナダやアラスカ、南極海、北海道などの冷たい海が多いです。もちろんこうした海でも海水浴やサーフィンが行われますが、その絶対数は温暖な地域より少ないと思われます。

対して、最も危険とされるサメ3種のうち、ホホジロザメは分布域が非常に広いものの、イタチザメやオオメジロザメは熱帯や亜熱帯が主な生息域であり、海水浴やマリンスポーツが盛んなリゾート地近くでも頻繁に目撃されています。

ダイバーに接近するイタチザメ。米国フロリダ州やバハマ諸島などのリゾート地では大型サメ類に餌付けするダイビングが行われることも。

そして、危険とされるサメ類とシャチ、それぞれの個体数をもし比べた場合、シャチの方が圧倒的に個体数が少ないはずです。

これは複数種に対し一種という比べ方の問題でもありますが、生態学的に考えて、シャチ程の高次捕食者がサメ類より個体数が多いというのはまずないでしょう。

以上を考慮すると、シャチは危険とされるサメ類に比べて人間が多く泳ぐ海域に現れることが少なく、そもそもの個体数も多くないため、人間を襲う事故が起こる確率が非常に低く、実質ゼロになっているだけの可能性があります。

もちろん、南アフリカやカリフォルニア沿岸をはじめ、比較的水温が高い場所にもシャチは現れますし、これが唯一絶対の要因と言い張るつもりはありません。

より厳密には、シャチとサメそれぞれが回遊するルートや時期など、様々な要因を考慮に入れて人との遭遇率を計算する必要があるので、現段階ではほとんど思い付きに近い仮説です。

ただし、シャチのことになると、どうも知能が高い・社会性・群れごとの文化などの話に引っ張られて過度に神格化する人が多く、地味に思える要素が見過ごされがちな気がします。

薄っぺらい雑学を超えて本当に危険性を比較するなら、こうした地味で他の動物にも当てはまりそうな要因にも目を向ける必要があるでしょう。

シャチは人間からの報復を恐れて人を食べない?

シャチによる人的被害が少ない理由について、もう一つ非常に人気な仮説が存在します。

それが「シャチは人間からの報復を恐れている」という説です。

これを主張する人の話によれば、「シャチは賢さゆえに人間の恐ろしさを理解しており、人間に復讐されないよう襲わないようにしている」らしいです。

「シャチの過剰な神格化、ここに極まれり」って感じですね・・・。

このトンデモに思える復讐回避説は複数のWEBコンテンツで紹介されていましたが、明確なソースは提示されておらず、大抵「シャチは知能が高いので」という雑な根拠で済まされていました。

シャチは人間の報復を恐れていない

一方で、シャチが人間の報復を恐れていないと示すような事例はあります。

長年シャチの撮影や調査をしている水口博也氏によれば、1985年、米国アラスカ州のプリンス・ウィリアム湾でシャチの漁業被害が起きた後、漁師がシャチを銃撃したことがあったそうです。

これにより、翌年に銃撃が禁止されるまでの短期間で5頭のシャチが命を落としました。

しかし、その後もシャチによる漁業被害は続き、延縄を引き上げるウィンチの音を聞きつけて集まってきたり、操業中の船を取り囲むことがあったそうです。

この事例から、少なくともシャチには漁業被害を起こすことと人間から報復されることを結びつけるほどの学習能力はないか、もしくは学習していても効率的な食糧確保などの理由があればそれを優先すると考えられます。

いずれにしても、人間による報復が長期間に無条件でシャチの行動を制限することはなさそうです。

捕食した事例がないだけで危害は加えている

また、シャチは人間を捕食した事例が少ないだけで、危険な事故を起こしたことはあります。

例えば2020年以降、イベリア半島沖にて、シャチがヨットを攻撃し、時に沈没させる事故が複数報告されています。

船を攻撃しているのは3頭から4頭の若いシャチからなる群れと、ホワイトグラディスという愛称が付けられたメスに率いられた群れの2グループとされています。

シャチが船を攻撃する理由について、

  • 船によって怪我をしたことがあるから船を敵視している
  • ただ単に遊んでいるだけ

などの説が挙げられていますが、ハッキリとした原因は分かっていません。

この事例では、シャチはあくまでヨットの舵を攻撃しているだけであり、救命ボートに乗り込む乗員には無関心であることから、厳密には人を襲ったと言えないかもしれません。

しかし、そもそも人間がシャチと関わる際は大抵ボートなどに乗った状態のはずなので、復讐回避説が正しいなら、シャチはボートへの攻撃事態も行わないのではないでしょうか。

「ボートは沈めていいけど落ちてきた人間は襲うべきではない」という考えをシャチが持っているなら、一体どうやってそんな珍妙な考えを学習をしたのか疑問ですし、そんな考えがシャチにあったところで人間にとって危ないことに変わりありません。

シャチも誤認すれば人を襲う?

さらに、仮にシャチが人間を特別視していたとしても、サメと同じように誤認して襲う可能性も考えられます。

1911年1月5日、南極探検に同行していた写真家ハーバート・ポンティング氏が浮氷に立ってシャチを撮影していたところ、彼が乗っていた氷をシャチが持ち上げて砕いてしまうという事態が起きました。

こちらの事例はポンティング氏、または一緒に氷の上にいた犬をアザラシと間違えてシャチが襲っただけではないかとされています。

南極海のシャチは氷の上にいるアザラシを海に落として食べることがあるので、もし人間をアザラシと間違えていたのであれば、それは捕食対象と見なしていたことになります。

シャチは波を起こすなどの方法で氷の上からアザラシを落として食べることがあります。

一部の人は「アザラシと見間違えただけで人を襲ったわけではない」と難癖をつけるでしょうが、見間違いでサメが人を噛む事例を「人を襲った」とするなら、ポンティング氏の事例も「人を襲おうとした」にカテゴライズできる可能性を考えるべきです(犬を襲った可能性や遊んでいた説を否定できないので、あくまでも可能性です)。

イベリア半島の事故やポンティング氏の事例を見るに、万が一シャチが人間の報復を恐れているとしても「ボートを沈没させる」等の行為が人間の報復を誘発する恐れがあると理解できていない上、人間を普段の獲物と誤認すれば襲う危険性もあると言えます。

要するに、シャチは人間という霊長類の一種の存在や動向を過剰に重視しているわけではなく、「普段食べている動物ではないから食べない。もし獲物と誤認したり敵と認識すれば攻撃の可能性もある」という、サメや他の野生動物とそこまで変わらないスタンスで人間と関わっていると思われます。

シャチの社会性や群れごとの文化が興味深い研究対象であることは確かですが、「だから人間への理解が深い」や「襲わないよう特別扱いしている」という主張をしたいのであれば、もう少し科学的なデータを用意して論理を整える必要があるでしょう。

まとめ

今回は「サメが人を襲ってシャチが襲わない理由」というテーマで解説をしてきました。

内容が盛り沢山だったので、最後にまとめさせていただきます。

まず、「サメが人を襲ってシャチが襲わない理由」という疑問そのものが、双方の動物に対する理解不足や偏見に基づいているため見直すべき。

そのうえで、一部のサメによる不幸な事故が稀に起こる原因としては、本来の獲物と見間違えてしまったという説が有力。

シャチによる人間の捕食事例が少ない現実的な理由としては、食性の幅が狭い・偏食家であることが挙げられるが、これはシャチの食性が決まる要因や人間とシャチとの遭遇率など、より多角的に調べて結論を出す必要があると思われる。

一部で人気な「シャチは人間の報復を恐れているから人を食べない」という説には明確な根拠がなく、仮にそうした思考が彼らにあるとしても、船を攻撃する・誤認して人を襲うなどのリスクはあるので注意が必要である。

このテーマを調べる中で、「逆に何故ここまでサメによる事故は少ないのか?」という解説をするのも面白そうだと思ったのですが、そういうコンテンツはあまりないようです。

その現状そのものが、サメとシャチそれぞれへの偏見がどれだけ根深いか物語っているのかもしれません。

参考文献

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